92 もちろん友達です
さてと。まずはイチゴ狩りだ!
「さあ皆様。この籠を持ってワシの後についてきて下さい」
一人に一つずつ、大きめのメロンがすっぽり入るくらいの、藤で編んだ籠と、小さめの園芸用ばさみが手渡された。
ここウィンダミアで一般的なイチゴ狩りの作法とは。
代金を払って籠を受け取り、そこに摘み取ったイチゴを入れていく。
籠に入った分のイチゴは全て持ち帰って良いことになっている。
料金の相場は30分で2000レン。
1レンは日本円に換算すると1円くらいだから、籠いっぱいに採れば十分に元が取れる。
「よし! 頑張って沢山摘むわよ!」
「お嬢様! 籠をそんなにぐるぐる振り回さないで下さい! ああっ! 足元に気を付けて!」
「大丈夫よ! ……うぎゃっ!」
「お嬢様!?」
言われたそばから足元の石につまずいた。
だが、バランスを崩しただけで、地面に転がらずに済んだ。
(ふー、危ない危ない! 気を付けなくちゃね! イチゴを前にしてケガによる戦線離脱なんて悲しすぎるもの!)
そもそも、私はよくつまずく。
でも、大抵はすぐに体勢を整え直し、「つまずいてなどいませんけど、何か?」みたいな顔で、何事もなかったかのように振舞っている。
以前、リチャードに『転びそうで転ばないのって、すごくない? これって特技って言ってもいいんじゃないかしら』と自慢げに言ってみたのだが、『お嬢様、貴女という人は……』と呆れたような返事が返って来た。
「さあ、それでは皆様、ワシが丹精込めて育てたイチゴを、沢山摘み取って下さいよ」
ジョンさんの言葉を合図に、イチゴ狩りがスタートした。
「わあ、美味しそう!」
早速、手近なところに生っている実に手を伸ばす。
赤く熟れたイチゴをそっと摘み取ると、太陽の光を浴びているせいか、ほんのりと温かい。
(ああ、なんて美味しそう…………このままぱくっと…………)
「お嬢様?」
「ごめんなさい」
危ない危ない。思わず口元まで運んでしまった。
摘み取ったイチゴを、傷をつけないようにそっと籠の底に置く。
「よし! 一つ目ゲット! この調子でどんどん摘むわよ!」
テンションが上がった私は、リチャードに向かって大声で叫ぶ。
「ねえねえリチャード、どっちがたくさん摘めるか勝負しない?」
「勝負ですか?」
(ふふふ。見た感じ、リチャードは採るのはそんなに速くなさそうだもの。絶対に私の方がたくさん採れるはず!)
私は、負けるとわかっている勝負はしない主義なのだ。
「あらあら、なんだか面白そうなことを始めようとしてますわね。そうだわ、皆様、全員で競争するのはいかがかしら?」
私とリチャードの会話が聞こえたのだろう。
マーガレット様が、にこやかにそう提案してきた。
「「「賛成!」」」
チューリップトリオもノリノリだ。
「そうだ、せっかくなので、負けた人達が一番になった人の言うことを聞くっていうのはどうでしょう?」
クラウス様の提案に、皆、面白がって乗ることにした。
「では、制限時間は今から30分にしましょう。ジョンさん、今から30分経ったら教えて頂けますか?」
「承知しました」
「それでは皆様、よーい、スタート!」
マーガレット様の合図で、皆は一斉にイチゴを摘み始めた。
(ふふっ、私はイチゴ狩り経験者なのよね。まあ、前世でだけど)
なるべく大きくて甘そうなイチゴを見つけて、パチンとハサミで茎を切る。
摘んでいくうちに段々とコツを掴めてきたようで、どんどん採るスピードが速くなる。
皆、かなり真剣なようで、誰一人言葉を発することなく黙って採っている。
静かなイチゴ畑に、パチンパチンというハサミの音だけが響き渡る。
(一番になったら、皆に何をしてもらおうかな……)
黙々とイチゴを採りつつ、そんなことを考える。
(一人に付き10個、イチゴを貰おうか。いや、それだと多すぎるかな? ここは5個くらいにしておくべき?)
