34 エピローグ
小さな国の片田舎に、ちょっと変わった場所がある。
直轄領と言う名目で国の保護下にあるが、実際は王宮への伺候の義務も、兵役の義務も持たない。
『塚の護り』という永代の称号を持つ一族の、独立した特別な土地である。
領内にあるのは、いくつかの村と、三層だけの小さなダンジョンが一つ。
元冒険者だった領主は、趣味で初心者用のダンジョンの探索指導をしている。
彼が育てたパーティは、生還率が格段に高いので、ギルドでも評判がいい。
奥方は「おいしいきらきらポーション」の開発者。
ポーションは希釈すると薬功を失ってしまうが、これは魔力でコーティングしたポーションや万能薬の雫を、果汁や蜂蜜から作った液に浮かせたもので、けがをした子供や熱のある子供でも楽に飲める。
泉でキラキラ光りながら噴きあがる砂を見て閃いた、発想の転換であった。
透明な液の中で輝く粒々が楽しく、嗜好品として欲しがる子が多いため、おいしくない苦いポーションも作ってあり、親の判断でどちらかを渡すようにしてもらっている。
薬師ギルドが処方を買い上げに来たが、領主がしっかり商業ギルドを通して価格固定の歩合制にしたため、大変に高い技術が必要とされる割に儲けの少ない商品となり、安く手軽な価格で国内に流通している。
一家は、男の子が二人、女の子が一人の五人家族。
月の美しい夜は、家族総出で樺の林を散策し、小さな泉のほとりで待つのは、月光の中に浮かび出ては消える、あえかな幻。
一角獣や小鳥の群れ、踊る花々。堂々とした獅子や赤いフードの少女。
見とれる子供たちは笑い声を上げ、両親は静かに微笑んで寄り添う。
小さな塚に花を供えて、戻るのは、少し建て増して大きくなった、領主の館というには素朴すぎる、蔓薔薇に抱かれたような木造の二階家。
雪に埋もれる真冬以外、深紅の大輪の花が絶えることはない。
食卓の六個目の椅子は、時々帰ってくるミュー叔父さんの椅子。
冒険者の叔父さんは、帰るとほっとしたように、猫の姿になるけれど、見慣れている子供たちは驚きもしない。尻尾を捕まえようとはしゃぎながら、遠い国々の話をねだる。
深夜に月が昇る時には、叔父さんは猫の姿で、ただ一匹で泉に向かう。
ごくまれに、本当にまれに、彼だけが見る、幻影があるから。
領主によく似た若い男と、茶色のぬいぐるみを抱いた少年が、仲良く並んで微笑んでいる姿。
だが彼が手を伸べ、一歩踏み出すと、二人は月光に溶けるように消え、後には泉が銀色に輝いているばかりなのだった。
勇者が消えた後で 完
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葉月秋子




