揺れ動く想いは人知れず
炊き出しの列が途絶える頃には、大量に作っておいたスープは完食されていた。味は大好評だったらしく、ミリシャからはまた是非作って欲しいとお願いされてしまった。
その日は結局、ロアとイリシオスは教会に泊まることとなった。どうやら、金が無い時は野宿しているらしく、ミリシャから宿泊の提案をされた二人は両手を挙げて喜ぶほどであった。
「いやぁ、本当に助かったぜ。お二人さん、ありがとうな」
夕食を食べ終わったロアはミリシャが淹れたハーブティーを飲みながらほっと息を吐く。
「しかも、寝床まで用意されておるとは、どこぞの扱いとは全然違うのぅ、ロアよ」
隣にちょこん、と座っているイリシオスは両手で椀を持ちながら、子どもらしく飲んでいる。
「たいしたことは出来ないけれど、喜んでくれたなら、嬉しいな」
食べ終わった食器を片付けながら、ミリシャは小さく笑う。
「いや、たいしたものじゃ。その歳でずっとこの教会を守ってきたのじゃろう? そのような事、中々出来ることではない」
イリシオスは何度も深く頷いている。相当、感心しているようだ。
「それなら、エイレーンだってそうよ。私と歳は変わらないのに、薬草の知識は豊富だし、料理だって上手いし」
「そんな……必要だっただけよ」
褒められた事がないため、何となくくすぐったい気がしてエイレーンは俯いた。
「一人暮らしでもしていたのか?」
「え? え、えぇ。全部、母が教えてくれて……」
別に隠すことではないが、何となく魔女だと疑われたら気まずいと思い、何事もないようなふりで答える。
「そういえば、二人は兄妹なの?」
話をそれ以上聞かれないように、話題を逸らしてみたが少しわざとらしかっただろうか。
「いや、全然」
「血は繋がっておらぬが、まぁ……古い付き合いでの。腐れ縁ってやつじゃ」
二人を観察するようにじっと見てみる。ロアは黒に近い茶髪で黒い瞳だし、イリシオスはふんわりとした金髪に濃い青色の瞳である。顔立ちも全く似ていない。
「……まぁ、詳しくは話せないが俺はとある家の次男坊でな。まぁ、そこそこの出来だったんだけど、どうも腹違いの兄貴は俺の事が嫌いで嫌いで……」
「わしはその家の教育係みたいなものじゃったが、わしの事も嫌っておってな。追い出したくて仕方なかったらしい」
やれやれと言わんばかりにイリシオスは姿に似合わない口ぶりで溜息を吐く。
「それでとうとう追い出されたのじゃが、こやつまで付いて来ておってな」
「居心地悪いからな、あそこは。それにイルと一緒に世界を見て回るのも面白そうだし」
人懐こそうにロアは笑顔を見せる。本当は、一緒に居たいと思ったのだろう。だからこそ、彼は迷わずイリシオスに付いて行ったのだ。
「全く、物好きな奴じゃ」
そうは言っているものの、満更ではない表情をしている。
「でも、羨ましいわ。私はこの町から出たことないから、外の世界を見てみたいもの」
「ミリシャ……」
彼女は彼女の理由でずっとここに居るのだろう。だから、外の世界が気になっても見にいく事はしないのではないだろうかと思う。
「うーん、あまりいいものばかりじゃないけどな。人は荒んでいるし、町の活気はないし」
「最近は金と人が王都に集中しすぎて、ここら一帯が寂れてきておるからのぅ」
確かにこの町は寂れている。若者よりも老人や女性、幼い子どもが多く見られた。やはり、都市部の方へと職を求めに若者たちは出稼ぎに出ているのだろう。
「……ここも昔は重要な都市の一つだったの。十年位前までは人はたくさん居たけれど、王都の方に少しずつ人が流れて行っちゃって……」
ミリシャは少し寂しそうな表情で小さく笑う。
自分もあの森から出たことはなかったため、この町は十分、広い町だと思うし、人口だってあの村よりも多い。それでも、トリエ村より活気がないのは明らかだ。
「なるほど。王都に人が溢れはじめた理由の一つは近隣の町や村から大量に出稼ぎ労働者が流れてきていたのじゃな」
「それは少し、寂しいな」
ロアの言葉にミリシャは小さく頷いた。
「だから、せめて今、この町に残っている人には元気で居てほしくて、炊き出しを行っていたんだけれど……。食材集めは一人だと、どうしても限界があるの。もう、この教会と関わりがある他の教会からの支援も受けられそうにないし……」
「どういうこと?」
「ほら、今までは私だけしか住んでいなかったでしょ? 神父も居ないし、教会として機能していないから、他の教会からはちゃんと教会だって認めてもらえないの」
