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雫の夢

 ――中学生の頃の私――

 はじめて両親と一緒にシュークリームを作った日。父親はどんくさくてバニラの種を取り出さないまま鍋に放り込んでたっけ。後で気付いた私と母親が呆れた顔をしていたのを覚えている。そんなでもなんとか出来上がったシュークリームは、市販のものよりもずっとずっと美味しかった。なぜかしら。あっちの世界でも時々食べてたけれど、手作りの方がよっぽど良かったわ。まぁ思い出補正かもしれないけれど。


 「ねぇママ。私、パティシエになりたい!」

 「あら、ステキな夢ね。なったらお母さんにとっておきのお菓子を作ってくれる?」

 「うん! もちろんパパの分も作ってあげるわね」

 「ありがとう。大丈夫だ、これだけうまい物を作れる雫がパティシエになれないはずがない。父さんも応援してるぞ」

 「ありがと! いつか世界一のお菓子を作って世界中を驚かしてみせるわ」

 「その意気だ、雫!」

 「頑張って、雫!」

 

 ――なんて会話をしてた。あの頃は、本気で料理の勉強もしたし、お菓子作りが趣味だった。ほぼ毎日キッチンを占領しては、フローリングを粉塗れにしていた。それに両親は怒ることもなく、出来上がった作品(おかし)を「美味しい美味しい」って笑顔で食べてくれていた。私はその笑顔を見て世界中を笑顔にするパティシエになりたいと思っていた。本気でね。


 それが、高校に入ってからなぜか、両親の「美味しい」という言葉がお世辞のように思えて、調理をするのが馬鹿らしくなって一切しなくなった。その代わりにかはわからないけれど、母親が料理アプリを見出して、手の込んだ料理を作るようになった。味は私のものよりはるかに美味しくて、本当は素直に「美味しい」って言いたいところだけど、「アプリって凄いのね。誰でも簡単に美味しいものが作れちゃうなんて」って、つい余計な言葉を付け足してしまう。それでも「美味しいっていってくれて嬉しいわ」なんて笑顔で返してくるものだから、なんだか歯がゆかった。


 わかっている。私は高校生になって素直さを失ったんだ。何でも曲がった見方をしたり、人生の目標である夢までも簡単に諦めた……。誰かに馬鹿にされたわけでもなく、自分という存在がある日突然ちっぽけに思えて、そうなると周囲も同じようにちっぽけに思えてきて――


 「……出て来い悪魔……」


 私はベッドに移って、羊を数えるように呪いの言葉を口にした。微かに人差し指の爪が青白く輝く。眼を閉じて見える光景は、真っ暗闇じゃなかった。本当は大好きなお菓子を家族みんなで楽しく作っている、そんな場面だった。なぜだかその光景は私の心臓を酷く圧迫した。もしかしてかけるに消されてしまったことに後悔してる? それとも私が消えて両親がどう思っているだろうとか考えてる? これが「私の本当の気持ち」なの……? わからない。でも少しずつわかってきた気がする。日野が私のことを”心が一人ぼっちの魔法使いだ”って言った理由が。


 「寂しくなんか……ないわ」


 心の中の声と口で発する言葉が一致しない。それに苛立ちを覚える。ゴロンと体制を変えて、大きな枕に顔を埋め、私は無理やり眠った。こっちの世界ではそれしかすることがないのだから。

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