卵焼き
見覚えがある光景。
みかこの家族会議の場面だ。あのかけるのこどもを産もうっていうのだから、きっとろくな人生を送れるはずがない。まぁいいわ。暇だから、あの子のお腹の中のこどもが私ぐらいの歳になるまで時を進めてやる。後悔するはずよ、「産まなきゃよかった」って――
「ごちそうさま」
「洗わなくていいから、食器だけ流しに置いておいて」
「わかったよ母さん」
朝食を済ませた後なのか、一人の男子が食器を重ねて台所へと向かっていく。「母さん」と呼ばれた女は、陽の当たる部屋で洗濯物を室内干ししていた。よくある家族の風景。そこに父親はいなかった。そうか、みかこはシングルマザーなのね。部屋の作りが家族会議のときと似ているから、多分街から出ずに実家暮らししてるんだろう。ということは、あの子の両親もここで暮らしてるはず。後々考えると、親の介護やこどもの学費なんかでお先真っ暗ね。
「じゃあ母さん仕事行ってくるから、あなたは苦手な英語を頑張りなさい」
「行ってらっしゃい、苦手じゃないよ。興味がないだけ」
「それを苦手っていうのよ。あ、そうそうお弁当机の上に置いといたからね」
「どうせまたピーマンが入ってるんでしょ」
「今度は苦味が出ない味付けをしてみたから、一口は食べるのよ」
「はいはい」
……お弁当。みかこも母親になったらこどものために作るのか。さすがみかこのこども。英語が苦手なところがよく似てる。容姿はまぁ、かける寄りかな? 一見出来そうな感じがするけれど、偏差値は低そう。それより近所とはうまくやっているのかしら。あの感じだといじめられている様子とかなさそうなんだけど……。みかこはかけるとの事を隠しているのかしら。
「みちる。お前もそろそろいかないと遅刻するわよ」
「ばあちゃん、急に出てくるから幽霊かと思ったよ」
「くだらんこといってないで、早く行ってきなさい」
「うっ、じいちゃんまで……」
やっぱりみかこの両親も一緒だったか。というか、想像していた未来と全然違うんですけど。何で”普通”に育ってるの? 最初は望まない妊娠だったんでしょ。みかこは将来こんな生活を送れると思って、産むことを選択したの? わからない。
どうして私と日野が救った人たちは、私にはない”なにか”を手にしているの。そもそも”なにか”って何? どうしてこんなに胸が苦しいの。私はこれからもずっとこんな夢を見続けながら永遠にこっちの世界で生きていかなくちゃいけないの……? そんなの、さびし――
ハッと目が覚めた。
私は少しだけ涙目になって、食卓に着いた。沢山のスイーツ。まるで安い宝石のように輝くゼリーや飴細工。ふわふわと鼻に付く甘い香り。もうこの空間に何時間いるのだろう。あっちの世界は動いているのに、こっちの世界は止まっている。まぁ死んだのだから仕方がない。実際には魔法で消されたのだけれど。
「……お弁当、か」
みかこのいう「ピーマンの入った弁当」ってなんなのかしら? ――そういえば、この前私が食べたお弁当って何が入ってたかしら。そうだ、交換して卵焼きだけになっちゃったのよね。あれ、どんな味だったっけ……思い出せないわ。一回食べただけじゃ思い出せない。
「こんなことになるのなら、捨てるんじゃなかった」
目の前に広がるのは偽りのスイーツだけ。ここでは体が不潔になることもないから、好きなときに食べて好きなときに眠る。それだけの世界。私の死後の世界ってこんなにちっぽけなものなの?
「……壊したい。この世界を、壊したい……」
そしてもう一度、母親の卵焼きを味わいたい。あの味が私のわずかな「幸せ」の一つだったんだ。あの二人のこどもや、ゆみこ、みかこが出来たなら、私も”なにか”をあっちの世界で手に入れられるはず。こんな所で永遠に眠り続けるのなんて嫌!
「出て来い悪魔!!」
私は人生で初めて大声で呪いの言葉を叫んだ。




