85 対価はきちんと払います
「ご無沙汰しております、エリザベス嬢、リチャード殿」
そう言いながら、エリックは軽く頭を下げた。
その動きに合わせ、ゆるく編んだ長い金髪が弾むように揺れる。
久しぶりのエリックは、相変わらず見惚れてしまうくらい美しい。
斜めに流した前髪、少し目尻が下がったヘーゼルブラウンの瞳。
左側の唇の斜め下にあるほくろが、なんとも色っぽい。
長身だが細身の中性的な体型の彼は、意外にも伸びのある落ち着いた低音の持ち主だ。
そのギャップがこれまたなんとも魅力的だった。
「お久しぶりです、今日はお越しいただきましてありがとうございます」
私も軽めの淑女の礼を執りつつ挨拶した。
隣に立つリチャードも、軽く頭を下げている。
「いいのですよ。マリーに会える機会ができて嬉しいくらいです」
エリックはそう言って隣にいるマリーに微笑みかける。
相変わらずブレないというか、この人は本当にマリーが好きなんだな。
真っ赤になったマリーがお茶の用意をしてくれたので、座って話をすることにした。
私とリチャードが並んで座り、その向かい側にエリックが座る。
「ねえ、マリーも座って一緒に話を聞いてちょうだい」
メイドであるマリーは、お茶の用意が終わった後は部屋の隅で立っているのが当たり前なのだが。
エリックが座っている長椅子に、一緒に座るように促した。
これはまあ、エリックに対する私からの賄賂のようなものだ。
「え、そ、それはちょっと……」
「こちらにどうぞ」
エリックに促され、マリーがおずおずとエリックの隣に腰を下ろす。
すると、エリックがマリーの手を取り、ぎゅっと握った。
マリーは真っ赤になり、エリックを非難するような目で見つめたが、エリックはにっこりと妖艶に微笑み返し手を離そうとはしなかった。
「マリーから話は大体聞いています。ウィンダミアのイチゴ小屋を貸し切りにしたいとのことですね?」
「はい。イチゴ小屋は庶民が行く場所で、貴族はあまり利用しないと聞きましたので。貸し切りにして頂きたいと思っています」
私がそう言うと、エリックはにこやかに頷いた。
「おっしゃる通り、貴族はあまり行くことがないですね。これにはイチゴ小屋の所有者側の思惑も関係しているんですよ。というのも、貴族が隣にいると平民は居心地が悪いらしくて。平民の利用者が減るんですよね。なので、貴族の皆様にはご遠慮頂くというのが昔からの習わしになっているようです」
そんな理由もあったとは。
単に「貴族にふさわしくない」だけではなかったんだ。
それはそうだろう。
マナーがどうとか、静かにしろとか言い出しかねない気取った貴族がそばにいたら、わいわい楽しくお喋りしながらイチゴを楽しむのは難しいと思う。
私だって、できることなら、誰にも気兼ねなくイチゴを楽しみたい。
「なので、貴族が利用する場合は、お忍びで平民の格好をしてくることが多いんです」
「そうですね、俺も昔、兄達と行ったことがあります。来ていた人達の会話が賑やかで活気があるところでした。あれは楽しかったな」
リチャードは昔を思い出したのか、明るい表情でそう言った。
それから話は学院でのハイキングのことに変わった。
エリックは隣国の全寮制の男子校リドフォール出身なので、フォートラン中央学院の行事のことに興味があるようだった。
なので、リチャードがエリックに説明し始めたのだが、私も初耳の話が結構あった。
「新入生ハイキング」は、親睦を深めるために行われるイベントだ。
これは基本、現地集合現地解散。
集合場所に集まったあと、思い思いにランチをとり、ちょっと散策するくらいの簡単なものだ。
行先は、定番の4~5か所から毎年ランダムに決められる。
今年の行先はウィンダミアだ。
ウィンダミアは王家の直轄領で、古くからイチゴの栽培が盛んな土地だ。
『ベリーフィールズ・パーク』という手入れの行き届いた美しい公園があるので、ハイキングではそこを楽しみながらランチをとる予定になっている。
大体、午後の2時くらいに解散になるが、その後は自由時間で、何をしようがかまわないそうだ。
なので、皆、イチゴ狩りをして帰るらしい。
「フォートラン中央学院には、そんな楽しそうな行事があるのですね。マリーの時はどこにいったんですか?」
「私の時は、キャットベルズの丘でした」
キャットベルズの丘は、ダーウェント湖の西側にある。
丘、と呼ばれてはいるものの、実際は上りやすい低山で、山頂から美しい湖を一望できることから人気のハイキングコースなのだそうだ。
「皆でおしゃべりしながら山頂まで歩いたんです。開放的な気分でたくさんお喋りしたせいか、とても仲良くなれました。その時一緒だった人達とは、今でも仲良くしているんですよ」
「…………そのメンバーの中には、男性もいるのかな?」
周囲の温度が、一瞬にして下がった。
エリックは、微笑みを崩していない。
だが、その問いかけには確かに氷のような鋭さが感じられた。
「い、いえ。女性だけです」
マリーが青褪めた顔でそう答えると、エリックはほっとしたような柔らかな表情になった。
「そう。なら良かった」
そう言いつつ、エリックは手の指を絡めるように繋ぎ直した。
所謂、『恋人繋ぎ』だ。
マリーが真っ赤になって俯いた。
なんだろう、見ているこちらも恥ずかしくて居たたまれない。
「え、えっと、それでですね。エリック様の所有しているイチゴ小屋を、当日貸し切りで使わせて頂きたいのですが……もちろん、相応の対価はお支払いいたしますので」
リチャードが、顔を真っ赤にしながら、エリックとマリーの手から目を逸らしつつ言った。
「どうぞご自由にお使いください。ああ、対価など必要ありませんよ」
「「ありがとうございます!」」
私とリチャードが同時にお礼を言うと、エリックは突然、真顔でマリーの方をじっと見つめた。
「…………エ、エリック様?」
マリーの声が心なしか震えている。
「嬉しいですか?」
「はい?」
「マリーの大事なお嬢様が喜んでいるのを見て、マリーも嬉しいですか?」
「え? あ、はい、そうですね」
マリーの答えを聞いて、エリックも嬉しそうに言った。
「ふふ。マリーが喜んでくれて良かった。覚えておいて下さいね。僕は、あなたが喜ぶことなら何でもしてあげたいんです」
「エリック様……」
ちょっと照れたようにマリーが呟く。
何という甘々な。見ているだけで血糖値が爆上がりしてきた。
ケイトが以前、エリックはマリーの願いは死んでも叶えようとするだろうって言っていたけど、本当にそうなのかもしれない。
「なんだかんだ言って、あの古城にもまだ一度しか行けていませんしね……ああ、そうだ、エリザベス嬢。やっぱり対価を頂けますか? そうですね、マリーを三日ほど貸して頂けますか?」
「エリック様!? 何を仰るんですか!!」
「またあの古城に行きましょう。あなたの大好きな露天風呂で、また楽しいひと時を過ごしましょうね……ふふ。楽しみだな……」
「あわわわわわ」
すっかり青褪めたマリーが、助けを求めるようにこちらに視線を向けてきた。
「えっと、マリー、三日間の有給休暇を取れるように、マーカスに話しておくから」
「お、お嬢様!? そんな!!」
マリーが慌てて叫んだ。
エリックはそんなマリーをなだめるように肩を抱いた。
(ごめんね、マリー。私、どうしてもイチゴ小屋に行きたいの!)
そのためには、マリーの尊い犠牲が必要なのだ。




