第89話『分断:分解 その1』
【エレナ視点】
〜少し前の出来事〜
「ん……」
肌に冷たい風が当たる。
「うう、寒ぅ……」
冷気に目を覚ます。
しかし、あたりは真っ暗で何も見えない。
「……リリスー!クロエー!」
名前を叫ぶが返ってくる声はない。
それどころか、音すら聞こえない。
「もう……とりあえずあかりを」
指先に魔力を集中させて、小さい炎を起こす。
「うーん……誰もいない」
辺りを見渡すが、霧に包まれており、一切見えない。
それに、霧に包まれている――はずなのに、
どこか、粉のように重い感触がする。
「ひとまず辺りを探索しよう――」
「ねえ君」
突然声をかけられる。
体は恐怖と不安で硬直してしまう。
(人っ……!?完全に気配はなかった……)
「な、なによ……」
振り返らずに、その場で口を開く。
「君ってエレナだよね?前に本で読んだからさ」
(本ってなによ……)
「そう。と言ったら……?」
空気が重く感じる。
「そうだねー」
「殺すかな――」
その言葉を言い終わると同時に、突然霧が晴れて、辺りが明るくなる。
そこは、さっきまでいたはずの"外"ではなく、"部屋"だった。
「そう。じゃあ私も手加減しなくていいわよね」
「構わないよ?結局勝つのは俺だけどね」
勢いよく振り返ると、そこには赤髪の男が立ち尽くしていた。
「強気じゃない。でも、私も強いわよ」
「それは知ってるさ。知った上で勝てるって言ってんの」
男は不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりと歩き始める。
「ところでさーなんで君たちここに来たの?」
「なんでって……頼まれたから?」
「へー!おつかいってことか!」
男は機嫌が良いのか、声が高い。
「ところで、アンタは誰なのよ」
「教える必要ある?別に死に行く人間に教える必要はないと思うんだけどなー」
その声と喋り方に、無性に腹が立つ。
「いいから教えなさい」
「まあ別にいっか」
男は頭の後ろで手を組みながら、私の周りを歩き続ける。
「俺はヴァルハラ。ヴァルハラ・リゾットさ。適当にヴァルハラって呼んでくれ」
「ちなみにさ、俺が君を殺したがってる理由ってわかるかい?」
ヴァルハラの声に違和感を覚える。
「わかって何になるのよ」
「いやいや、気にならない?普通は」
その性格。明らかに子供のような喋り方。
「気にならないと言ったら嘘になるけど」
「やっぱりー!じゃあ教えるね」
ヴァルハラはそういうの、小さく跳ねる。
「リーマンが君たちの脳を解析したいらしいんだよね。だから俺はお前の脳を貰う」
「体は飾りかなー」
(趣味が悪い……こんな奴に殺されるくらいなら海に溺れる方がマシだわ……)
「そう。残念だけど、アンタにプレゼントは無しかな」
すると、ヴァルハラは口角をこれでもかというほどにあげて、高笑いする。
「じゃあ俺はリーマンにプレゼントを送るよ!