「そうだったのか……。それなのに、俺たちはたらふく美味しいものを食べさせてもらっていたなんて……。何だか申し訳ないな」
ロアが気まずそうに頭を掻くとミリシャは首を振って笑顔で答える。
「ううん。困っている人を助けたいというのは私の願いだもの。二人とも、たくさん食べてくれてありがとう」
「……全く、お主は殊勝じゃのぅ。どこぞの長男坊にも爪の垢を飲ませてやりたいくらいじゃ」
「そんなことないわ。……私はただ、このまま一人で生きていくのが怖いだけだもの」
その言葉を聞いて、胸の奥にぐさり、と何かが突き刺さった気がした。
「誰かに必要とされることで、あぁ、自分はここに居ていいんだって、やっと自覚出来るの。皆が思っているほど綺麗な事はしていないわ。……ただの自己満足なの」
静かに、ただゆっくりとミリシャは言葉を選ぶようにそう話す。それでも、エイレーンには彼女の言葉に揺れ動かされていくのが分かった。
「……それでも、たった一人でずっとここを守ってきたミリシャは凄いと思うわ」
「エイレーン……」
「炊き出しだって、毎週毎週あの人数分の食事を作るのは大変だもの。ただの自己満足であそこまで出来るとは思えないわ」
自分の食料さえ、揃えるのが大変だろうに彼女はどんな時でも、誰かのために動いている。そんなミリシャに、感動すら覚えた。
「魔女」という事が知れ渡るのではと警戒していた自分は、どこかへ行ってしまったのだろうか。いつの間にか口からは、思わぬ言葉が出ていた。
「だから、これからは私も一緒に手伝わせて欲しいの」
ミリシャの瞳が大きく揺れたのが見てとれた。
「いいの? 本当にっ?」
そして、ぐいっとエイレーンへと近づいてくる。
「えぇ。あなたさえ良ければ、私は出来る限りのことで手伝うわ」
「ありがとう、エイレーン!」
がっしりと、両手を握られ、ぶんぶんと上下に揺さぶられる。余程、嬉しかったらしい。
「なぁ、イル……」
すると、何かを考えるように黙っていたロアが隣のイリシオスの方へと振り返る。
「自分で決めろ。好きにすればいいじゃないか」
やれやれと言わんばかりにイリシオスは肩を下ろす。
「いいのかっ?」
「当り前じゃ。……ミリシャよ、その枠にあと二名追加してくれぬかのぅ」
にやりと、口の端を上げながらイリシオスは意味深げに笑う。
「二人も一緒に手伝ってくれるってこと?」
「おうとも! どうせ、俺達は行く当てがなくて、暇だしな!」
「まぁ、少しばかりは役には立とう。あまり、期待はするな」
どうやら、この二人も自分と一緒にミリシャの手伝いをしてくれるらしい。
「ふふっ、嬉しいわ。ありがとう、三人とも」
今までで、一番良い笑顔だった。広いこの教会に一人で暮らしてきた彼女にとっては、誰かと過ごすことは、幸せなことなのかもしれない。
「さて、今日はもう遅いし、わしらもお主らも疲れておる。そろそろ休もうかのぅ」
イリシオスがぐっと、残りのハーブティーを飲み干して、高い椅子の上から飛び降りる。
「じゃあ、部屋まで案内するわ。部屋はたくさん余っていたから二人の部屋は別々にしたけど、良かったかしら?」
「おっ! そりゃあ、贅沢だなー」
「今まで、ずっと一緒だったからな。新鮮かもしれぬな」
「ロア、イリシオス。お休みなさい」
席を立つ二人にエイレーンは小さく笑って見送る。
「おう、おやすみー!」
「また、明日じゃ」
「あ、片付けは明日にするから、エイレーンも好きな時に休んでね」
「えぇ、そうさせてもらうわ。お休みなさい」
三人が並んで歩く姿をエイレーンは後ろから見送り、そっと溜息を吐く。
ミリシャが嬉しいと思ってくれることは、単純に嬉しい。ロアもイリシオスも気さくで、気をそれほど使わなくていいのが自然に分かる。
誰かと一緒に過ごすことがこれほど楽しいことだとは知らなかった。あの森から出なければ、一生知ることはなかっただろう。
だが、ふと思うのだ。このままで本当に良いのだろうかと。脳裏に浮かぶのは自分を追ってきた、異端審問官の姿。
歳は自分と同じくらいだった。彼は自分の言葉で、疑いを晴らせと言ってきた。尋問するとは言っていない。
つまり、自分で村人達に、自分の力による襲撃ではないと伝えろと言っているのだ。
「…………」
彼の狙いが定かではないため、その言葉を信じる義理はないが、一つはっきりとしていることは、この教会に関わる者達を自分のせいで苦しめ、迷惑をかけてはいけないということだ。
……出来るならば、ずっとここに居たいわ。
初めてそう思える場所に出会えたのだ。
だから、ここは自分が守ってみせる。誰かに簡単に奪われたりさせるものか。




