わたしは父王のお気に入りと目されている。
短編で出す予定でしたが、長くなったので分割して連載にしました。
※インド風な国という設定のため、身分制度、奴隷、男尊女卑などの不快に思うような表現があります。
その昔、我が母は憂いていたそうだ。
「やっばい、うちの子天才だわ。どうしよ?」
そろそろ刺繍を教えようと思った娘のカルラが針と糸を放り出し、
「ししゅーのもよーきめてくるー」
そう言って書庫へ向かい、
「かかさま、これつくりたい!」
持って来たのは、なぜか機織り機の描かれた本だったという。
「これ、このかっこいいもよー。まよけってかかれてるの!」
それから機織り機を作ると言い出し、織る布を調べると言ってパターンの載っている本やら古文書を読み漁ると、型のみが伝わり、由来が失伝した意味のわからなかった模様の謎を解き明かしたそうだ。
機織り機でそのパターンを織り、カルラが解き明かした意味と一緒に売り込んだら、母の実家の産業が盛り上がったという。
更には、
「この布、異国に売れるんじゃないですかね? 兄上」
そう言ったばあやの一言で、実家の布産業が国内輸出の主戦力になった。
「どうしよ? この子、わたしより賢いわ。王女なのに……心配過ぎる」
と、我が母は、幼少期のわたしの行動に頭を抱えたのだと、ばあやから聞いた。
我が国は、男尊女卑が強い国と大層な評判だ。
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「お前、調子に乗っているのではないか? 少しくらい父王に話を聞いてもらえたからと言って、所詮は女だ。女が政に口出しなどしては、誰も貰ってはくれなくなるぞ」
忌々しそうに顔を歪め、そう吐き捨てる青年。そこそこ端正な顔が台無しだな。
「元々賢しいと言われ続けて、殿方には敬遠されておりますからお気になさらず。それよりも、父王へ用事があるのではないのですか? 兄上」
「兄と呼ぶなっ!?」
「では、失礼します。王太子殿下」
昔は、こんな風に憎悪を向けて来る人ではなかったというのに。
そう思いながら、自室へ向かう。
「王太子殿下にも困ったものですね、姫様」
部屋へ入った途端、お付きのばあやがイタズラっぽく笑う。
「全くだ」
やれやれと同意すると、
「乳母殿、不敬だぞ」
護衛がばあやに顔を顰めた。
「そう言うな、ナーガルージュナ。アレが鬱陶しいのは事実だからな」
「姫様までそのようなことを」
「さ、姫様。おやつにマンゴーでも剥きましょうか? それとも、うんと甘いラッシーをお作りましょうか?」
「甘さは程々でいい。この前のは、あまりにも甘過ぎて飲めたものじゃなかったぞ、ばあや」
「そうですか? 嫌なことがあったときには甘い物が一番ですよ」
そう笑って、ばあやが厨へ向かう。
「はぁ・・・」
いつからだろうか? 母親が違うとは言え、それなりに優しかった兄に、憎々しげな顔をされるようになったのは・・・
我が国は近隣諸国に比べて強固な身分制度、そして男尊女卑の傾向が強い。
家の娘は、家長の物。言わば、道具だ。
例えば、どこぞの平民の娘が貴族に所望されたとする。そうすると、その家の家長は喜んで娘を差し出すのだ。その娘の年齢が一桁台で、相手が祖父程に離れた年回りの、所謂幼女趣味の変態爺だとしても。
更に救いようが無い話になると、娘が泣いて嫌がったので、その死体を献上した……という話もある程だ。
それ程に、我が国の身分制度は強固で、女の地位が低い。
そんな我が国に於いて、わたしの身分は王女。沢山いるうちの一人ではあるが。
大抵の国民よりも、ある程度の男よりも地位が上で、丁重に扱われている。
まあ、上や下の兄弟姉妹、その母達以外からは、となるが。
わたしの祖父は現宰相で、母はその娘。そして母の乳母であったばあやは、祖父の年の離れた妹。
母は父の五番目の妃で、母が父王へ輿入れしてからは我が国の国政が多少上向きになったのだとか。
幼少期より長年、凡庸だと評されていた父王の一番の功績は、無礼討ちの基準を明確にしたことだと言われている。それを以て、賢王へ化けたとも。
以前は、上の者が下の者を気に食わないと感じただけで当たり前のように無礼討ちが罷り通っていたが、父王がその無礼討ちの基準と刑罰を、明確に法として定めたのだ。
使用人や身分が下の者が上の者に殺された場合、国の審査が入るようになった。規定以上の過剰な罰を民や奴隷へと課した場合は罰金、もしくは懲役刑が課されることになった。それは王候貴族でも、だ。
