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夢見る旅人の道倒れ


 炊き出しの当日。最初はこれほどの人が来るのかと驚いていたが、よく見ると老人や女子供ばかりである。しかも、皆着ている物は薄汚れており、身体は痩せ細って、疲れた表情した者ばかりだ。それほど、この町に食料が行き届いていないのである。

 この炊き出しはミリシャが慈善で行っていることで、炊き出しを受け取るのは誰でも可能である。それを求めて、町中の人達がここへとやって来ているのだろう。


 大広間に台を組み立てて、その上には野菜のスープが入った大鍋が置かれている。それを並べた皿にエイレーンが次々と注いでいき、ミリシャが一列に並ぶ人達に渡していく。スープを受け取った人達は、一口、二口飲むとすぐにほっとしたような優しい表情になった。

 ミリシャがスープを人々に渡しながらこっそりと耳打ちしてくる。

「エイレーンの味付けが良かったのかも。皆、美味しそうに食べてくれているわ」

「……口に合ったみたいね」

 そこへ男の子がスープを皿に注いでいた二人の前へとやってくる。裸足で、服も切れ切れの古着を着ている男の子は七、八歳くらいのようだが、痩せているためさらに幼く見えた。

「あの……」

 もじもじとしながら、男の子は空になった皿を持って、何と言おうか言葉を選んでいるようだ。ちらり、とミリシャの方へと目を向けると彼女も軽く頷いた。

「……いっぱい食べて、大きくなってね」

 エイレーンは男の子から皿を受け取ると、その中におかわりのスープを注いでいく。それを受け取った男の子は嬉しそうに笑顔を見せて、大きく頷いた。

「ありがとうっ、お姉ちゃん!」

「零さないように気をつけてね」

 空腹だったのだろう。男の子は他の子どもと同じように痩せていた。その光景を見て、少しだけ胸の奥が痛む。


 ……この世界はおかしいわ。


 子どもが一杯のスープさえも遠慮してしまうほど、貧困が蔓延っている現実に目を背けずにはいられなかった。隣のミリシャは途切れない列に笑顔を向けながら、スープを配っている。


 ……ミリシャ、あなたはたった一人で、この現実をずっと真っ直ぐ見てきたのね。


 彼女のような人がもっとたくさんいれば、この世界は優しい世界になれるのにとさえ思う。

「おーい、ミリシャちゃん! ちょっと、いいか?」

 知り合いなのか中年の男が大広間へと入ってきて、手招きしながらミリシャを呼ぶ。

「どうしたの?」

 素早く男のもとへミリシャが駆け寄る。男の後ろには荷台の上に寝かされている二人の人間の姿が見えた。

「えぇっ!? この人達……大丈夫なの?」

 ミリシャは腕を捲くり、二人の首元や胸に手と耳を当てて生きているかどうか確認している。

「……心臓も動いているし、大丈夫みたい。この人達、どうしたの?」

「いやぁ、道端で倒れていたんだよ。一度、目が覚めた時は『飯をくれ』って唸っていたぞ」

 中年の男は少し困り顔で溜息を吐く。

「じゃあ、お腹が空いて気絶しているって事?」

「恐らくな。ちょっと、任せてもいいか?」

「えぇ。エイレーン、ちょっと、そこを任せてもいいかしら?」

「大丈夫よ」

 中年の男とミリシャによって中へと運ばれてきたのは、自分達と同い年くらいの男と、十二歳くらいの少女だった。あまり似てはいないようだが兄妹だろうか。

 並べるように寝かされた二人は、旅をしているかのような格好だった。隣に下ろされる彼らの荷物は大きなもので、使い古されているのか、かなり年代もののようだ。

「この辺では、見ない顔だな」

「そうね。この荷物の多さから旅人か、もしくはどこかの町から流れてきた人達なのかも」

 心配そうな表情でミリシャは二人の額に手を当てて、腕の脈を測る。

「熱もないし、脈も正常だわ。やっぱり、本当に行き倒れただけなのかも……」

「ミリシャ」

 エイレーンは二人分のスープを注いだ皿を持ってミリシャの隣へと腰を下ろす。

「あそこのご婦人が配るのを手伝ってくれて、少しだけ抜けて来たの。二人の様子はどう?」

「うん……。体に異常はないわ。息もしているし。ただ、気を失っているだけみたい……」

 

