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第16話 怪鳥ハルピュイアとの闘い


 風はなく、青白い月が二つ浮かんでいた。

 その溶けかかった輪郭から、精霊たちが靄のようになって地上に舞い降りて来ている。

 辺りには物の怪、魔物、妖怪、負の思考に浸かった精霊、魔女、果ては堕天使まで俳諧するこの世界は、昼のようにも見えるし夜のようにも見える。精霊界は人界の理屈が通用しない世界である。

 ノラは風の悪魔少女レイラと共に風に乗り、怪鳥の飛び去った後を追っている。


「ノラ」


 レイラがノラに話しかけた。


「匂いは残っているの?」

「かすかに残ってはいるんですが……」


 地上と違い空中では風の変化に惑わされて、思うような追跡が出来ない。犬に追われた鹿が川に入れば、匂いは流されほとんど消えてしまう。レイラと共に風に乗ったノラは空中に漂う見えない気流を横切り、右に左にとさ迷っているように見える。


「……大丈夫?」

「…………」


 レイラはただノラの後を付いて行くしかない。今はノラの嗅覚だけが頼りである。しかしその足取りは甚だ頼りなく、時には大きく後戻りをしてしまう。

 だが、あきらめかけたその時、ノラがいきなり走り出した。


「見つけたの?」

「こっちです!」


 目印になるようなものは何もない空中であるが、ノラはついに残された怪鳥の確かな匂を感じ取ったのであった。


「嫌な匂いだ」


 そうつぶやいたノラが鼻を歪めたように見える。

 二人が追っている怪鳥ハルピュイア、人肉を喰らい、食い散らした臓物の上に汚物を撒き散らして去る――精霊界でも最も忌み嫌われる怪鳥である。終始耳障りな声で騒ぎ立て、独特の悪臭を放つから嗅覚の優れたノラはことさら嫌がっている。


「谷を越えて行くのね」


 風に乗るという事は、気流に乗る事である。それに乗りさえすれば羽ばたく必要もなく、何処までも水平に飛んで行ける風の通り道なのだ。

 だが、


「なに!」


 順調に飛行していると思われたレイラとノラが、何の前触れもなく、いきなりはたき落とされた。


「グッ」

「待ち伏せ!」


 待ち構えていた怪鳥は三羽。


「ノラ!」


 起き上がったレイラが見ると、ノラは早くも変身しているが、三羽の怪鳥から交互に攻撃を受けている。

 眼の前の怪鳥に飛び掛かろうとすると、背後から別の怪鳥が爪を立ててくる。ノラが振り向くとまた横から別の怪鳥が爪を立てる。ノラは牙を有効に使えず、いいように弄ばれている。

 レイラも直ぐ手を前に伸ばし、呪文で反撃に出た。


「アラカザートシャザムスヴァーハー」

「ギャ――」


 怪鳥の一羽が電撃を食らったように硬直して倒れる。だが、今度は呪文を受けていない怪鳥がレイラに向かって攻撃してくる。そのたびにレイラは風になり、怪鳥の爪を避けなければならない。しかし相手も風の属性で、つむじ風のようにレイラを翻弄し、巻き込んで地面に叩きつける。起き上がったレイラだが、唇に血がにじんでいる。

 ノラも一羽の怪鳥の喉元に喰いつき、土煙を上げて抑え込んでいる。

 怪鳥の爪をやっとやり過ごし、隙を見てレイラはまた次の呪文攻撃。


「ギャ――!」


 ついに怪鳥二羽を呪文で仕留めると、ノラが咥えた怪鳥の首もだらりと後ろに落ちた。しかし周囲の事態はさらに悪化していた、ノラが振り向く。


「レイラ、辺りが怪鳥の匂いだらけで、ますます強くなってきています」

「じゃあ、やっぱり怪鳥は……、ベリアルの本拠地が近いって事ね、用心しないと」


 しかし空が黒い羽で埋め尽くされ、あちこちの岩陰から鳴き声が聞こえてくる。


「いや、一旦逃げましょう。近いどころじゃありません、敵地の真っ只中に入ってしまいました!」


 確かにノラの言う通りであった。気が付くと、いつの間にか周囲は怪鳥で埋め尽くされていた。


「ノラ、乗って」


 レイラはノラを連れて風に乗ろうとした時、


「アッ」


 また二人は新たな怪鳥のバットのように威力のある翼で叩き落とされてしまう。猛スピードで急降下してきた二羽の怪鳥の仕業である。

 怪鳥は風に乗ると何者よりも早く移動できる。レイラよりもはるかに早く風に乗り飛ぶことが出来たのだった。レイラが穏やかな風を操る精霊なら、怪鳥は暴風そのものだった。


「風に乗って逃げるのは無理な様ね」

「レイラ……」

「大丈夫よ、私に任せなさい」


 怪鳥にも盲点が有るというのだ。


「只の風になるわよ」

「…………」


 怪鳥も風になる事は出来るが、純粋な風と風では争いにならず、攻撃は出来ない。スピードを出して風に乗っていれば怪鳥の突風攻撃を受けるが、気配を消した風になってしまったレイラと連れられたノラは、怪鳥にも知られず、敵地を離れる事が出来るのであった。

 二人は辛くも難を逃れて少し離れた村にまで来ている。


「敵地の場所は分かったけど、魔王の率いている軍団の陣容や、暴れているという怪物は見つかっていないわね」

「このままではアイダたちのところに戻るわけにはいきません」

「そうね、このまま帰ったら子供の使いだわ」

「……レイラ、一度周囲の村を訪ねてみましょう。そうすれば怪物の事とか何かわかるかもしれません」

「そうだわね」


 ところが周囲の村々は荒れ果てており、人の気配が全く無い。倒れた荷車が放置され、逃れた家畜が行き場を失い道をさ迷っている。


「軍団が村人を皆連れ去ったのでしょうか」

「…………」

「あれは」


 やっと村人が一人、隠れているのが見つかった。


「あなた以外にはいないの?」

「みんな連れて行かれました」

「どこに連れて行かれるのか分かる?」

「それは分かりませんが、皆北の方角に行ったんです」


 レイラとノラは再び北を調べる事にした。


「北に何があるのか、確かめるしかないわ」

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