わたしは残るものが欲しい。
この国では、女が王になることはできない。けれど、異国では女でも王になれる。国の重鎮の者はそれを知っている。カルラを嫁には出さない、という王の宣言はもしかして・・・?
という、ありもしない憶測を呼んでいるようだ。
まあ、実際はあれだ。おそらくわたしは、政治に関わり過ぎたのだ。臣籍降嫁をさせられない、させたくないと父王が思う程に。
無論、国内への降嫁もさせたくないのだから、他国へ嫁がせるのなど以ての外。
父王は、王としては凡庸。少々好色ではあるが、小心者でもある。そしてわたしは、有能な現宰相の孫娘でもある王女。
更に言うと、宰相の祖父殿は父王個人に仕えているのではない。国へと仕えている。
父王はそのことも、判っていよう。故に、父王はわたしを嫁に出したくないのだ。
血統の乗っ取りなど、祖父殿は考えてはいないと思うのだがな? 父王も、それは頭では理解していよう。ただ、小心者である感情は別。きっと、だからこその嫁には出さんという宣言。
更に、政務についての相談をわたしへしていることを明かした。『カルラは賢王女だ』と、父王が広めている。
良くない兆候だとは思う。現に、祖父殿も非常に渋い顔をしていた。『王め、やらかしやがった!』と思っているのだろう。
そしてそれ以降、以前よりもわたしを狙う凶手が増えている。信頼できる者が少ない故、ナーガルージュナとばあやには苦労を掛けている。
どうにかしたいものだが・・・もう、父王が宣言してしまったことだ。それを覆すことは難しいだろう。困ったことだ。
「まあまあ、姫様。難しいお顔をされていますよ。ばあや特製のラッシーでも飲んで、気分転換致しましょう」
と、ばあやがラッシーと剥いた果物を出してくれた。ラッシーに口を付け、顔を顰める。
「・・・ばあや、甘過ぎだ。もっと薄めてくれ」
「まあ! ばあやの気遣いでしたのに、姫様は飲んでくれないのですね・・・」
よよよ、とエプロンを目許へ当てるばあやへ、
「ババアの泣き真似など見苦しいだけだぞ」
ナーガルージュナが冷ややかな視線を向ける。
「相変わらず煩い小僧っ子ですこと」
うむ。今日もばあやとナーガルージュナは仲が良いことだ。
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十代の前半までは、それでもどうにかやって来れた。
襲って来る凶手も、ナーガルージュナとばあやが、そしてときには自らの手で退けて。
けれど、十代も後半に差し掛かろうという頃――――父王が死んだ。
わたしを重用し、嫁に出さぬと宣言したことで、疑心暗鬼に陥った誰ぞに暗殺でもされたか・・・調べるのは危うい為、手が出せなかった。
そして、次期王にはわたしを嫌っている兄が就くことが決まった。
父王の遺言には、『現王太子の兄を王へ就け、カルラを相談役に置くように』と記されていたそうだ。それに激怒した兄は、遺言書を千切って燃やしてしまったそうだが。
それを見ていた大臣共は、わたしを女だからと政治に関わるなと口では窘めた。そのクセ、政策や助言をそれとなく伺いに来る。だが、それに答えぬとわたしを嘲った。「賢王女というのは伊達でありましたか。陛下も耄碌していたのでしょうね」と。
答えれば答えたで、さも自分の功績のように兄へ進言をする。まあ、それ自体はいいのだが――――
兄は兄で、わたしが大臣達に忠言をしているのが面白くないのか、わたしの忠言を受けた大臣達を片っ端から馘にして行った。段々と国政が滞って行く。
兄よりも、わたしが王位に就いた方がいいのでは……? という声が囁かれるようになり、更にわたしが恨まれる。
「悪循環だな・・・」
前にも増して、事故や凶手が増えている。このままではジリ貧だ。
祖父殿も、閑職に回されたと聞いた。まあ、兄王へ嫌われているというのに、まだ王宮へ残っていられる辺りの手腕はさすがと言ったところか。
しかし、それももう難しいだろう。祖父殿は高齢を理由として、王宮から下がらせるという話が出ているのだとか。
父王は凡庸ではあったが、人の話へ耳を傾けることのできる人であった。自分の分を理解し、そして人を見る目を持つ器量を有していたのだろう。
これから、王となった兄を唆すであろう甘言や讒言の数々。果たして、兄にそれらを撥ね退けることができるだろうか?
兄が踏み留まることができねば、わたしはきっと・・・死ぬのだろう。そう遠くないうちに、兄王の手によって。
「・・・というワケで、ばあや。わたしは子供を産もうと思う」
「・・・え~っと? 姫様? なにが、というワケなんですかね? 御冗談でないのなら、このばあやにもよくわかるようにご説明して頂けませんか? ばあやの記憶によると、姫様はお父上様にご結婚を禁止されていた筈では?」
すっと表情を消した真顔のばあや。うむ。なかなかの迫力だ。さすが、祖父殿の妹君。
「ああ、兄王が疑心暗鬼に陥っていそうだからな。ここらで、わたしが普通の娘のように子を産み、育てると言って王宮を離れれば、この状況も多少はマシになるのではないかと考えていたのだ」
「お父上様のご遺言はどうなさるのです?」
「ああ、あれな? あれは、わたしを嫁には出さんという話であろう? なれば、わたしがどこぞの領地に引っ込み、婿を取ればいいのだ」
「まあまあ! なんて屁理屈を!」
クスクスと笑うばあや。
「でも、もしかしたらそれなら許可が下りるかもしれませんね。では、ばあやはとびきりの殿方を探さないといけませんねぇ」
おお、ばあやの本当に笑った顔は久々に見た。
まあ、『殺される前に子を産んでおこうと思った』という本音を言うと、絶対にブチ切れられそうだから言わぬが――――
母は、この国では珍しく学のある女だった。
そして、祖父殿同様に国を憂いて父王へ嫁ぎ、様々な話をして国を良くした。けれど、その名が、功績が、母の言葉が、想いが、伝わることは無い。父王や祖父殿、わたしとばあやと言った、極少数の者以外には、誰も知らない。
母は父王の妃の一人。もしかしたら寵姫だったかもしれない女……という程度の認識。これすらも、他の妃や兄弟姉妹が口裏を合わせればなくなる評判に過ぎない。
この国では、それくらいにしか母を認識してもらえない。
人が理不尽に殺されることが減ったということも、流される死体が減って綺麗になった川も、向上した衛生問題、治安、それらなにもかもが、母と話した父王の行ったことであるというのに。
母の名は、そのどれにも残らない。
女がなにも残せぬというのであれば、わたしは残るものが欲しい。
そうして考えて――――
実にありきたりな結論が出た。
母が、わたしを残したように・・・わたしも子を残そう、と。
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