93 求めていたのはこれでした
「ついに、ついにここまで来た……!」
目の前の、艶々と宝石のように輝く大粒のイチゴ達を前にして、私は思わずそう呟いてしまった。
真っ白な皿の上には、ヘタを取りよく洗われたイチゴが上品に盛りつけられている。
横には香り高い紅茶まで添えられていて、なんて優雅な雰囲気なのだろう。
エマさん曰く、いつもは飲み物の提供はしないのだとか。
庶民は飲み物を持参するので、店側は、大きなお皿に洗っただけのイチゴをどんと載せて出すだけ。
その際は、ヘタもついたままらしい。
今回はエリックが、『貴族の令嬢達が現地でイチゴを食べたがっているので、特別に貸切にする』と言ったため、エマさんが気を利かせて紅茶を用意してくれたのだ。
(こんなに上品にちまちま盛り付けなくても、どかんと大量に載せてくれれば良かったのにな……)
こんなに少ない量ではすぐに食べ切ってしまうではないか。だが。
「イチゴは沢山ご用意しております。遠慮せずに、どんどん追加をお申し付けくださいませ」
何回おかわりしても良いわんこそば方式だと聞いて、ようやく心穏やかに皿を眺めることができた。
「それでは、皆様、どうぞお召し上がりください」
エマさんがニコニコと笑顔で言う。
その言葉に、ビアンカ様もといビアンカが少し申し訳なさそうな顔になる。
「あの、これから毒見を行います。どうかお気を悪くされませんよう……」
「まあ、そんなことは全く気になりませんよ。高貴な方達のお食事ではよくあることでしょう。どうぞお気の済むまでお確かめくださいませ」
エマさんは、ビアンカを安心させるように微笑んだ。
ビアンカが、ほっと胸を撫で下ろしている。
「それでは、いただきます」
ビアンカはそう言うと、まずはティーカップを持ち上げ、鼻に近づけた。
芳しい香りを楽しむようなその上品な仕草が、毒の気配を確かめているのだとは、言われなければ誰も気付くまい。
その後はじっとカップの中を凝視し、納得したように頷いてから口を付けた。
「紅茶は問題ありません」
そう言ったあとは、フォークを手に取り、大粒のイチゴを半分に切った。
それをさらに半分に切り分け、紅茶の時と同じように香りを確認し、ようやく口の中に入れる。
相当美味しかったのだろう。
目を見開き頬を染めながらイチゴを咀嚼し終わると、ビアンカは恭しく頷いた。
「イチゴも問題ないようです」
張りつめていた空気が緩み、皆一斉にほっと息をつく。
だが、私はまだ衝撃の余波から戻って来れずにいた。
(ビアンカ様もといビアンカは、イチゴを、四分割した…………!!)
確かに、一口では食べ切れない大きさではあった。
だけど、まさか四分の一の大きさにして口に入れるなんて。
毒見だからという理由だけではなく、淑女として優雅に見えるようにそうしたに違いない。
私は手に取ってかじりつく気でいたが、それはいささかどころか、かなり問題があるようだ。
家ではマナーなど気にせずに食べていたが、誰にも何も注意されなかった。
いや、違う。マリーとケイトから、『豪快過ぎる』と苦言を呈されていたような……。
(危ない危ない。先にお手本を見ることができて助かった!)
「さあ、それではいただきましょう」
マーガレットが優雅な仕草でフォークを手に取る。
はやる気持ちを抑えつつ、私も同じようにする。
(ああ、ついにこの時が来た…………!)
長い冒険の果てに見つけた宝箱を開くときの気持ちって、多分こんな感じなのではと思いつつ、イチゴにフォークを刺す。
四分割にするなんて、そんなことはしていられない。
コンマ一秒でも早く口の中に放り込みたいのだから。
――そして。
「…………美味しい!!!!」
口に入れた瞬間に、じゅわっと甘みが口いっぱいに広がり、爽やかな酸味が後から追いかけていく。
口の中から消えた後も、芳醇な香りが豊かな余韻を残している。
(甘酸っぱさが絶妙で、爽やかな後味がたまらない! なんて美味しいの!)
私はこの世の全ての食べ物の中でイチゴが一番好きだ。
なので、前世と今世を合わせて、数え切れないほどイチゴを食べてきた。
そんな私が求めていた理想のイチゴが、今、目の前にある。
――そう、これこそが私の求めていたものだった。
余りの美味しさにちょっと涙ぐみながら夢中で食べていたら、あっという間に皿が空になってしまった。
名残惜しい気持ちで空っぽの皿を見つめていると、それに気づいたエマさんが、すぐに次の皿を持って来てくれた。
わんこそばならぬわんこイチゴシステム万歳!
うきうきと次の皿のイチゴに取り掛かる。
ふと隣に座っているリチャードの方を見ると、何故かフォークを持ったままイチゴには全く手をつけず、私の方をひたすら凝視していた。
「あれ? リチャード、どうしたの?」
早く食べればいいのに、と言おうとしてハッと気づいた。
もしかして、私の食べるスピードが淑女らしからぬ速さだと呆れているのかもしれない。
だがリチャードは目元を染め、ほうっとため息をついた後、うっとりと呟いた。
「いえ、ご心配なく。胸がいっぱいになってしまっただけですので…………可愛い…………」
(胸がいっぱいに? ああ、リチャードもイチゴ好きだもんね。やっと食べられるからって、感極まっちゃったのかな?)
最後の方は小声だったので聞き取れなかったが。
胸がいっぱいだなどと、なんとも乙女チックな表現ではないか。
イチゴというものは、思春期の男子をも恋する乙女のようにしてしまう、偉大な果物だと言えよう。
その後リチャードはようやく自分の皿のイチゴに手を付けたのだが、その目は何故か引き続き私から離れなかった。
淑女らしからぬ食べ方をしたら、すかさず注意するつもりなのだろうか。
気になるので是非とも止めて欲しい。