もちろん中身はお前の脳」
「ラッピングは君の皮で!」
ヴァルハラはその場で屈むと、ズボンのポケットから、何かを取り出す。
「それじゃあまずは様子見かな!」
ヴァルハラは取り出した何かを投げる。
それは、肉の欠片だった。
落ちた瞬間、ぐちゃりと音を立てて潰れる。
「これねー、前に殺してきた肉塊をまとめたもの。動くんだよ?すごくない!」
その言葉を聞き、肉片を見つめると、静かに震え――
ぐちゃ、と音を立てて、形を変え始める。
「っ……!?」
その見た目は、異形そのもの。
脚はタコのような触手。
腕は七本、不規則に生えている。
人間のものもあれば、獣のものも混じっている。
そして――
頭は、見覚えのある竜のものだった。
体の部位全てが違う生き物の物だ。
「まさかあの時の――」
「あの遺跡に1匹出したんだけど、まだ試作品だったからねー」
目の前の光景を見て、思わず拳に力がこもる。
「許せないわ。生命への冒涜よ……!」
「ぼうとく……?わからない言葉を使わないでくれるかなー」
体は勝手に魔導書を開く。
「わかりやすく言ってあげる」
「アンタはクズよ――」
魔導書から魔法陣が浮かび上がる。
「炎魔法ッ!」
炎が激しく猛ると、火花を散らしながら異形へと向かっていく。
「行けー」
「首だけ残してね」
ヴァルハラは無邪気に笑いながら、私に指を刺している。
炎が異形を包み込むと、雑音に近い呻き声が響き渡る。
「っ……煩わしい」
そうは言いながらも、胸が刺されるように痛かった。
「ギャハハハハハ!おもれー!」
炎が静かに消えると、そこには塵だけが残り、その塵も風に乗って消えていってしまった。
「あ、壊れちゃった。まあそんなもんかー」
ヴァルハラは微かに残った塵を摘み上げると、息を吹いて飛ばす。
「他のやつはリーマンにあげちゃったし……」
「アンタ、本当に人の心がないわね」
魔導書が強く発光する。
「アンタの家族が同じようなことをされたらどうするのよ」
濃い魔力が部屋を漂い始める。
「家族?あー、パパとママはもういないよ」
「だってさっき燃えたもん!」
無意識に、魔導書の一部を折ってしまった。
それほどに――
「じゃあ悲しむ人がいないからいいよねっ……!」
殺意が、込み上げてきた。
「地面魔法ッ!」
地面に激しく裂け目が割れると、勢いよく地面が盛り上がり、ヴァルハラの足元を捉える。
「ハハハァ!おもしれー!これがオールラウンダーの実力かーッ!」
そう言って、ヴァルハラは地面を蹴り上げると、壁を伝って、一気に距離を詰めてくる。
「死ね!死ねー!」
ヴァルハラはそのまま殴りかかる。
しかし、拳の軌道が未来を見ているかのようにわかる。
「動きが単調すぎるわ。ただ考えなしに突撃してくるなんて」
「ッチ、うっせーなー!仕方ないだろー?俺運動苦手なんだもーん」
ヴァルハラは目を背け、拗ねるような仕草をする。
「よそ見厳禁。ちゃんと相手は目で追わないとね」
魔導書を再び開いて、魔法陣を展開する。
「炎魔法――ッ」
激しい光に包まれる。
「うぐ、あっ……あっち、くそっ!」
ヴァルハラの苦しむ声が耳をつんざく。
(うるさい……煩わしいったらありゃしない)
少し経つと、ヴァルハラの声が聞こえなくなる。
「そろそろおとなしくなったかしら?」
ヴァルハラを包んでいた炎が静かに消える。
そこには、黒焦げになったヴァルハラの姿があった。
「うっ……殺す気でいたけど……いざ殺しちゃうとなんか……」
ゆっくりとヴァルハラに近づく。
思わず目を逸らす。
「初めてかな……人の命を奪うの」
ヴァルハラに触れようとしたその時、首がピクリと動く。
「っ……!?まさか生きて――」
距離を取り、魔導書を構える。
「いったー……首取れちゃったじゃん。……てか腕も燃えクズになっちゃったしー」
その光景に、今は口を開いて見ているしかなかった。
「首はなんとかなるけど……あーめんどくさい!また腕補充しないとじゃん!」
首がないその体は、意志があるかのように、落ちた首を拾い上げ、元の位置に押し当てると――
ぐちゃ、と音を立てて繋がった。
「それに馴染むまで時間がかかるんだよー?どうしてくれんのさー」
それに、さっきまで気にしていなかったが、体の至る所に魔力の縫い目がある。
(まさか……っ!)
「てか、目の前に腕あんじゃん」
ヴァルハラは黒焦げになりながらも、私を見て不敵な笑みを浮かべた。
――第90話へ続く。




