第50話 ファシリティ ignis【火】
ファシリティignis ……?
「イグニスってラテン語の火を意味するignisですか?」
「はい、その通りです。GSDが所有するファシリティのうちの一つです」
「さあ、こちらへどうぞ」
加藤木に案内され、エントランスホール受付で入館許可のIDカードを受け取る。そして、そのまま奥へと進んでいく。加藤木が歩きながら行政特別防衛区域の施設について説明する。
大きく分けて三つ、日本政府の主要機関、東京都の新都庁、政府特務機関GSDである。そして各施設には呼び名が有り、新都庁はファシリティluxという。ラテン語で【光】だ。
『確かにあの都知事の雰囲気と庭園やそこに至るまでのアプローチは光をテーマにしているような気もするよな』
「言われてみると確かにね……」
そしてGSDの施設は六つのファシリティに分かれていて、現在太地たちがいるのはファシリティignis 、【火】だ。
「特殊防衛部の機動課と救援課がここイグニスに配属されています」
ファシリティ ignisには様々な災害シーンを想定した戦闘および救援訓練ができるように空間と設備が整っていた。さらにはトレーニングルームや休憩スペースといった隊員の能力アップやサポートの機能が充実している。
「すごいですね。なんでも揃っているって感じで。ここでトレーニングを受ける隊員の皆さんは立派なローダーになりそうですね」
「……そうであれば理想なんですが、実際は訓練の厳しさや、任務の重圧などから脱退するものも少なく有りません。テロの脅威が迫っている中で、機動課の重要性は日に日に増しているわけですが……」
『現実はそこまで機能していないってわけか。確かにあの時も即ぶっ倒れていたからな』
(色祭りのローダーか……でも……)
会話に夢中になりながら、体育館のような広いトレーニングスペースを通り抜ける。
「ここはバトルホールといって、主に機動課隊員の実施訓練を行う場所です。隊員の能力によってはローダーの攻撃があまりにも大きくなってしまうため、ホールの内装壁やドーム天井を特殊な素材で施工しているんですよ」
「それって、爆弾使っても傷がつかないってことですか?」
「そうですね。強度としては問題ありません。メンテナンスは必要ですけれど」
『さすがはGSDって感じだな』
「うん。でもだったらなぜ色祭りの時は弱いローダーしかいなかったのだろう? 爆撃レベルで攻撃できるローダーがいるのに。宍土将臣の迫力で全員気絶してなかった?」
『……確かにな』
バトルホールを通過しようとした時、後ろから呼び止める声が聞こえる。
「おーい! 加藤木ちゃ〜ん」
ガラの悪そうな男が三人近づいて来た。不快な顔を内側に抑え込んで加藤木が対応する。
「こんにちは。茂田さん」
(ニヤニヤしててなんか気持ち悪い人だな)
「珍しいね。総務課のお姉さんがどうしてここにいるの? 今暇ってこと?」
「いえ、今はお客様に施設のご案内をしているところでして。失礼します」
一礼して去ろうとした加藤木の腕を掴んで引き寄せる茂田という男。
「ちょっと待ってよ。せっかくだし少しお茶でもしようよ〜。俺たち今ちょうど時間空いたしさ〜。そんなガキほっといていいから」
周りの隊員もニヤついている。
「ちょっとやめてください!」
嫌がる加藤木、腕を放さない茂田。太地が止めに入る。
「嫌がっているでしょ。やめてください」
動きを止めて太地を睨みつける茂田。
「あぁ? お前殺されたいのか?」
「はぁ……モブってどこにでもいるんだな」
ボソッと囁いたつもりが茂田にしっかりと聞かれてしまう。
「テメェ! ガキが調子乗ってんじゃねえぞ!」
加藤木を離して太地の胸ぐらを掴む茂田。そして殴りかかろうとした瞬間、太地が高速ボディーブローを叩き込む。
「グハッ! ゲホゲホゲホ」
倒れこむ茂田。周りのモブが騒ぎ出す。
「テメェ、ちょっとツラ貸せ」
* * *
そしてバトルホールに入っている太地。
「何故、こうなった? 職員助けただけなのに……」
離れたところに加藤木が焦りながらこっちを見ている。怖くて止めることもできないようだ。
「まぁ、加藤木さんは悪くないからな。それはいいとして……モブが増えた」
目の前に五人、そしてちょうど訓練中だった隊員たちも含めて30人近いギャラリーが集まって来た。
「なんだなんだ? 新入りか?」
「茂田に1発食らわせたらしいぜ、あの学生」
「おぉ!すげーじゃん。ちょっと見ていこうぜ」
『なんかえらい大ごとになったな……』
「穏便にって思ったけど、不愉快だからちょっと本気で行くわ」
太地が無駄な時間を過ごしていることにイライラしているようだ。
折角、GSD施設内をまわって、色々把握できる機会なのに……
「おい、てめー! いい加減――」
「早くかかって来てください。時間ないんです。全員一斉に来て構わないので」
茂田の話を遮って太地が面倒くさそうに煽る。
「お前ら、かかれ! 怪我させても問題ねぇ! やれ!」
茂田のダサい号令と共に太地に襲いかかるモブ隊員たち。次の瞬間太地が数発右腕を振り抜く。
ドドドドン!
