表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「覚醒できない最強の界紋もちの俺、なぜか層界で騎士見習いとして生きることになった」  作者: 翔飛龍髙
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/9

第1話

第一話 「残留」

 朝、目が覚めたとき。

 先に来たのは光じゃなかった。

 重さだった。

 胸の上に、何かが乗っているみたいな圧迫感。

 息を吸うたびに、それが少しだけズレる。

 ゆっくりと目を開ける。

 天井がある。

 昨日と同じ部屋。

 ――なのに。

 視界が、わずかに噛み合っていない。

 天井の木目が、ほんの少しだけ二重に見えた。

 瞬きをする。

 消えない。

 代わりに、遅れて一つに重なる。

 ……遅れて。

 ゆっくり起き上がる。

 足を床に下ろす。

 踏んだはずの感触が、少し遅れて上がってくる。

 ずれている。

 昨日よりも。

 手を見る。

 何もない。

 界紋は、浮かんでいない。

 なのに。

 指先だけ、現実から半歩外れているみたいだった。

 軽く拳を握る。

 遅れて、握った感触が追いつく。

 ――気持ち悪い。

 それ以上の言葉が出てこない。

 扉を叩く音がした。

「起きてる?」

 短い声。

 間違いようがない。

「……ああ」

 返事をする。

 一拍遅れて、自分の声が耳に届いた。

 ドアが開く。

 アリアが入ってくる。


 いつも通りの顔。

 いつも通りの距離。

 ただ――

 一瞬だけ、視線が止まった。

 俺の足元。

 ほんの一瞬。

 それだけで、分かる。


 見えている。

 こいつには。

「顔、悪いわね」

「そっちもな」

「あなたほどじゃない」

 短く返される。

 そのまま近づいてくる。

 一歩。

 二歩。

 距離が縮まる。

 その瞬間。

 空気が、少しだけ“合った”。

 ズレていた感覚が、わずかに揃う。

 呼吸が楽になる。

 足の位置が、はっきりする。

 ――固定される。

 無理やり。

「……昨日の、反動ね」

 アリアが言う。

 視線は逸らしたまま。

「反動?」

「無理に抑えたでしょ」

「抑えた覚えはない」

「あるのよ」

 即答だった。

 少しだけ、強い。


「でなきゃ、あそこで終わってる」

 言い切る。

 こっちを見る。

 ほんの一瞬だけ。

 それだけで十分だった。

 嘘じゃない。

 でも。

 全部は言っていない。

「……あれ、何なんだ」

「知らない」

 間がない。

 早すぎる。

「ただ――」

 言葉が止まる。

 少しだけ。

「その状態、長く続くなら危険」

「どのくらいだ」

「分からない」

 また、即答。

 今度は少しだけ遅い。

 視線が逸れる。

 分かりやすい。


 知らないんじゃない。

 言っていない。

「訓練、出るわよ」

 話を切る。

「無理なら休んでいい」

「いや、行く」

「……そう」

 短く頷く。

 少しだけ間があって。

「倒れたら、邪魔だから」

「優しいな」

「勘違いしないで」

 即答。

 でも、その位置は近いままだった。

 外に出る。

 朝の空気。

 冷たい。

 なのに。

 温度が一定じゃない。

 一歩ごとに、感覚がズレる。

 地面が、信用できない。

 踏んでいるのに、踏んでいない。

 その繰り返し。

 訓練場が見える。

 人影。

 騎士見習いの連中。

 その中に――

 見慣れない動きが混ざっていた。

 一人だけ。

 呼吸が、合っていない。

 周囲と。

 世界と。

 そいつだけ、ほんの少しだけズレている。

「……なあ」

「何」

「あいつ」

 顎で指す。

 アリアが視線を向ける。

 一瞬。

 空気が止まる。

 ほんの一瞬だけ。

「……どれ」

 とぼける。

 でも遅かった。

 今、確かに見えた。

 知っている反応だ。