そんな風に、捕らぬ狸の皮算用モードに入り込んでいるうちに、あっという間に30分が経った。
「はい、30分経ちましたよ」
ジョンさんの合図で皆一斉に手を止める。
ずっとしゃがんでいたせいで、立ち上がった時に足ががくがくと震えてしまった。
生まれたての仔馬というか、スケート初心者がリンクに初めて立った時というか。
とにかく足元が覚束ない。
「大丈夫ですかお嬢様? なんだか歩き方がヨレヨレですけど……」
「えーと、大丈夫には見えないだろうけど、大丈夫だから安心して。それにしても、リチャードは平然としてるけど、ずっとしゃがみ込んでても平気なのね」
「普段から鍛えてますので」
「ふふっ、さすがね。そういうの、なんだかかっこいい。憧れちゃうな」
「…………っ!」
(あー、『普段から鍛えてますので』かー。私もそんなこと言ってみたいなー。あれ? リチャードの顔が真っ赤だけど、やっぱり無理してるのかな?)
炎天下というほどではないが、結構な晴天だ。
リチャードは帽子を被ってないから、日差しを浴びて熱中症になりかけているのかもしれない。
慌てて、被っていた帽子を取り、リチャードの頭に乗せる。
「……お嬢様?」
「リチャード、これ被ってて。顔が真っ赤よ? 熱中症になってるんじゃない?」
「えっと、これは違うんです。そう言うのではないので、安心してください」
「そうなの?」
「はい」
「でも、心配だからもうしばらく被ってて」
「……はい」
女性用の帽子を被るのが恥ずかしいのだろうか。
リチャードは少し照れたような顔になった。
そして、運命の計測タイム。
イチゴ小屋に戻り、ジョンさんに計量器でそれぞれが摘んだイチゴの重さを量って貰った。
結果は――もちろん、私――ではなく、意外にもハイジ様が優勝だった。
「それではハイジ様、何か一つ、私達に命令をどうぞ」
マーガレット様がにこやかに言う。
「め、命令とかそういうのではなくて、お願い、なんだけど……」
ハイジ様は、おずおずとそう切り出した。
「私のこと、ハイジ様ではなく、ハイジって呼んで欲しいの……。あと、敬語じゃなくて、もっと親しい感じというか、気さくに話して欲しい……」
ハイジ様の声が段々と声が小さくなっていく。顔は真っ赤で、目も潤んでいる。
「だって、私達、その…………と、友達でしょう?」
(…………!! か、可愛い!!)
ハイジ様の恥じらう姿に胸を撃ち抜かれた私は、思わずハイジ様の手を取って叫んでしまった。
「そうよ! 私達は友達よ!! だからこれからはハイジって呼ぶわね! ハイジも私のことエリザベスって呼んでね!! 『おーいハイジー』『なんだいエリザベスー』って感じで、ラフに行きましょう!」
「わ、わかった……」
「お嬢様、落ち着いて下さい!」
ハイジ様改めハイジは、私の剣幕に驚いたようで、目をまん丸にして固まっている。
「アーデルハイド様、良かったですね。勇気を出して言った甲斐がありましたね。ずっと憧れてましたもんね、友達同士、タメ口で話すのに」
クラウス様がにっこりと笑いながら、ハイジの頭をポンポンと優しく叩いた。
「なかなか言い出せなくて、学院から帰宅する馬車の中で『今日も言えなかった……』ってめそめそうじうじしてましたもんね。はー、これでやっとあの重苦しい時間から開放される!」
「酷い! クララの馬鹿!」
ハイジは頬を膨らませて、真っ赤になってクラウス様に文句を言っている。
クラウス様は、口ではそんな風にからかってはいるが、いつもより優し気な笑顔に見える。
まあ、糸目なので、そんなに変化はないのだけれど。
「うふふ。私も、これからはハイジと呼ぶわね。友達ですもの。私のこともマーガレットと呼んでね」
「「「私達もよ! ハイジ!」」」
マーガレット様改めマーガレットとチューリップトリオが、ハイジの周りを取り囲む。
ハイジの顔がとても嬉しそうで、見ていてなんだかこっちまで嬉しくなる。
そして、その後で。
何の気なしに、クラウス様の足元にある籠を見た瞬間――気づいてしまった。
クラウス様の籠の中のイチゴが、妙に少ないことに。
(もしかして、クラウス様は、ハイジの籠に自分の摘んだイチゴを……?)
私の視線に気づいたのだろう。
クラウス様は、ウインクしながら人差し指を唇の前に立てた。




