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主計町茶屋街の川沿いの通りはとても静かで、観光客でにぎわうひがし茶屋街とは違う落ち着いた趣が漂っていた。
ひんやりとした秋風が首筋を撫でて、トレンチコートに顔を埋める。右手に流れる浅野川の流れはとても静かで、冬に向かってしんしんと冷えていく自分の心を表しているみたいで、そっと目を背けた。
代わりに、そのまま視線を右手のひらの中にあるスマホへと向ける。画面に映し出されているのは、新着メールの画面だ。送り主は、東京にあるとある不動産会社。
【一次面接結果のお知らせ】
件名を見るだけで、一次試験に合格したのか不合格だったのか分かってしまう。怖くてうっすらとしか開けていなかった目は、その一文を見た途端、だらしなく開いた。
【小坂純恋様
先日はお忙しい中、弊社の採用試験にお越しくださいまして誠にありがとうございました。
さて、慎重に選考をいたしました結果、誠に遺憾に存じますが、今回は〇〇様の採用を見送らせていただくことになりました。何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
末筆ながら、小坂様の今後の益々のご活躍をお祈り申し上げます。】
これまで何度も目にしてきた、いわゆる「お祈りメール」の文面に嫌気が差して、画面を閉じる。
「〝〇〇様〟ってテンプレのまんまじゃん」
時々、今見たメールのようにテンプレートの文面を一部修正し忘れていたり、宛名が他の人になっていたりするメールが送られてくることがある。企業側もたくさんの人の面接をして、大量のメールを送らなくちゃいけないから大変なのは分かる。だけどこのミスは、どうにも自分のことなんて眼中にありませんと言われているようで、心がくしゃくしゃに縮んでいく。
九州の実家を出て、金沢の芸術系大学を卒業して半年。
去年までは、本気でイラストレーターとして生きていくつもりだった。
SNS経由で仕事をもらえることもあったし、アルバイトと両立すればなんとかなると思っていたのだ。
だけど、現実はそんなに甘くなかった。
母が倒れたのだ。九州で一人暮らしをしている母は、そのまま入院生活になった。私の家はシングル家庭で、父はいない。母はずっと一人で私を育ててきた。
そんな母が倒れたことで、私の中の将来の計画はぐらりと揺れた。
夢だけを追いかけていていいのだろうか。不安が、じわじわと胸を締めつけるようになった。
だから私は、卒業してから就職活動を始めた。安定した仕事に就いて、母を安心させたいと思ったのだ。
でも——
「五十社かぁ……」
就活で落ちてきた会社の数を数えて、思わず乾いた笑いが漏れる。現実は、なかなかうまくいかないものだ。面接用に取り繕った言葉ばかりが増えていって、本当の自分がどこにいるのか分からなくなりそうだった。
イラストの仕事も、気づけば依頼が止まってしまっていた。SNSには「しばらく活動を休止します」とだけ書いた。
あんなに好きだったはずなのに、今はペンを握る気力も湧かない。
「万事休すってとこか」
冷静に考えれば、新しく応募先を探せばいいだけの話なんだけど……。
でも今は、さすがに気持ちを切り替えられそうになかった。
主計町茶屋街の川沿いの道には、時折すれ違う人がいるけれど、一人、二人ほど。平日ということもあって、観光客はほとんどいない。自分以外に誰もいない異世界に迷い込んだかのように、静けさが漂っていた。
石畳の道をコツコツと踏み鳴らしながら歩く。
今はただ、この何とも言えない寂しさに身を沈めていたくて、前へと進んでいく。左手に立ち並ぶ町家のような建物は、昔ながらの料亭や茶屋である。店先の千本格子の目隠しがずらりと連なっているように見えて、趣のある光景に心がほっと和んでいく。肌に触れる秋風が私の胸中をさらっていくように、ひゅううっと吹きつけては冷たい感触を残していった。




