94 恥ずかしいからやめて欲しい
二皿目を食べ終わったところで、私はついにアレを出すことにした。
よく見ると皆の皿の上のイチゴはまだ半分くらい残っている。
その減り方のスピードから察するに、皆は私のようにおかわりする気がないのかもしれない。
ならば急いでアレを出さなければ。
せっかくの料理長の心遣いを無駄にするわけにはいかない。
「ジャジャーン! コンデンスミルクー!」
前世で国民的人気を誇る猫型ロボット風に、コンデンスミルクが入った瓶を取り出す。
万が一にでも何かを混入されると困るので、口のところを紙と蝋で封緘し、割れないように大きな紙でくるんである。
突然、ガサガサと瓶を取り出し始めた私を、皆が不思議そうに見ている。
そして、コルク栓をリチャードに開けてもらい、ようやく皿の上のイチゴにたっぷりと瓶の中身を回しかけた。
乳白色のコンデンスミルクが、たらりとイチゴから滴り落ちる。
「それでは。いただきまーす」
料理長の顔を思い浮かべながら感謝しつつ、フォークに刺したコンデンスミルクがかかったイチゴを口に入れる。
「美味しい…………」
思わず頬を押さえつつ弾んでしまったら、横からリチャードが息を飲むような気配がした。
――しまった。淑女のやる動きではなかった。
でも、美味しすぎて我慢できなかったのだから見逃して欲しい。
「皆さんもどうぞ召し上がってください。……じゃなくて食べてみて! うちの料理長の自信作なの!」
まずは食べ慣れているリチャードに瓶を渡す。
リチャードは自分の皿にコンデンスミルクを回しかけ、それを食べると、「美味しいです」と笑顔で言い隣の席のビアンカに瓶を渡した。
ビアンカが申し訳なさそうな顔で私を見る。
「毒見は必要ですから。お気になさらず、じゃなくて、気にしないで!」
「はい、では」
ビアンカが色と匂いを確認し、優雅な仕草でイチゴを口に入れる。
そうか、四分割すればその分、コンデンスミルクがイチゴにくっつく量が増えるな。次は私もそうしよう。
そんなことを思いつつビアンカを眺めていると。
「まあ……! なんて美味しいんでしょう! まるで手の込んだデザートのような深い味わいになりました……」
思わずといった様子で、感動したようにビアンカが言った。
その様子に、皆、待ちきれないと言った様子でフォークを手に取る。
「本当だわ……! なんて美味しいの!」
「イチゴだけでも最高に美味しいのだけれど、コンデンスミルクをかけるとまた別の逸品になるわ!」
「コンデンスミルクにこんな食べ方があったなんて!」
「本当に。コンデンスミルクをイチゴにかけるだなんて、なんて妙なことをするのだろうと思いましたが……」
どうやら、妙なことだと思われていたらしいが、この様子だと皆かなり気に入ったようだ。
帰ってから料理長に、報告しないと。
「あの……少し、よろしいでしょうか」
それまで黙って私達の様子を眺めていたエマさんが、申し訳なさそうな顔で声を掛けてきた。
「召し上がっている最中に大変申し訳ございません。あの、それは、コンデンスミルクなのですか?」
私達が美味しそうに食べているので気になったのだろう。
「そうですよ、普通のコンデンスミルクです。とはいえうちの料理長が手間と愛情を込めて作ってくれた特製のものですが。よろしかったら、エマさんもどうですか?」
そう言って瓶を渡すと、エマさんは驚いたような顔になり、「よろしいのですか?」と言った。
どうぞどうぞと促すと、エマさんは恐縮したように受け取り、イチゴを一粒皿に載せ、半分に切ったあとコンデンスミルクを控えめに垂らした。
「……っ! これは……!? なんという美味しさでしょう!」
イチゴを口に入れたエマさんは、かっと目を見開き叫んだ。
「あなたー! ちょっと来て―!」
ややあって、慌てたように部屋の中に駆け込んで来たジョンさんに、興奮したエマさんが皿をぐいぐい押し付けるようにして言った。
「あなた、いいからこれを食べてみて! 早く!」
戸惑う様に皿を受け取ったジョンさんが、残っていた半分のイチゴを口に入れた。
すると。
「これは一体……!? コンデンスミルクの濃厚なコクと甘さが、甘酸っぱいイチゴの個性を殺すことなく包みこんでいる! むしろ互いの長所を最大限に引き出し、かつてない調和を生み出しているではないか……! この絶妙なバランス! 素晴らしいハーモニー! まるで天上で奏でられるシンフォニーのようだ! ああ、ワシの育てた自慢のイチゴが、さらなる高みに昇りつめてしまった……!」
さっきまでの純朴で人の良さそうな農夫であるジョンさんは、一体どこに消えたのか。
突然、口数の多いグルメな料理評論家のようになってしまったではないか。
そして、ジョンさんとエマさんは、互いに見つめ合った後に力強く頷き合った。
「お嬢様、お願いがございます」
なんだか思い詰めたような真剣な表情でジョンさんが口を開いた。
「もし、よろしければ、このコンデンスミルクがけイチゴを、うちの店で提供するのをお許し頂けないでしょうか?」
そう言うと、ジョンさんとエマさんは、揃って頭を下げた。
(いやいやいやいや、ちょっと待って!? なんで私の許しが必要なの? え? だってイチゴにコンデンスミルクをかけただけでしょう?)
意味がわからない。
だが、周りの皆は特に不思議にも思っていないようだ。
「頭を上げて下さい! そんなの、私の許可なんて必要ないですよ!」
「おお、お許し頂けますか! ありがとうございます!」
「なんと寛大な、ありがとうございます!」
二人から物凄く感謝されているが、ちょっと待って欲しい。
百歩譲って料理のレシピを譲ったとかならまだしも、イチゴにコンデンスミルクをかけるというだけのこと。
そんな大袈裟に感謝されるようなことではない。
「うふふ、エリザベスは優しいわね」
マーガレットがやれやれといった感じで言った。
(ちょっと待って。なんでそんな感じなの? 私、何かやらかした?)
「これをフォークナー伯爵家のお茶会で出せば、相当な話題を集めることができるでしょうに」
「そうね、社交界に話題を提供し流行を作り上げることは、貴族なら誰でも望むことよ」
「それをこうも簡単に許してしまうなんて」
(アメリア、ビアンカ、シャーロット! 貴女達、本気で言ってる?)
「お嬢様はそういう方なのです」
(ちょっと待ってリチャード。恥ずかしいからやめて!)
「……上に、ミントの葉を飾ると綺麗だと思う……」
「たしかに、赤、白、緑で彩りが綺麗になるな。ははっ、アーデルハイド様にしては、冴えたことを考えつきましたね!」
「クララの馬鹿!」
なんだかまたもや、わちゃわちゃしてきた。
そんな中、ジョンさんとエマさんは、涙ぐみながら拝むように私に向かって頭を下げている。
(何この状況!? でもまあ、二人とも喜んでいるからいいか)
その時の私は知る由も無かった。
これが、後にとんでもないことになるなんて。
――その後、学院の食堂で出されたデザート、『コンデンスミルクをかけたイチゴの上に、ミントの葉を載せたもの』に、『エリザベス風イチゴ』という信じられない名称が付けられているのを見た私は。
思わず、「えええええええ!? 何これ、嘘でしょう?」と絶叫し、リチャードから淑女らしくないと叱られてしまった。




