第100話『遥か』
あれから一週間が経とうとしていた。
毎日エレナたちがお見舞いに来てくれて、美味しいご飯を振舞ってくれたりもした。
そのおかげか、みるみる内に体が回復していった。
「とは言ってもね〜」
「もう動けるんだから起きなさい!」
まるでベッドに根が生えたように、体が動かない。
「まだ動けません〜!」
そう言って布団を覆いかぶせる。
「もうドゥケイルさんを一週間も待たせてるのよ!?」
エレナの怒号が響くと、布団を引き剥がされる。
「いや〜だ〜!まだ寝てたいよ〜!」
「そんなこと言ってないで起きなさいっ!」
エレナに体を無理矢理ベッドから引きずり下ろされると、病室の扉が静かに開く。
「こんな時に誰――」
エレナが病室の扉に視線を向けると、力を抜いて、私の体を離す。
「いてっ!」
「……誰よ、敵?」
エレナは突然魔導書を開いて、臨戦体制に入る。
「待て、貴様に用はない。妾はリリス・ハルカに用があるのだ」
不意に私の名前を呼ばれて、病室の扉に視線を向ける。
「……誰〜?」
長く大きな耳を避けるように、銀色の長い髪をなびかせながら、謎の少女がゆっくりと近づいてくる。
その少女は私に近づくや否や、手を差し出し、私の腕を掴む。
「さあ、ついて来い」
「へ?」
次の瞬間、空間が歪んだ――
気づけば、薄暗い空間に来ていた。
部屋の中央には不気味に3本の蝋燭が光っている。
(瞬間移動……?)
「驚いたか?人間はこれをするだけで驚くんだ」
少女はそう言いながら、部屋の中央の机に腰を下ろす。
「さて、質問だ。リリス」
少女はあぐらを描きながら、私を見つめて不敵な笑みを浮かべる。
「特等術師の称号を得たいか?」
蝋燭の火が不気味に揺れる。
「……特等術師ってなんだっけ?」
「知らないのか?……まあ良い」
少女は立ち上がると、蝋燭を手掴みし、全ての火を消してしまう。
「最後の質問だ」
「私の弟子になれ――」
次の瞬間、空間が砂のように崩れて、真っ白な世界が現れる。
「……そもそも君が誰かわからないんだけど〜!」
「『はい』か『いいえ』で答えろ」
「じゃあいいえで〜」
その言葉を聞いた少女は驚いたように目を見開いて、私を見つめる。
「ほう。それはなぜだ?」
「だって私にはエレナたちがいるからね〜」
少女は私を軽く睨みつけると、空間が再び崩れて、気づけば海岸に来ていた。
「そうか。わかった」
「んじゃ帰っていい〜?」
少女は海を見つめながら、静かに口を開く。
「良いぞ」
「……それじゃ〜!」
少女とは反対方向に振り返り、ゆっくりと足を進める。
「質問は否定されても、妾が決めたことは絶対だからな」
「お前がなんと言おうと、お前は特等術師で、妾の弟子だ」
少女はその場で、静かにそう言った。
「自己紹介……してやっても良いぞ」
その言葉の途中で、私の目の前に少女が現れる。
「妾はロヴィリア・クトェル・アルガルト。少々長いから――」
「『ロヴィー』と呼んでくれ」
「……ロヴィ〜」
私がその名前を口にすると、ロヴィーは口角を上げる。
「それでこそ妾の弟子だ」
静かに風がロヴィーの髪をなびかせる。
「ところで、貴様の母について聞きたいことは――」
突然『ドザザザザザザザ』という轟音と共に、砂が舞い散り、爆風が私たちを襲う。
「大丈夫よ。私が教えるから、ロヴィーちゃん?」
砂煙が吹き荒れると、中から太陽光を反射させる金色の長い髪をなびかせる女性と――
その背後に女性の何倍もの大きな体を持った白色の竜が立ち尽くしていた。
「アリスか。わざわざこんな派手に登場しなくても良いだろ?」
「あらあら、実の娘の前では格好つけたくなるものよ?」
『アリス』と呼ばれる女性は、私に一直線で向かってくる。
「二人っきりで話がしたいから、自然の大陸に連れていってくれるかしら?」
「ああ、構わない。一時間が経過したらここに戻すぞ」
「ふふ、お願いね」
ロヴィーの声は途中で途切れ、気づけば青空が視界を覆っていた。
「ふふ、ここは久しぶりね。10年ぶりくらいかしら?」
「……アリス?って言ってたっけ……」
アリスの顔を見つめながら、静かに口を開く。
「そうよ。私は六戒師の一悪、創造のアリス」
アリスはゆっくりと立ち上がると、脆い地面を歩きながら、崖っぷちに立つ。
「本名はね」
「アリス・ハルカって言うのよ」
(ハルカ…….)
