#1「リアルは小説よりも奇なり」
ああ、これは参ってしまった。
俺は誰に言うでもなく、心の中でそうつぶやいた。
いや、そう心の中でそう呟くしかなかったの方が正しいのかもしれない。
なにせ、自分の目の前に広がっていたのは普段通りに過ごしていたら絶対に経験することのできない光景と感触だったからだ。
場所は自分の部屋があるアパートの一室、その隣の部屋。いわゆるお隣さんの部屋で、俺はそんなお隣さんの部屋の床に仰向けになって倒されてしまっていた。
本来なら窓から日光や町の光が入ってきて室内を照らしているはずなのだが、窓は分厚いカーテンに阻まれてしまっていて、それが原因で部屋の中に光がほとんど入ってこないようになっていた。
締め切られた部屋の中にはパソコンから出ているブルーライトだけが反射していて、部屋の中を薄暗く照らしているのも見える。
それだけだったのなら、別段珍しいものは何もなかった。
電気が消えたの部屋の中、一人でパソコンや携帯の画面を見つめていれば、誰だって自然とその光景に行きつくだろう。だから、それほど珍しい姿ではない。
しかし、自分が床に仰向けに倒されてしまっているとなったら話は別だ。
自分が床に仰向けになったままの原因である自分の腹の上に目を移した。
そこには、一人の女の子が座り込んでいた。
可愛らしい顔立ちで、キッと吊り上がった形の良い眉。決意をしているかのような引き結んだ口元は乾燥しているのか、少しさらさらとしているように見えた。
体系はすらっとしていて、女性らしい起伏はないものの、肩から腰元までの線は女の子らしいそれだった。
そこだけを見れば普通の人間となんら変わらなかったかもしれない。綺麗な女の子に馬乗りになられている阿呆がここに一人いるだけだ。
それでも、現実と思えなかったのは彼女の容姿があったからだった。
彼女自身の腰元まである長い髪はアルビノなのではないかと思うほど白色に輝いていて、何か不思議な力が働いているのか、彼女の白い髪先は厚い氷の様に薄い青色に色づいていた。
それだけではない。本来は何もないはずの彼女の耳の上あたりからは、人間にはないはずの角と思われる突起物が左右に一本ずつ生えていて、背中には大きな翼の影がここからは見える。そして、爬虫類のような鱗がついた人間の腕よりも太い尻尾が彼女の後ろに見えていた。
その姿はまるで、創作や幻想小説の類で描写される竜と人間が混ざったような、そんな不思議な姿をしていた。
普通に考えればコスプレや、作り物だとしか思わないだろう。
作り物としか思えないはずのに、彼女の尻尾や翼は生物のそれとしか言いようがないように脈打っているのが見えて、それが本物なんだと認識させられる。
そんな彼女の姿を吸い寄せられるかのように、俺はじっと見つめてしまっていた。
頬に冷たいしずくが垂れてくる。
それは、彼女の涙なのか。それとも、当たりの冷気が結露した雫なのか、分からなかった。
「覚悟は、良いな?」
喉元から肩のふちに掛けられていた体重が重みを増した。
これからどうするのかなんて言わずもがなだろう。俺は彼女の秘密を知ってしまって、彼女の伏せなければいけない秘密の目撃者になってしまっていた。
例え相手が現代社会の中に生きていた人だとしても、他人の秘密は口外するべきではないことだと俺は思っている。
ましてやそれが現代に生きる人間ではないものたちの秘密となれば、殺されて口封じをされてしまったとしても創作で考えれば不思議でもなんでもない。
それぐらい人間に知られてはいけない秘密だってことは彼女の口ぶりから痛いほど伝わってくる。
視線を彼女の腕の方へと向ける。そこには振り上げられたもう片方の腕と青白く輝く爪があって、パソコンのブルーライトを受けてきらきらと輝いていているのが彼女の越しに見える。
彼女の姿も相まって、現実とはとてもじゃないが思えない光景だった。
自分の眼に焼き付いたその光景に、俺はただただ視線を送ることしかできなかった。
だって、彼女の姿は本当に綺麗で、透き通っているのだ。
例え、彼女が人間ではない存在だったとして、その綺麗だと思える姿は本物なのだ。
ああ、本当にきれいだ。
どれだけ精神が参ってしまっていたとしても。どれだけ今の光景が信じられない物だったとしても……。彼女の姿を見上げていると、そう思わずにはいられないのだ。