 その時だった。男の方の顔が一瞬だけ歪んだ。

「……! もし、大丈夫ですか!?」

 ミリシャが男の肩を軽く叩く。そして、男が低く唸った。

「っ……! 腹が……」

「お腹? お腹が痛いんですか?」

 男は顔を歪めつつも薄めに目を開き、ミリシャを見る。

「腹が……減った……」

 どうやら、お腹を空かせていたらしい。エイレーンとミリシャは顔を合わせて、持ってきたスープを差し出す。

「あの、宜しかったらどうぞ」

 エイレーンがスープを目の前に渡そうとした瞬間に男は目を大きく開き、跳ねるように起き上がる。そして、きょろきょろと周りを見渡して唸るように言った。

「何だと……ここはすでにあの世か? 目の前に飯が用意されているなんて……」

 両手を震えさせながら男は差し出されたスープの皿を受け取る。倒れていたと聞いたが、どこか頭でも打ったのだろうか。それとも、ただ単に混乱しているのか。

「なんて良い匂いだ……。もう二度とスープなんて大層なもの食えないと思っていたが……」

 何度も目の前にいる自分達に頭を下げながら、慎重にスープを口へと近づけていく。それを口に含めると、更に飲み干すように一気に腹の中へと入れていった。

「ぷっはー……生き返ったぜ! こんなに美味い飯が食えるなんて、あの世も悪くねぇな!」

 男は口元を右手の甲で拭い、改めてエイレーンとミリシャの方を見る。暫くの間、三人の視線が交差した。

「…………」

「…………あの、あなた、生きてますよ」

 先に口を開いたのはミリシャだった。呆れた顔はせずに、ただ苦笑しているようだ。

「え、ここってあの世じゃないのか? だって、あそこには長蛇の列が……」

「あれは炊き出しに並んでいる方々です。あなた方はどうやら道で行き倒れていたらしく、ここへと運ばれたのです」

「え……あっ! あいつは……!? イル!」

 男はばっと隣を見る。そこには気を失っていたはずの少女がいつの間にかエイレーンが持っていた皿を手にしており、黙々とスープを食べていた。

「ぶっはー……。美味いのぅ、このスープ。ここはあの世か。まぁ、わしが死ぬ事はないが」

 しみじみとそう呟く少女はエイレーンへと皿を返す。

「美味かったぞ。最近は水か草しか食ってなかったからのぅ。腹に染み渡っていくぞ」

「え、あ、どうも……」

 何だか目の前にいる少女はどこか喋り方が見た目に反して古臭い感じである。

「イル! 良かった……。一緒に運ばれていたんだな」

「おぉ、ロア。お主も中々しぶとい奴じゃの。生きておったか。ふぉっふぉっふぉ……」

 どうやら、同時に気を失ったらしい。何事もなくここへ運ばれたのは幸運だったのだろう。

「さて、ここの者達に感謝せねばな。……助けてくれてありがとう。おかげで、久しぶりにまともな物を口に入れる事が出来た」

 二人はエイレーン達の方へと向き直り、姿勢を正す。

「い、いえ……あなた方をここまで運んでくださったのは別の方ですけど……。でも、空腹以外は何ともなさそうで良かったわ。ねぇ、エイレーン」

「え、えぇ……。でも、あなたたち、さっき水と草しか食べてないって言っていたけど……。一体、どこから来たの?」

 自分が尋ねるのは筋違いかもしれないが、倒れるほど何も食べてないということは、お金もないのだろうか。

「わしらは旅をしておってな。元々はこの国の出身だが、別の国へと旅に出ておったのじゃ」

「で、最近になってこの国に立ち寄ったんだけど、なんせ食い物の物価が高すぎて有り金じゃ買えなくてな。そこらの食えそうな草を沸かした水に入れて食っていたんだけど……」

「……さすがにそれで腹が膨れるわけもなく、三日食わずで倒れてしまったということじゃ。いやぁ、今日は拾われて運が良かったのぅ! 悪けりゃ追いはぎか獣の餌になっておったぞ」

 少女は何事もなかったかのように愉快そうに笑うが、一歩間違えれば死んでいた可能性だってあったはずだ。

「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はロア・ホルモンドって言うんだ。こっちは相棒のイリシオス。喋り方が古臭いけど、あまり気にしないでくれ」

「周りに年寄りが多かったから、うつってしまったのじゃ。ふぉっふぉっふぉ」

 兄妹というわけでもなさそうだ。恐らく、旅仲間と言ったところか。

「なぁ、ここって教会か?」

「え? そうですけど……」

「よし! 一飯の恩だ! ご馳走になった分、ここで暫く働かせてもらうぜ。な、イル!」

「そうじゃな。お礼と言ったらそれくらいしか出来ぬからな」

 イリシオスも同意するように何度も頷いている。

「でも、あなたたち、体は平気なの?」

「お互い、体の丈夫さだけが取り柄での。世話になった分、何か手伝わせてくれ」

 見た目相応の笑顔で、イリシオスが頷く。エイレーンはミリシャの方を振り返った。

 この教会を管理しているのはミリシャだ。彼女に決定権があると言っていい。

「そうねぇ……。確かに人手が足りないのは本当だもの。せっかくだから、掃除とか手伝ってもらっちゃおうかな」

 ミリシャはにこりと優しく微笑む。

「私はこの教会を管理しているミリシャよ。こっちはエイレーン」

「よろしくね」

 それに応えるように二人も笑みを返した。

「それじゃあ、早速だけれど聖堂の掃除を頼んでもいいかしら。窓拭きとかやってもらえると助かるわ。道具はあそこにあるから。あ、井戸は外に出て左側にあるわ」

 ミリシャは端の方に置いている掃除道具の方へと目配せする。そこには木製の水桶の中に箒と古い布で作られた雑巾が入れてあった。

「よし、任せてくれ。イル、肩車してやるから、高い所の掃除を頼むぞ」

「むぅ……肩車はわしには少々、子供扱い過ぎぬか」

「仕方ないだろう? その方が一々、椅子に乗ってするよりも手っ取り早いし」

 何かを口々に言い合いながら二人は兄妹のように並んで外へと水桶に水を汲みに行く。

「ふふっ……。本当に仲がいい兄妹みたいね」

「そうね……」

 自分にも兄妹が居れば、今までの生活に何か変化があったのかもしれない。

 その時、ふと一瞬だけ誰かの影が過ぎった気がした。気のせいだろうと思い、首を振る。自分の傍には今も昔も誰も居ない。それは変わる事のないことだ。

「そうだ。あの二人、今晩は泊まっていくかしら。それなら、部屋も用意しないとね」

 微笑を浮かべるミリシャに硬くなった表情を隠し、エイレーンはただ静かに目を伏せた。

   


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