アリスの名前を聞いて、思わず固唾を飲み込む。
「ふふ、気づいたかしら?」
アリスは再び立ち上がると、私の脇下を掴んで持ち上げる。
「私はね、あなたの――」
「お母さんよ?」
その言葉を聞いて、『夢』を思い出す。
(あの時の景色……想像じゃなくて、実際に見た景色だったんだ)
アリスは私を抱き上げると、崖っぷちに座る。
「ほら、見て?」
その先は、まるでおとぎ話の世界のような光景が広がっていた。
雲を、たくさんの木々が突き抜けており、巨大な鳥や虫が飛び交っていた。
「ここはね、自然の大陸って言うところなの」
「……お母さん」
無意識にその言葉を発していた。
「どうしたの?」
「……子供の頃の記憶が全然ないから、お母さんの記憶はなかった」
私の言葉を聞いたアリスは、一瞬言葉を詰まらせるが、私の頭を撫でながら静かに口を開く。
「隠してたことがあるんだけどね、聞いても驚かない?」
「……うん」
アリスは私の体を持ち上げて、顔を合わせる。
「リリスちゃんはね私は産んでないの」
「どういうこと?」
アリスは笑みを浮かべながら、私の頭を撫でる。
「私はリリスちゃんを」
「――創ったの」
その言葉を聞いて、胸の奥が締め付けられる。
「私の魔法。創造魔法はね、術者本人の魔力を使って物体を構築する魔法」
アリスは私の胸に手を当てる。
「リリスちゃんにあるのはね、心臓じゃなくて『コア』」
言葉を失う。
「……じゃあ私は人間じゃないの?」
「エレナたちとの時間はなんだったの……?」
無理に笑顔を作ろうとするが、崩れる。
「ねえ、お母さん……!」
アリスは、私のコアに手を当てたまま、一切喋らない。
「ねえ……ねえってば」
手のひらに、静かに雫がこぼれ落ちる。
「エレナは……ネオンを守ったのは、お母さんが決めたことなの……?」
「だったら私は――」
アリスが、私の手を強く握る。
「それはね、リリスちゃんが決めたことよ」
「リリスちゃんは人間じゃないって?それは間違い」
アリスは私の頬を手のひらで挟んで、顔を合わせる。
「リリスちゃんは」
「今まで会った誰よりも人の心があるわ――」
アリスの手のひらに、雫が伝う。
「生まれが違うだけで、人間じゃないなんて、そんなの違うわよ」
「ロヴィーちゃんだって、人間じゃなくてエルフなのよ。それでも、リリスちゃんは人間と思うでしょ?」
体全体をアリスの温もりが覆う。
「見た目も言葉も大事じゃない。一番大事なのは」
「心、ってね」
アリスはゆっくりと立ち上がる。
「エレナちゃんたちに会って来なさい」
「それと、また私に会いに来てね」
アリスは笑みを浮かべた。
けれど、どこか別れ惜しそうな、そんな感情も感じた。
「……ま、待って!」
私の言葉は届く前に、あの砂浜に戻っていた。
「ッ……アリスの奴め、空間転送を拒みやがって」
そこにはロヴィーが静かに立っていた。
「まあ良い、リリス。戻るぞ」
ロヴィーは私に近づいて、涙を払い落とす。
「泣きべそかいて、アリスにくだらんことを話されたか?」
「……ううん。大丈夫!」
私の笑顔を見て、ロヴィーも笑みを浮かべる。
「リリスはアリスと一緒で、すぐに笑うな」
ロヴィーは深く息を吸い込む。
「リリス、お前は最高の魔法使いだ」
――
あれから、転送を使わずに、ロヴィーと話しながらアクアリウムに戻った。
街中は私が急に消えたことで大騒ぎになっていたらしいが、ドゥケイルやリアルによって沈静化したらしい。
「もう……リリスが、どうしよう……!」
「反対側も探そう……」
アクアリウムの正門付近では、エレナとクロエが私たちを探していた。
「おい、小童ども」
ロヴィーが声を上げると、エレナたちはそれに気づき、一目散に私に向かって走り始める。
「リリス……!」
エレナはいつものように、私に強く抱きつく。
「もう、エレナ重い〜!」
「……うっさい」
エレナは私に強くしがみつき、クロエもその後ろから羨ましそうに見つめる。
「黙って借りてすまなかったな。詫びはドゥケイルに頼もう」
すると、頭上に影ができる。
「帰ってきたか。話はどうだったか?」
「リアル!前に言ってたことがやっと理解できたよ〜」
ネオンを抱えたリアルが私の隣に着地する。
「リリス様!無事でしたか」
「へへへ、無事だよ〜」
エレナの反対からネオンが抱きつく。
「すまないね、ネオンがワガママを言うものだから連れてきてしまった」
「ううん。だいじょ〜ぶ!」
リアルは軽く笑う。
「そうか。アリスに変なことを吹き込まれたわけじゃないよな」
「私は人の心大有り!みたいな〜?」
リアルは安心して、その場から去っていった。
「ねえエレナ、ネオン?」
「私って……私だよね〜」
自分でも何を言っているかわからないまま、空を見上げる。
空は、どこまでも続いていた。
最終話、第100話まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
当初はギルクエ制覇を目指す物語にしようと思っていたのですが、書き進めているうちに、本能がストーリー系にしろと訴えかけてきたので今の物語に落ち着きました。
次回作はまだ未定ですが、ぜひ楽しみに待っていてください!
そして半年くらいしたら第二シーズンを開始しようと思っているので楽しみに待っていてください!