バトルホールの壁に突き刺さるように吹っ飛ぶ隊員。一人残される茂田。
「へ? い、い、一体何が……」
歩いてくる太地を前に腰を抜かす茂田。
「さ、先ほどは……す、すみませんでした!」
「お前、どこの所属だ?」
『太地のイライラモードだな』
「とっ特殊防衛部機動課、第5班、副隊長のし、茂田です」
「お前が副隊長だと? 10秒やる。今すぐ加藤木さんに土下座して謝れ」
「ヒィー!」
ダッシュで加藤木のもとへ来た茂田が額を割るほど地面に頭突きして土下座する。
「もっ申し訳ありませんでした! 二度としません! 許してください!」
ドン引きする加藤木に太地が笑顔で言う。
「それでは行きましょうか」
バトルホールを後にする二人。その背中を見ながら、不敵に笑う者がいた。
「ふっ、面白い奴がGSDに来たな。あいつ誰だ?」
「彼の名は六条太地。色祭りでMVPを獲得した学生のようです。隊員が騒いでおりました」
「六条太地か……」
吹っ飛んだ隊員を担ぎ上げた隊員が何かを見つける。
「おい、ここ見てみろ。壁に亀裂が入ってるぞ」
「ま、まさか! バトルホールの壁に傷なんて、大佐以来ですよ」
まだざわつきがおさまらないバトルホール。打撃を食らった隊員たちは何箇所か骨折しているようで気絶している。
「弱小レベルとはいえ、機動課が学生にこの有様か……情けない」
「是非欲しいな。我ら機動課に」
* * *
「先ほどはありがとうございました。と言うより、本当に申し訳ありませんでした。お客様にご無礼ご迷惑を……」
「いえ、加藤木さんの責任ではありませんから。多分あの隊員さんたちは二度とちょっかい出さないと思うので安心してください。気を取り直して施設めぐりのガイド、お願いします!」
笑顔の太地を見て、ちょっと怖くなる加藤木。さすが色祭りMVPで都知事の推薦だけある。
その後、加藤木のアテンドのもと、総務課が配属されているファシリティventus 【風】を視察する太地。
「GSDは最上位に司令室があって、次に総務課があります。その下に三つの【特殊防衛部】【特殊技術部】【特殊捜査部】を基盤にして設立された六つの課で構成された組織です」
うんうんと相槌を打つ太地。
「その六つの課は【特殊防衛部】は機動課、救援課、【特殊技術部】は研究課と医療課、そして【特殊捜査部】には探索課、調査課が配属されています」
『ほう……探索課か……』
月人が何か思いついたようだが、太地も同じことを考えたようだ。
「その三つの部はそれぞれ単独で任務を遂行するんですか?」
「もちろん基本は単独ですが、連携もとって活動しています。例えば機動課の隊員が怪我を追った場合、救援課ではなく、現場に医療課の人間が帯同しますし、研究課のほうで開発された武器を現場で使用したり。探索課が持ち帰ったデータを研究課の方にまわしてGSDの技術力を高めたり……ですかね」
「では前回の色祭りでGSDから来ていたローダーは機動課の隊員さんということでしょうか?」
「やはりローダーをご存知なんですね。はい。確かにほとんどが機動課ですね。でも確か、調査課も三名ほど参加していた気がします」
「そうなんですね。なるほど」
『このねぇちゃんは何も知らないだろうよ。まぁ、十中八九、GSDはショボいローダーと調査専門のローダーを色祭りに送り込んだみたいだな。何かの意図で』
「そうみたいだね。もしかしたら大勢の観客が犠牲になる可能性もあったのに……やはり餌だったんだろうね。僕ら学生と観客は」
GSDに苛立ちを感じる太地に対し、笑顔で案内をする加藤木。
「さて、次は探索課に行ってみましょう!」




