光の中で 敏也 6
敏也の初めては濃厚スープだった
「熊ちゃ~ん、こっちこっち!」
美奈香が大きく手を振って笑っている。
八重歯が吸血鬼の牙のようにとがって、噛まれたら痛そうだなっと敏也は思った。
親睦会という名の遠足は、なぜか投票箱に入れられた『ディズニーランド』の紙切れで決定した。
「なんだ?なんでこんなに『ディズニーランド』ばっかあるんだ?」
書記の高松翔が十枚以上ある紙を箱から取り出して言った。
「うわぁ~ほんとだ!一応筆跡は違うから違う人物の投票って事なのかな」
会計の新城陽介が一枚一枚丹念に筆跡を見つめる。
一枚だけ『潮干狩り』と書いてある紙を見つけて、笹塚熊五郎が渋い顔をした。
「ここだったら知り合い居るからいいと思ったんだけどなぁ。千葉知り合い多いしな」
生徒会室の入口から甲高い声がした。
「やったぁ~~!決まり!ディズニーランド!」
美奈香だった。今日は髪の毛をお団子にして金色とピンクのシュシュが目を引く。
「ディズニー、ディズニー、ディズニーランド!やっほっほ~」
訳の分からないイントネーションで、頭をふりふり踊り出した。
襟の端から後れ毛がパラリパラリと落ちてくる。
お団子の髪の毛が乱れていく。
「おまえ!図ったな!」
新城陽介がメガネの奥から鋭い眼光でにらんだ。
「えっ?何のこと?みなか、なぁ~んにも知らないもんねぇ~~」
ため息をついて翔が口をとがらせる。
「脅したり、ゆすったり、こいつ動かせる男一杯いるからね。やっぱ美奈香の仕業じゃね?」
翔の言葉を聞いて美奈香がほほを膨らませる。
「ひっどいんだ~~、美奈香がちょっとデートしてあげるって言ったら、美奈香の知らないところでこんな事になっただけだも~~ん」
熊五郎が苦笑いをする。
「ディズニーランドで決まりでしょ?くまちゃ~ん」
「ああ、しゃぁ~ねぇな!ディズニーランド行くぜ!」
ディズニーランドに親睦会は決定して、五六人の班を各クラス作ることになった。
ホームルームはガヤガヤしていた。
仲良しグループに固まるのはかんたんだった。
敏也はため息まじりに帰り支度を始めていた。
(どうせ、グループにも入らないし入りたくもないし、第一時間の無駄だ。その日は休んで家で勉強でもしよう)
鞄を肩にかけようとした時
目の前にピラリと紙が揺れた。
「さっさと名前書けよ!書いたら帰って良し!」
熊五郎だった。
高松翔が
「お前、帰るの?じゃ、ラーメン行かね?」
陽介が
「一度は食べておいた方がいいと思うね」
「としちゃん食べた事ないんでしょ?早く名前書いてよぉ~、みなか、お腹すいちゃったんだからぁ~~」
吸血鬼の牙むき出しの笑顔の美奈香が、敏也の腕をつかむとペンを持たせた。
敏也が訳も分からず名前を記入すると、美奈香が思いっきり脇の下から腕を回してきた。
「な、な、なにする」
「いいから、行くよ~~」
そのまま、敏也は四人に囲まれて教室を出て真っ直ぐに門の向かいにある『来々軒』というラーメン屋になだれ込んだ。
「おっなかすいたぁ~~ラーメン五つ!一つ大盛りで!」
美奈香が大きな声を上げた。
「また、大盛りって、おまえ太るぞぉ~」
熊五郎が美奈香を見下ろした。
「あのね、美奈香はまだまだ成長期なんですぅ~~」
高松翔が笑った。
「頭の中もまだ、成長期じゃね?」
「そっか、だったらまだまだ先は長いね、美奈香は」
サラサラのセミロングの髪をゴムで縛った新城陽介が頷いた。
その横で小さくなって敏也は、店内をきょろきょろしていた。
「とりあえず、班行動だからな!よろしく頼むな!」
目の前にドンと置かれたラーメンを前に熊五郎が、ニッと笑う。
豚骨の白い濁ったスープがお腹のどこかを刺激して、敏也は自分が空腹なのに気がついた。
「うっめ~~」
「うん、いつもながらあっぱれ!」
「おいしぃよぅ~~、ふとっちゃうよ~~」
「うまいなぁ~」
てんでにぶつくさ言いながらラーメンを頬張っている。
班行動って言ったよな、敏也は頭の中で一生懸命理解しようとした。
とりあえず、目の前の湯気を立てているスープの中に箸を入れると麺をすくって口の中に入れる。
まったりとした濃厚なスープが絡まった麺は、身体中が喜んで受け入れるのを感じた。
「お、おいし」
思わず言葉がこぼれたのを、聞いて熊五郎がウィンクする。
「だろ?」
「この学校のいいところは『来々軒』のラーメンがいつでも食べられるって事だよ」
陽介がメガネのくもりを拭きながらほほ笑む。
「とにかく、としちゃん、ディズニーランドの中で迷子になんないでよね!」
美奈香は大盛りをたいらげて、お腹を撫でている。
「こまったぁ~~来々軒の子どもがこんなかにいるよ~~うまれるぅ~~」
「こっえぇ~、みなかアンド来々軒ラーメンって最強じゃね?」
みんなが大きな声で笑った。敏也も笑っていた。
初めて食べたラーメン、お腹がいっぱいになったからか、ゆるい自然とこぼれる笑い。
何もかも初めての事だった。