 昨日と同じ。

「見えてるだろ」

「気のせい」

 即答。

 昨日と同じ速さ。

 でも。

 今回は、少しだけ違う。

 声が、わずかに低い。

「――下がって」

 小さく言う。

 俺じゃない。

 周囲に向けて。

 同時に。

 空気が歪む。

 訓練場の中央。

 何もなかった場所が、少しだけ“裂けた”。


 音が遅れて来る。

 空間が削れる音。

 現実が、削り取られる音。

 昨日より、はっきり分かる。

 あれだ。

 界喰い。

 小さな裂け目から、影が落ちる。

 一体。

 二体。

 数は多くない。

 でも。

 空気が重い。

 質が違う。


「……来るわよ」

 アリアが言う。

 前に出る。

 迷いがない。

 その背中が、一瞬だけ近くなる。

 ズレが、揃う。

 ――まただ。

 こいつの近くにいると、ズレが収まる。

 完全じゃない。

 でも、違う。

 俺の問題だけじゃない。

 こいつも関係している。

 影が動く。

 速い。


 直線で来る。

 俺の方へ。

「っ――」

 足を動かす。

 遅れる。

 間に合わない。

 その瞬間。

 体が、少しだけ横にズレる。

 踏み込んだはずの位置から、半歩外れる。

 攻撃が空を切る。

 ――避けたんじゃない。

 外れた。

 世界の方が。

 次の一撃が来る。

 今度は速い。

 避けきれない。

 そう思った瞬間。

 剣が割り込む。

 金属音。

 アリア。

「遅い」

「悪い」

「後で」

 短い。


 それだけで十分だった。

 影が後ろに下がる。

 間合いを取る。

 様子を見る動き。

 ――知っている。

 こいつ。

 ただの雑魚じゃない。

 考えている。

 俺を。

「……あなた、見えてるのね」

 アリアが小さく言う。

「何が」

「ズレ」

 初めて出た言葉。

 短い。

 それだけ。

 意味は、分からない。

 でも。

 分かる。

 今までの全部に繋がる。


「それ、多分――」

 言いかけて、止まる。

 舌打ち。

「後で」

 またそれだ。

 でも。

 さっきよりは違う。

 “何か”がある。

 言葉の先に。

 影が踏み込む。

 今度は二体同時。

 速い。

 さっきよりも。

 体が動く。

 ズレる。

 遅れる。

 それでも。

 目は、追えている。

 動きが、見える。


 世界と合っていない分、逆に。

 ほんの少しだけ。

 “ズレて見える”。

 だから。

 読める。


 踏み込む。

 半歩。

 ズレる。

 それでも前に出る。

 拳を振る。

 届かないはずの距離。

 なのに。

 当たる。

 遅れて。

 衝撃が乗る。

 影が歪む。

 崩れる。


 ――今の。

 分からない。

 でも。

 当たった。

「……今の」

 アリアが小さく呟く。

 驚きじゃない。

 確認。

 確信に近い。

 残りの一体が動く。

 逃げる。

 裂け目へ。


 アリアが追う。

 一瞬で距離を詰める。

 剣が振り抜かれる。

 音が遅れて届く。

 影が消える。

 裂け目が閉じる。

 静寂。

 でも。

 耳は静かじゃない。

 削られた音が、残っている。

 ゆっくり息を吐く。

 遅れて、胸が上下する。


「……蓮」

 呼ばれる。

 初めて。

 はっきりと。

 名前で。

 一瞬、反応が遅れる。

「何」

「来なさい」

 短い。

 でも。

 距離が違う。

 さっきまでと。

「説明、する」

 そう言った。

 初めて。

 はっきりと。


 でも――

 その目は、まだ何かを隠している。


 全部じゃない。

 それでも。

 一歩、前に進んだのは確かだった。

 俺は、頷く。


 足を踏み出す。

 今度は。

 ほんの少しだけ。

 地面が、ちゃんとそこにあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