29.屋外だろうが関係ないです!
フワリンの求めるままに豚を狩って、セーフゾーンまでやってきた私たちは、獲物の解体を習うことになった。ここは私が頑張らなくちゃ。
さすがに全部は無理だけど、今日食べる分だけは解体しないと。残りはハンター協会の解体所で解体してもらって、解体料金を食べられない部位を売ることで支払い、食べられる分はフワリンに保管してもらうことになった。
セーフゾーンにはすでに何組かのハンターがテントをはっていたけど、ハンターの数は少なかった。まだ早い時間だから、テントを置いたまま狩りに出ているのだろう。
私はトマスさんに獲物の解体の仕方を教えてもらう。その間にフワリンは口からテントと調理器具を吐き出して、レヴィーたちに料理の準備を手伝わせている。
「あなたたち、その大量の油は一体何なの? 食用の油は高いのに、もったいない」
ルビーさんが眉間にしわを寄せている。
食用油は基本的に、鉄鍋の管理に使うものだ。パンの型に馴染ませたときのように、食材が鍋に焦げ付かないように薄く塗りこむもので、庶民は使わずに料理する人も多い。貴族になるとたくさん油を使う料理を食べることもあるみたいだけど、私はどんな料理か知らない。
今は鍋になみなみと食用油が注がれている。今度は一体何をするつもりなのかな?
フワリンが「へぷー」と肉を催促してくるので、私は解体作業に意識を集中した。
解体は思ったよりもずっと重労働だった。動物の皮って、案外硬い。途中でモニークが手伝ってくれて、やっと最低限のお肉を確保することができた。
「お前らはまだ小さいからな、残りは解体所でやってもらう方がいいだろう」
トマスさんが疲労困憊の私を見て苦笑する。
私、本当に役に立てないな。フワリンが「へっぷ」と労ってくれるけど、落ち込んでしまう。
「クリスタ、お疲れ様。料理の準備はできてるよ」
レヴィーとキャンディがさっきからパンをおろし金で擦って粉にしていたのだけど、一体どんな料理を作るつもりなのか。ルビーさんたちに夕食をごちそうすると言ってしまっていたので、おかしなものじゃなければいいのだけど。
ルビーさんたちはとっても不安そうな顔で、山になったパンの粉と鍋いっぱいの油を見つめている。
フワリンが目を七色に輝かせてモニークにテレパシーを送ると、モニークはキャベツを細かく刻みはじめた。
私にはお肉を薄く切る映像が送られてくる。豚肉と牛肉の塊を映像と同じように薄く切って、豚の方は脂身のところだけ細かい切れ目を入れる。なんでかなと思ったら、フワリンが「簡単に嚙み切れるように」と教えてくれた。豚肉は固いイメージだったけど、こうすることで食べやすくなるみたい。
次にフワリンが見せてきた映像に、私たちはひどく困惑した。
「え? これに何の意味があるの?」
キャンディがフワリンを問い詰めると、フワリンは「肉を柔らかくするためだ」と伝えてくる。
フワリンが料理のことで間違ったことを言うとは思えない。だから私たちは、フワリンに言われるままにハンマーで豚肉を叩く。
「ちょっとあんたたち何やってんのよ!?」
突然ハンマーで肉を叩きだした私たちに、我慢できなくなったのだろうルビーさんたちが叫んだ。気持ちはとてもよくわかる。ハンマーを使う料理なんて聞いたことないもの。
「フワリンの料理はおいしいから大丈夫です」
……確証はないけど、少なくとも私はフワリンを信じている。
でもルビーさんたちのフワリンへの信用度は今のところとても低いから、完全に安心させることはできない。マリアスさんなんて泣きそうになっている。
ガンガンお肉を叩いたら、次は小麦粉と卵をかき混ぜる。お肉にその液体を塗ると、粉にしたパンを外側につけた。それを熱した油に放り込んでしばらく待つ。
フワリンが言うには「揚げる」という調理法みたいだ。パチパチという楽し気な音といい香りが充満して、抱えていた不安が吹き飛んだ。きっとこれもおいしいに決まってる。
フワリンが「へっぷ!」と口の中からケチャップとマヨネーズが入った瓶を取り出した。「混ぜろ」と言われて仰天する。
ケチャップもマヨネーズもとってもおいしい。おいしいとおいしいをかけ合わせたら、もっとおいしくなるのだろうか?
わくわくした顔をしているレヴィーとキャンディと顔を見合わせ。ケチャップとマヨネーズを混ぜたソースを作った。フワリンいわく「オーロラソース」だ。
「ソースなら味見してもいいよね!」
我慢できなかったキャンディがソースをスプーンですくって口に運ぶと、ほっぺたを押さえてうなりだす。
「おいしい! さすがフワリン!」
キャベツを刻み終わったモニークも加わって、みんなでソースを味見する。その様子を見て、やっとルビーさんたちもちょっと安心したみたい。調理風景を見守る目に興味の色が宿った。
鍋を見ていたフワリンの「へっぷっぷー!」という合図を聞いて油からお肉を取り出すと、それは黄金色に輝いて香ばしい香りを放っていた。
勝ち誇った顔をしたフワリンが「トンカツと牛カツ」だと伝えてくる。
フワリンに言われるまま包丁を入れると、サクっといい音が鳴った。
「調理風景からは考えられないくらいうまそうだな……」
トマスさんたちもごくりと唾を飲みこんで、早く食べたいと見つめてくる。
キャベツをお皿に盛って、その横に二種類のカツを添える。上からオーロラソースをかけて完成だ。
全員分のお皿を用意して食前の祈りをささげると、いただきますと大きな声で言って食べ始める。
ハンマーで必死に叩いたトンカツを口に運ぶと、歯を入れた瞬間ザクっと耳に心地いい音がした。とたんに口の中に広がる油と肉汁の甘みにくらくらする。
オーロラソースのまろやかで角のない酸味が染み出してくる肉汁を包み込んで、もう一口食べたいと手が止まらない。
キャベツはただの飾りのように思っていたが、カツを一口食べた後にキャベツを口に入れることで、野菜のシャキシャキとした食感が口の中の油を洗い流し、また次へとフォークを進ませる。キャベツは食の永久機関を生み出す舞台装置だったのだ。
牛カツもまた、トンカツとは違った味わいがある。トンカツが油の甘さがはじける爆弾なら、牛カツは肉の香りを閉じ込めた香炉のようだ。どちらもこれ以上ないというほどに肉のポテンシャルが引き出されている。
「信じられない。この毛玉、聞いた以上にすごいわね」
しばらく無言でカツを頬張っていたルビーさんがフワリンに向ける目は明らかに変わっていた。フワリンの真骨頂は料理にある。
フワリンの料理を食べたら誰もが彼を受け入れるしかなくなるのだ。マリアスさんはさっきまで泣きそうな顔をしていたのに、今は瞳がキラキラと輝いてフワリンを見つめている。
フワリンはみんなの視線を浴びて得意げだ。そしてみんなにテレパシーを送る。「パンに挟んでもうまいぞ」と。
「フワリン、それもっと早く言って!」
私たちは大急ぎで追加のカツを揚げるのだった。カツのサンドイッチ、絶対おいしいに決まってる。
そんな私たちを、狩りから帰ってきた他のハンターたちが興味深げに見ていることに気がついたのは、カツサンドを食べ終わった後だった。
今日から更新ペース戻ります!
おやすみして申し訳ございませんでした!




