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七話 第三訓練場、半壊

 


 合同訓練の初日は、第七班にとって記念すべき日となった。

 その日、第三訓練場が半壊したからである。


  ◇


 事の発端は、いたって平凡な課題だった。


「本日の課題は連携だ」


 教官が、檻に掛かった布を引き剥がす。中にいたのは、犬ほどの大きさの四足獣だった。硬い岩のような甲羅に覆われ、赤い目が四つ並んでいる。


「岩甲獣だ。危険度は低いが、甲羅は生半可な攻撃を通さん。魔法で甲羅を割り、剣で仕留める。以上だ。班ごとに行う。第七班、前へ」


 五人が進み出た。


「では作戦を立てよう」


 真っ先に口を開いたのはロメリオだった。腕を組み、実に王子らしい面持ちで全員を見渡す。


「僕が正面から引きつける。その隙に側面から――」


「殿下は後衛です」


 ティナが書板から目を上げずに言った。


「なぜだ」


「王族を前衛に出して負傷させた場合、班全員が始末書になるからです」


「僕は結構強いぞ!」


「存じています。ですがあなたが少しでも怪我をした瞬間、私たちがどんな目に遭うかはご存じですか?」


 ロメリオが渋々と一歩下がった。


「じゃあ私が甲羅を割るね」


 ミリアがそう言って、右手を前に出した。


 その瞬間、セルの背中に悪寒が走った。


 待て。


 こいつ、加減を知らない。


 二周目の記憶が、警鐘のように鳴っている。ミリア・ペネシスという少女は、魔力の出力調整が壊滅的に下手なのだ。本人は「ちょっと強めに撃った」つもりでいて、だいたい建物が壊れる。


「待てッ、下がれ全員――」


「炎よ」


 世界が白くなった。


 衝撃と熱風が訓練場を薙ぎ払い、セルは咄嗟にティナとノーラを両腕で抱え込んで踏ん張った。甲冑の表面を炎が舐めていく。

 音が収まってから、恐る恐る目を開ける。


 岩甲獣がいた場所には、何も残っていなかった。甲羅も、獣も、床石も。代わりに、訓練場の奥の壁に大穴が空き、その向こうの中庭の木が数本倒れていた。


 沈黙が降りた。


 その沈黙を、見学していた人垣の中から破った者がいた。


「うわああああ! 壁! 壁がねえ!」


「ケリー、静かにしろ」


「先生、今のって賭けの対象にしていいっすか」


「よくない」


「……あ」


 ミリアが自分の手を見つめる。少し冷や汗をかいていた。


「ちょっと強めに撃っちゃった」


「ちょっとじゃないだろ!!」


 セルは思わず素で叫んだ。慌てて咳払いをして、声を低く直す。


「……ちょっとでは、あるまい」


「ごめんって。加減が難しくて」


「加減以前の問題だ。こんな壊して、壁はどうするつもりだ」


「まあそれは元からあんまり関係なかったし……壊すなとも言われてなかったし……」


「!?」


 拗ねるように言い訳するミリアに、教官が顔を覆っていた。


  ◇


 二頭目の岩甲獣が檻から出された。


「ペネシスは魔法禁止」


「えー」


「禁止だ。イスリル、お前が甲羅を割れ。弓が得意だと聞いている」


「は、はい」


 ノーラが弓を構えた。


 構えたまま、動かない。


 十秒が過ぎ、二十秒が過ぎた。岩甲獣がのそのそと歩き回り、鼻先で床の匂いを嗅いでいる。


「イスリル。撃て」


「……あの、あの子、さっきからずっとお腹を鳴らしてます」


「知っている。訓練前は餌を抜くからだ」


「かわいそうです」


「そういう課題ではない」


「でも、お腹が空いてる子を撃つのは……」


 ノーラの弓先が、じりじりと下がっていく。薄緑の瞳が完全に潤んでいた。

 エルフは森と生き物を敬う種族である、と本で読んだことがある。セルはその知識を、いま実地で確認していた。

 嫌な空気が流れ始めた時、ロメリオが一歩前に出る。


「じゃあ僕が撃とう」


「殿下は後衛です」


「後衛だから撃つんじゃないか!」


「後衛は待機です」


「後衛の定義がおかしくないか!?」


 岩甲獣が、暇そうにあくびをした。


 セルは大きなため息をついて、剣を抜いた。


 もういい。私がやる。


「待て、オリエンテ。甲羅を割ってからだと言っただろう」


「割る必要が、ないのでな」


 セルは一歩踏み込み、上段から剣を振り下ろした。


 岩甲獣の甲羅が、縦に裂けた。


 断面は驚くほど滑らかだった。獣は一声も上げずに崩れ落ち、訓練場が再び静まり返る。


「……甲羅ごと斬るやつがあるか」


「斬れたのだから、よいのでは」


「よくない。連携の課題だ」


 教官はそう言ったが、声に力がなかった。壁の大穴を一度見て、諦めたようだった。


  ◇


 訓練が終わる頃には、日が傾いていた。


 第七班の評価は、五段階のうち下から二番目だった。最下位でなかったのは、被害を出しつつも課題自体は達成したためである。


「以上で終了だ。各自、装備を返却して――オリエンテ」


「なんだ」


「兜を取れ」


 セルの動きが止まった。


「訓練後の点呼は素面で行うのが規則だ。誰が何をしたかを、顔を見て確認する」


 まずい。


 言い訳が、とっさに出てこなかった。ここにはリゼット・ファラーシュこそいないが、教官の顔と記憶力を信用する理由もない。それ以前に、この場で兜を取れば十数人の生徒が同時にセルの顔を見る。


 顔を見られれば、それで終わりだ。


 セルの指が、兜の留め具にかかったまま止まった。


「オリエンテ。聞こえているか」


「……教官」


 口が乾いていた。頭の中で言い訳を三つ組み立てて、三つとも捨てた。どれも苦しい。


「彼は入学試験の際、学園長より兜着用の特例を受けています」


 横から、ティナが書板を差し出した。


「第十七条の三、身体的事由による着用免除。申請番号もこちらに。点呼については代替措置として、班長が身元を保証する形で処理できます。前例は二件」


 教官が書面に目を落とし、しばらく黙った。


「……よし。第七班は班長保証で処理する」


「ありがとうございます」


 ティナは書板を下ろし、何事もなかったように次の頁をめくった。

 セルは、兜の留め具からゆっくりと指を離した。


 ……助かった。


 背中が汗でぐっしょり濡れていた。訓練の汗ではない。


「ホルス」


「はい」


「……礼を言う」


「業務です」


 ティナは顔も上げなかった。


「ただ、ひとつだけ。あなたのその事情、私は詮索しません。詮索しませんが、もし学園を揺るがすような類のものだったら、先に教えてください」


「……なぜだ」


「書類の枚数が変わるので」


 セルは、この少女のことを少しだけ好きになった。


  ◇


 解散したあと、ノーラがとことこと寄ってきた。


「セルさん」


「なんだ」


「さっき、庇ってくれましたよね。ミリアさんが魔法を撃った時」


 言われて、初めて思い出した。反射で二人を抱え込んだ、あの瞬間のことだ。


「……覚えていないな」


「そうですか。ふふふ、でも私はずっと、覚えてますから」


 ノーラはそう言って、にこりと笑った。

 薄緑の瞳が、まっすぐに兜を見上げている。


 セルは何も言わずに背を向けて歩き出した。


 以前はただのモブNPCと深く関わっても仕方がないと思っていたけれど……案外、そうでもないのかもな。

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