トテは
お嬢様の姿は見えた。
壇上、ロープに縛られ、背を槍のようなもので突かれながら歩いていた。
お嬢様らしくなく、まるでみずぼらしい少女だった。
「お嬢様!」
トテは叫んだ。
トテは名を呼んで欲しいと自分の名も叫んだ。
「トテ!」
お嬢様が顔上げて、広場の人混みから探す様子を見せた。
「ここに!」
叫ぶのに、人だかりが興奮していて、少し高いと選んだこの場所でもトテの視界を遮ってくる。しかも身動きが取れなくなってくる。
「おい!」
と誰かが声をかけて、トテの身体を持ち上げた。トテは群衆から頭一つ飛び出してお嬢様を見た。
お嬢様がトテを見つけた。
姿勢が変わった。お嬢様になった。歩き方が変わった。
それから群衆を見下ろした。美しいと勝ち誇る花の姿のよう。笑って見せた。
また広場の向こうの騒ぎが大きくなった。
お嬢様はそちらも見遣った。
けれど後ろから突かれて歩かされる。
お嬢様はまたトテの方を見た。そのまま、突かれてひざまづかされた。
お嬢様は笑んでいた。
お嬢様の口に器が押し付けられる。もう一人がお嬢様の首元を掴んだ。
トテはじっと見ていた。が、急に降ろされてお嬢様の姿が消えた。
「ちょっと!」
トテは怒った。
「重い!」
と今まで支えてくれていた使用人が怒った。泣きそうに真っ赤な顔で。
「終わり!」
ワァワァと群衆が叫んでいる。広場の向こうの騒ぎも続いている。
「死んだ!」
一番初めに書面を読み上げた男の声が突然聞こえた。
死んだ、とトテはその言葉を聞いた。
死んだ、と、なぜかトテはすぐ理解した。
誰が死んでしまったかを。
****
トテは屋敷から解雇された。
お嬢様が気に入って雇っていたにすぎず、トテは馬鹿で使い物にならず、奥様だけの屋敷には必要でなくなったからだ。
紹介状というものを渡された。
とはいえトテには自分の売り込み先も売り込む価値も分からない。お嬢様だけ、お嬢様だから仕えることができただけで。
トテは、紹介状をしまいこんだ。お屋敷でお嬢様に勤めていた証拠に取っておこう。
そして、誰にも見せず自分の生まれた家に帰った。
そのまま、家の手伝い、村の手伝いをして生きた。
結婚はしなかった。相手がなかったからだ。仕方ないとトテは思った。馬鹿だからなのと、勤めたお屋敷の悪名が酷すぎた影響。
お嬢様の話をトテは一生懸命周りに伝えた。お嬢様は、気品に溢れ、綺麗で、賢くて、とても素晴らしい人だった。怖い時は怖いけれど、とても優しかった。親切だった。
誰も信じてくれなかったが。
ちなみに、トテの本名はエミーと言った。
村に戻ってから、トテはエミーと言う名に戻っていった。
今では、トテと呼ばれていたことを知る者なんて、エミーの周りにはいなくなったはずだ。
***
運悪く、馬が暴走した。
エミーは道から放り出された。
意識を失っていたらしい。気が付いてみると、あたりは薄暗く、山林の中の様子だった。
エミーは自分の身体を見た。
衣服がベットリ泥で汚れていた。見回してみて、少し離れて、カゴが転がっているのを発見した。
中に収穫したキノコを入れておいたのだが、それも吹っ飛んでしまったようで、カゴよりもさらに先にそれっぽいものが見えた。
「あーあ。まぁ洗ったら元通り」
とエミーは言った。
「キノコ。キノコ」
エミーは身を起こしてカゴを拾い上げ、キノコを探した。
「おいしーい、キノコ、スープに、する、ぞ! キノコ!」
変な歌のように言葉に抑揚をつけて歩く。見つからない。
困ったエミーは、探し歩いた。
「むしろ新しいので良い。生えてるの探せ、エミー!」
エミーは自分を勇気づけるための独り言が多い。
「あれ?」
エミーは少しだけ足を止めた。
薄暗い中、向こうに家が見えた。入り口、開いているようで中の光が漏れてドアの形が浮かんでいた。
エミーは少し近づいた。
それから目的地のように思えて足を進めた。
『服を綺麗にしないと』
『なんだってエミーが呼ばれたんだ?』
『でもめったにお屋敷になんてお勤めできるものじゃないでしょ。噂を聞いたのかしら』
『エミーの噂なんて無いと思うよ』
『お迎えにきました。連れて行きましょう』
色んな言葉、声が泡のように周りで次々と弾けだした。
エミーは家に辿り浮いた。
やはりドアは開いている。エミーはそのまま踏み込んだ。踏み込んで良いと言われて、呼ばれたから。
入った途端、小さな小屋のようだったのが、急に部屋が広がり色づいた。
『今でもキノコ好き?』
と美しい少女がエミーに向かって笑っていた。
嘘みたいだ、とエミーは思った。
エミーは自分の身体をよくよく見つめた。もう泥は落ちている。別の服に着替えたから。一番上等の、でもお屋敷の中ではボロボロだった。
自分の手を見つめた。
皺だらけで曲がった手ではなくなっていた。小さな子どものものだった。
足もだ。顔を触る。皺などない。
「どうして?」
『迎えに来たのよ。お前、迷子だもの。いつまでも困った子ね、トテ』
「どうして」
『お前は死んだのよ。可哀そうに、事故ね』
「死ぬまでは生きてました。あなたよりずっと長生き。お嬢様」
『そうね』
美しい少女が手を差し出した。
『おいで、お迎えに来たのよ。呼んでやるつもりはなかったけど、来ないのだもの。仕方なくよ』
「お嬢様、変わらないですね」
『ふふ。行きましょう』
「はい。行き先は?」
『まぁ。この期に及んで、相変わらず馬鹿な子なのねぇ。死後の行き先なんて決まっているわよ』
二人で光の中に進みながら、会えて嬉しい、とトテは笑った。
了