これにより、毎日のように民や奴隷が殺されることは無くなったのだとか。
最初は王候貴族の反発が強かったそうだが、無礼討ちにて大切な者を傷付けられたり、亡くしてしまった者達を味方に付け、更には王とて無礼討ちの基準には従うと触れ回り、数年掛けて法案を通したのだという。
反発していたとは言え、元々上位の王候貴族が無礼討ちをすることが少なかったのも、法案を早めに通せた理由であろう。
なにせ、理不尽な理由で無礼討ちをしていたのは、下から数えた方が早い貴族や、裕福な平民層が多かったのだから。
そう言った中流層の傲った者達が一番、奴隷や最下層の者を殺していた。
毎日どこかで、些細なことで無礼討ちとして殺される民を憂いていた祖父殿が、母やばあやを使って父王を誘導していたのだろう。
我が国の、川に面した地域の一般的な弔いは、水葬。毎日毎日、数百以上にも上る死体の流されていた川からは死体が減り、腐臭や衛生問題が劇的に改善された。
理不尽に殺されることがなくなったと下の者は涙を流して歓喜し、慢性的な労働力不足、そして治安も段々と良くなったという。
上の者も……景観が良くなった、下の者の仕事の質が向上した、と喜んだのだとか。
祖父殿と母が、嬉しそうに話していた。
そうやって国が少しずつ良くなった頃――――母が、死んだ。
わたしが八つを数える少し前だった。
おそらくは、暗殺。父王と長く時間を過ごす母に嫉妬した他の妃の手の者か、もしくは宰相である祖父殿の権勢が強くなることを嫌った輩か・・・真相は闇の中、だ。
そして、意外なことに父王は母のことを存外好いていたらしい。母が亡くなると、護衛として軍を引退した……というかさせた? ナーガルージュナ将軍をわたしに付けてくれた。この元将軍はむくつけき見た目に反し、なかなか細やかに気が利く。弟妹が多かった為、子守りは慣れているのだとか。
更には、幼い頃には特に構われた覚えがないのに、父王の話し相手をさせられることとなった。
まあ、なんだ。自分で言うのもなんだが、わたしはそこそこ賢かったようだ。
幼い頃より、宰相である祖父殿から贈られた本を読み漁って過ごした故だろう。世話をしてくれる大叔母に当たるばあやが半分異国人ということもあってか、異国の話も興味深く聞いていた。
そんな風にして幼少期を過ごして――――母が亡くなり、わたしの顔を見に来た父王と少し話して後より、幾度も尋ねて来るようになった。
最初は亡き母を恋しがっていた父王が、次第に政やら母以外の妃の愚痴やらなにやらを零すようになり、わたしがそれに対して適当だったり、偶にイラッとして辛辣に返したり、異国ではこうなっているようだと返すと、「お前の母も、よくそんな口を利いていた」と。寂しそうに笑っていた。
ばあやは、「あの子が亡くなったばかりだというのに、他の妃の愚痴を姫様に零すなんて」とにこにこと笑顔で、冷ややかに怒っていた。ばあやも、母を可愛がっていたのがわかる。
そういうワケで、わたしは父王のお気に入りと目されている。
祖父である宰相の目論見は、母が早くに亡くなってしまったことで頓挫。けれど、父王がわたしを気に入ったことでどう転ぶか? と言ったところか。
ちなみに、祖父殿とわたし達の交流は続いている。
まあ、祖父殿が権力欲に取り憑かれた奸臣や佞臣……というのならば問題だが、祖父殿は至って真面目に国を憂い、国に仕える忠臣。
わたしのことを気に掛けてくれる上、本を贈ってくれることからも判るように、この国の大多数の男が言うような、『女が学を身に付けるなどとんでもない!』などの愚かしいことは言わない。この国では、なかなか見ないような人物だと言える。
惜しむらくは、宰相である為に多忙で、母やばあや、わたしと過ごす時間が短いと言ったところくらいか。
父王ではなく、国に仕えるというところがポイントだ。国を良くする為なれば、凡庸なのにそこそこ好色。おまけに父親である自分と年の近い王に、娘を嫁がせるくらいの忠臣であると言えよう。悪い人ではないのだが。
祖父殿は、自分の娘よりも国を取る男だ。
母も母で、そんな凡庸な父王を上手く転がせる程の女だったのだがな。
そんな風にして数年を過ごし――――
父王がある日突然、宣った。「カルラは嫁に出さん!」と。
それ以来、わたしは異母兄弟姉妹とその母達にすっかり嫌われてしまったというワケだ。
読んでくださり、ありがとうございました。
一応、これでも実際の昔のインドよりはマイルドだと思いますが……不快に思った方はすみません。




