第25話 メドゥーサの願い
アイダはジャガーのワイナ、キイロアナコンダと一緒にやって来た。犬のノラを連れた風の悪魔少女レイラとゴリラのトゥパックが何やら不穏な雰囲気である。
「魔物が現れたの?」
「それが……」
「どうしたんだトゥパック」
トゥパックの様子がおかしい。いつもの元気さが無い、トゥパックらしくない大人しさである。
「トゥパック、話しちゃいなさいよ」
「…………」
レイラのきつい言い方に、皆の視線がトゥパックに集中する。
「話せとはどういう事だ?」
ワイナがレイラに聞いた。
「トゥパックは何かを隠しているんです」
「隠す?」
再び皆の視線が集中すると、
「……実はあの方をおれは知っているんだ」
「…………!」
「あの方って、誰の事の事を言っているんだ?」
トゥパックはついに覚悟を決めて話し出した。
「おれは魔法の箱を持っていて、その箱からあのメドゥーサは現れたんだ」
「…………!」
海神ポセイドーンは殺されたメドゥーサを憐れみ、その生首を箱に入れて静かな海に沈めようと画策したが果たせなかった。だからその魂だけを箱に閉じ込めて三人の魔女に渡し、生涯人目に触れさせてはならないと伝えた。そしてさらに、決してこの箱の蓋を開けてはならない、もし開けたならその方達の魂は永遠にもだえ苦しむだろうと言い残したのだった。
トゥパックの説明を聞いている皆はあっけにとられていた。但しレイラだけは違ったようである。
「ちょっと待ってトゥパック、じゃあなに、その魔法の箱から煙のようにメドゥーサが現れたって言うの、じゃあ何でその女性がメドゥーサだって分かったのよ」
「……あの、カラスからその話を、あの、それで、その女性の髪の毛が……」
「女性の髪の毛がどうしたんですって。なんでそんな白々しい嘘を言うの」
「いやレイラ、本当なんだ」
「あなた、その怪物みたいなメドゥーサをあの女性なんて言ったわね、どんな関係が有るの!」
どんどん不穏になって行くレイラであった。
「レイラ、落ち着いてトゥパックの話を聞きましょう」
アイダが割って入った。
「箱は冥界の入り口で出会った魔女が持っていた物で、それをおれが手に入れたんだ」
「あのお前が切った魔女の事か?」
ワイナが聞いてくる。
「そうだ、それでその魔女に仕えていたカラスが、いや魔女が持っていたものなのだが……」
「話がまだ見えてこないが、どうやってお前がその箱を手に入れたんだ?」
「カラスの奴が、おれを新しいご主人だと言って持って来たんだ」
「…………」
トゥパックのとつとつとした説明でも次第に箱の事情が分かってくる皆であったが、ひとりレイラだけは不満気味である。
「だけど怪物は怪物でしょ。あの綺麗な女性なんて、なんでそんな言い方をするのよ」
レイラのきつい視線に、戸惑うトゥパックである。
「だけどな、何故そのメドゥーサが悪さをしているんだ?」
ワイナが疑問を口にした。
「自分を化け物に変えてしまった女神アテーナーに、深い恨みがあるんじゃないかな」
「そうかもしれないわね」
「それで浮かばれないまま復讐を願っていたところに、トゥパックが現れ蓋を開けてくれたって訳か」
「問題はこれからどうするかだわね」
皆がまたトゥパックを見た。
「分かった、おれはもう一度あの方に会って話してみるよ」
「じゃあ私も一緒に行く」
レイラが付いて行くと言い出した。
「レイラ、あなたは待っていた方がいいんじゃない」
「そうだ、お前が一緒だとまた面倒な事になりそうだからな」
「…………」
レイラはしぶしぶ皆の意見に従った。
やはり月の出ている晩である。トゥパックはひとりで歩いている。あの方は必ずまた出てくれるだろう。その時は何と言ったらいいのか。
やがて前方にぼやっとした、白いものが浮かび上がって見えてきた。
トゥパックはゆっくり近づいて行く。
「トゥパック」
「メドゥーサさん」
暫くそのままで見つめ合うふたりであったが、
「あなたのお気持ちは分かりますが、もう関係のない村人を脅すのは止めませんか」
「…………」
「村人を脅しても、何も変わらないと思うんです」
メドゥーサは黙ってトゥパックを見ている。
「女神アテーナーは本当にひどい事をしたと思います」
「…………」
「それにしても村人を脅すとは――」
「……確かに私はアテーナーの神殿でポセイドンと交わりました」
「…………」
「でも私は化け物に変えられてしまったのです。それに抗議した姉たちも怪物に変えられてしまった。その上、アテーナーは私の首を、自分の山羊皮の楯にはめ込み、戦利品としたのです」
「…………」
「今の私には実体がない、こうしてあの女の評判を落とす以外に復讐する術がないんです」
「メドゥーサさん……」
すると暫くの沈黙を破ってメドゥーサが声を掛けた。
「トゥパック」
「はい」
「あなたにお願いがあります」
「なんでしょう」
「私の首を取り戻してほしいんです」
「…………!」
首を取り戻せたら、これ以上の悪さはしないというのだった。
トゥパックは仲間の元へ戻り、メドゥーサから聞いた願いを包み隠さず話した。
「女神アテーナーが所持する盾を盗んでくると言う事か!」
「それは難しい話だわね」
「難しいどころじゃない、不可能だろう」
「相手は女神じゃないか、女神と言っても、戦車に乗って戦場に赴き活躍する戦士でもある。これまでの魔物退治とはレベルが違うぞ」
確かに退治できるなどといえる相手ではない。あえて言えば熾天使のセラムより、はるかに強力な女神なのである。もちろんこれは退治ではない、盾を頂いて来るだけであるのだが。
「たとえ出来たとしても、取られたと分かったアテーナーが黙ってなんかいないでしょうね」
「やったおれたち皆は只では済まないだろう」
黙って聞いていたトゥパックは、しょんぼり下を向いている。
「トゥパック、盾を取ってくるのは無理かもしれないぞ」
「…………」
皆から離れてひとり歩くトゥパックである。
「ねえ、何とかやってみましょうか」
振り返るとレイラがそこに来ていた。
「そんな事情ならやってみなきゃ」
「だいたい盾は何処にあるか分かるのか?」
「アテーナー神殿に置いてあると思うわ」
そう言ったのはレイラ、風に乗ってくる情報からである。
「よし、やってやろうじゃないか」
そう言いだしたのはキイロアナコンダであった。
「神殿に潜り込んで盾を取ってくる役はおれに任せろ」
「お前が?」
「そうだ、蛇のおれなら、蛇だらけの頭を見ても動じはしない」
「なるほど、蛇のお前ならメデゥーサの頭髪を見ても怖くないんだな」
アイダも賛成して、作戦会議を開くことになった。




