第35話 アルと呼ばれる男
第三部 異国冒険編 あらすじ
人界、精霊界、そして鬼神界。
三つの世界が重なり合う場所で、虹の精霊アイダは仲間たちと旅を続けていた。
聖剣を振るジャガーの剣豪ワイナ。
剛剣を振り下ろすゴリラのトゥパック。
風を操る悪魔少女レイラ。
第35話 アルと呼ばれる男
エジプト周辺で半遊牧生活を送る集団がある。砂漠に生きる寡黙な人々で、古い歴史と文化を持ち、厳格な戒律のもとに生きている。世界から忘れられたようなこの辺境の地で、締まった体つきの男が祭壇の前でひざまづいている。
そのまなざしから、強い意志を内に秘めている事が伺える。
男は太陽、星、月に関わる土着の神に、自分を王にして欲しいと願った。
神は人がまだ見ぬ妖精を連れて来ることが出来たら、お前を王にしてやろうと言った。
男は刀を抜くと、祈願の言葉を口に、ニワトリの首を次々と切り落とす。
祭壇はおびただしい羽根で埋め尽くされる。
辺り一面に生贄の流した血がドス黒い跡となり流れている。
大量のロウソクがこぼれた跡には霊気までもが漂う。
儀式を終えた男は地面にひれ伏し最上級の礼をして下がった。
エジプトを発ってこの地にやって来たサマエルは強い邪気に引かれ、その祭壇を見て男の願いを聞く、
「人の見ぬ妖精なら何処にいるか、おれが知っているぞ」
「おう!」
男は歓喜し、地酒でサマエルを歓待しようとする、
「その妖精はやがてこの地にやって来るだろう」
「…………」
サマエルは男にばれないように、唾を混ぜて醸造しただろう地酒を吐き出すと、
「但し、取り巻きが何人もいるからな、襲うには作戦が必要だ。それに連中は怪しげな妖術を使う」
妖精に取り巻きが居たり、妖術を使うとかそれこそ怪しい話なのだが、男は全く疑うそぶりはない。この地で怪しげな妖術などありふれたものであるからだ。
「近くにサマエルが潜伏しているようです」
風の悪魔少女レイラの情報から、アイダたちはサマエルを探し出したのだが、先に見知らぬ男が現れた。
「待て」
「…………」
「お前は妖精か?」
男はサマエルから聞かされていた特徴にあった、子犬を連れたレイラに向かって話し掛けた。
「私が妖精かですって」
「そうだ」
「いきなり貴方は何なの?」
レイラは無視しようかとも思ったが、自分の事を妖精かと聞いて来るとは、何か事情が有るのだろう。
「今は違うけど……」
レイラの戸惑いはもっともである。自分のそんな事情を知っているらしいこの男は誰なのか。さすがのレイラもこの状況を測りかねていた。
「貴方は一体誰なの?」
「おれはお前を連れて行き、王になる」
「はっ?」
他の皆は事の成り行きを興味深げに見守っているだけであるが、アイダがレイラに話しかける。
「レイラ、この人には何か訳がありそうね」
「詳しい話を聞かせて頂戴。場合によってはついて行ってあげてもいいわ」
即座に連れて行こうとした男だが、レイラたちはそう簡単には動かないようだ。そこでサマエルに会うまでのいきさつを話した。
「その後、おれはあの者に会った。お前が来てくれれば王になれると言われた。だからおれが王になるにはお前が必要と言う訳だ」
「なるほど、サマエルがね……」
「フン、やはり用は足せなかったか」
後ろからいつものように、ぬらりとサマエルが現れた。
「サマエル!」
全員が身構えた。サマエルは男を見ると、
「なぜおれの言ったようにしない。王になるだと、捨て駒くらいにはなるかと思ったが、お前はなんの足しにもならなかったな」
「……妖精を連れてゆく前に、説明をしなければならないのだ」
「やれやれ無駄手間であったか、邪魔だ、どけ、アラカーシャー」
「ウッーー!」
男が地面へ叩きつけられると、アイダがサマエルを睨んだ。
「貴方は誰でも利用するのね」
「フッフッフッ、それが当てはまるのはおれだけでは無いだろう。そこの小娘にはひどい目にあったが、あれはお前の実力ではない……、違うか?」
サマエルはじろりとレイラを見やった。
「…………」
「返事が無い所を見ると、図星だな。多分今のお前にあんな力は無い」
「…………」
「もうお前たちと付き合うのは飽きた、これが最後だ!」
セマエルは両手を前に出した。
「アラカザーー、アラカザンヴーー、トシャザムスヴァーハー」
呪文を発するサマエルに対してアイダ、レイラと双方から呪文攻撃の応酬が始まったが、その直後――
「よくもおれを騙してくれたな」
「んっ!」
「王にすると言ったのは嘘だったのか!」
サマエルの意識はアイダとレイラの呪文に集中していた。振り向こうとするサマエルの背後から男の刀が突き出された。胸まで貫いた刃に血が滴っている。
「おれを捨て駒にしたな!」
引き抜いた刀をまた刺した――
「ガッ!」
それはサマエルの死角から現れた突然の刃であった。今度は前からワイナとキイロアナコンダ、トゥパックの剣がサマエルの身体に深々と突き刺さった。
「グッーー」
サマエルは更なる呪文を出そうと手を前にしたが、
「アーー……、シャ……シャザ……ーハー……ヴァ……おれが負けるはずが……ない……」
震える手で何度試みようとも呪文にならない。やがてその声も出なくなり、ゆっくり身体を折るようにくずれ落ちた。
男は仲間たちからアルと呼ばれていた。男は地域のリーダーとなり、次第に勢力を増やし、部族間の統一を目指す。その名が後に砂漠の民をまとめ上げる王として語られることになるとは、まだ誰も知らない。
「私はこの土地の勢力を統一して国を興したいのです」
「…………」
アイダたちの非凡な力を見た男は確信した。この方々は神にも準ずる存在なのではないか。男は片膝を折り、首を垂れてアイダに願い出た。自分の意思を達成する手助けをして欲しいと。
「……貴方は統一と言うけれど、見たところ此処はそんなに荒れた様子もなく、人々は平和に暮らしているのではないですか。事を荒立てて統一などと余計な事では?」
アイダのもっともな疑問である。
「いえ、他の土地の方からすれば平和に見えるかもしれませんが、今この地を簒奪している者は横暴をきわめ、連中が来襲すれば住民は悲惨な目にあいます」
「…………」
「今は戦火に晒されていないというだけで、逆らえばそれ以上の目にあいます。命の保証など無いという点では同じ事なのです」
「もしかして貴方の言うその者達とは……」
風の情報を得ているレイラはピンときた。
「海賊です」
「やっぱり」
「私は奴らに対抗する勢力を有する国を創りたいのです」




