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光の中で 敏也 8

敏也が初めて経験する危険な出来事、その時敏也は何を感じてどう対処するのか?

夕暮れの匂いは、敏也の住んでいる土地の匂いと違っている。

どこか、潮の香りとねっとりした肌触り。

敏也の住んでいる場所は、田舎と馬鹿にされはしても都心から近い。

住宅も立ち並び住民の数は年々増加する。

昔から住んでいる人はどんどん少なくなってゆき、隣近所の付き合いも少なくなってきた。

学生の数は減るどころか増えている。

そんな中で、勉強して一番になるのは並大抵ではないのだ。

しかし、敏也には一番にならなくてはならない理由がある。

父に認めてもらうためだ。

めったに家に帰らない父は、顔を合わせると今の成績や学年順位しか聞いてこない。

その期待に応えるためには、トップを狙う。そして、トップを取って、最終的には東大に合格するのだ。


「ホイホイ!ご苦労様!」

敏也の目の前で自分の財布が揺れている。

「これで許してやるから、有難く思えよ」

敏也の財布から、札を抜き出そうとしている。

「や、やめてく」

敏也は財布を取り戻そうとして、腕に飛びついた。

「うるせぇんだよ!」

敏也の顔に目の前の学ランの握りこぶしが飛んできた。

「うっ」

だめだ、自分の力じゃどうにもならない。

こんな低俗な人間が社会にたくさんいるのか。悪い事を悪いとも思わずに力ずくでして笑っている。

僕はこんなやつらにへつらう気はないが、どうにも腕力では歯が立たない。

敏也は悔しかった。低俗だと思っていた奴らの中にも、気のいいやつもいると最近思うようになったばかりだ。いや彼らは、低俗なんかじゃないかもしれない、そうも思い始めていた。

でも、なんだ?目の前のやつらはどう考えたって、くずだ。クズ以外の何者でもない。

そんな奴らに、大切な自分の金を取られるなんて絶対にいやだと思った。

怖かった。だけど、嫌だった。

「かえせ!!僕の財布だ!」

敏也は初めて思った事をすべて言葉にする事ができた。

言葉と一緒にもう一度飛びついた。顔の右半分がガンガンする。

だけど、諦めたくなかった。

財布までの距離は縮まらない。後のやつが敏也の肩を掴んで離さない。

「お前らなんか、クズだ!」

自分の声とは思えないほどの大きな言葉が空間を支配した。


その時だった。

財布を持って中身を出そうとしている学ランの背後からすっと手が伸びて、敏也の財布を握ると取り上げた。

「人の物とっちゃだめでしょ?」

学ランはでかかったけど、敏也の財布を取り上げたのはもっと背が高いやつだった。

そこに笹塚熊五郎の顔が、笑ってる。そして敏也に目をやると

「お前さぁ~なんで一人で帰ろうとするかな~?」

熊五郎の横から人ごみをかき分けるように美奈香の顔が飛び出した。

「としちゃ~ん、さがしちゃったんだからねぇ~~、プンプン」

「君たち、地元の学生だね。学校名はっと、ふぅ~ん」

新城陽介が学ランの襟元を鋭い目つきで眺めた。風に髪が流れてゆれる。

「お!わかったわかった!ふぅ~~んこの学校ね」

スマホを手にティーシャツの高松翔が、笑った。

「て、てめぇ~~、こいつ人質に連れて行くぞ!」

熊五郎の前にいた学ランが掴まれていた敏也の脇を、通り抜けようとした。

敏也は肩と腕を掴まれたまま、引きずられる。

どうしよう、このままこのクズどもに連れて行かれて殺されるのかもしれないな。

敏也は引きずられながら、硬直して熊五郎と目があった。

(助けて!)

敏也の必死の眼差しを受けても熊五郎は動かない。

それどころか、目元にほほ笑みが浮かんでいる。

「た、たす」

敏也が改めて言葉を口から押し出そうとした時

「としや!飛べ!」

熊五郎が大きな声で言う。

敏也には何を意味するのかわからない。

飛べって?飛べって何を言ってるんだろう、飛ぶ、どういう意味なのかな。

もう一度、熊五郎がさっきより大きな声で叫んだ。

「いいから、飛べ!信じろ!敏也」

「飛べ!」

飛ぶっていうのは、ジャンプってことかな。

引きずられながら、敏也は膝を曲げて低い体勢を取ると沈んだ身体に思い切り力を込めた。

足元に感じる地面を力一杯蹴り飛ばして、身体を空に向かって浮かび上がらせた。

ゴン、頭の天辺に音がして目から火花が散り痛みが頭の上から下に駆け下りてくる。

「うわぁっ!」

足元に顔に手を当てた学ランの仲間が転がっている。

敏也の脇にいた学ランの肩周辺でバンと音がして、学ランも声を上げて転がる。

熊五郎が長い足をムチのように振り上げてけりを入れていた。

美奈香が敏也の腕を掴んでこちらに引き寄せながら、可愛い声を作って言う。

「もう弱い者いじめしちゃ、ダメだぞ!」

転がった二人が核なのだろう、他のやつらは慌てふためいている。


「いや~~しかし敏也の頭突き、すごかったなぁ~」

高松翔がお腹を抱えて笑っている。

「程度や予想を考えずにジャンプすると、あんなにも破壊力があるんだって思ったわ、オレ」

陽介が頷いている。

「ジャ~ンプ、ジャ~ンプ!みなかもできるよぉ~~」

美奈香がピョンピョンウサギのように飛び跳ねる。

夕暮れは柔らかに忍び寄って、周辺は夜にむけて幕を下ろし始めている。

「お前ら、帰れや!オレは近くに親戚のおっちゃんの家があるから敏也と今日はそこ泊まるわ」

笹塚熊五郎は、駅の反対側にあるバス停でみんなの顔を見回す。

「えぇ~~、ずっる~い!美奈香も一緒にとまる~~」

陽介が美奈香に呆れたように言う。

「敏也の顔見てみろよ!頬のとこに赤あざできてるだろ。このまま家に帰したらどんなことになるかわからないじゃないか」

うんうんと頷いて翔が首をひねった。

「だけどなぁ~、泊りって魅力あるよな。クマの親戚の家って大勢は無理?」

熊五郎が笑う。

「ひっろい農家の家だ。何人でも泊まれるっちゃ泊まれるわな。でもお前ら家大丈夫なのか?」

「平気のへいき!美奈香、泊まることにきめたぁ~~」

ピョンピョン踊りながら、喜んでいる美奈香。

翔と陽介が目を合わせて笑う。

「オレも」

「決まり!」

それぞれに、家に連絡を取るとバスに乗り込んだ。

敏也は陽介が一緒に家に電話をかけると、何とか敏也の母も承知した。

陽介が買ってきた氷をタオルで巻いて右頬に当てながら敏也は黙って、バスに揺られていた。

頬が、頭の天辺が痛んだが不思議とすがすがしい気分だった。

翔が(敏也が車酔いしたので、近くの生徒会長の親戚の家にみんなでお邪魔します)と母に説明してくれたので難なく事は運んだ。

珍しく母は心配した様子だった。いつでも勉強の事しか言わないのに。

敏也は初めての友だちとの外泊に胸が躍るのを、なんでもない事だと自分に言い聞かせていた。

バスの外はもう街頭が付いて、明るい街中から畑のある景色に変わってきていた。

なんでもない夜が、それでも敏也にとって初めての夜が始まろうとしていた。







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