84 希望の光が見えてきた
次の日の朝、学院へ向かう馬車の中で。
やっぱりハイキングには行かないことにした、とリチャードに言おうとしたのだが。
「お嬢様、兄のアーサーに例の件を話したところ、すぐに手配してくれました。ギルバート殿下はイチゴ狩りに参加できなくなりましたよ」
「えっ!?」
信じられない。
昨日の今日でもう話が進んでいるとは!
リチャードとリチャードのお兄様、仕事早すぎない!?
「あ、あのね、リチャード。そのことなんだけど……」
「これで安心してウィンダミアに行けますね! お嬢様と一緒のハイキングか……楽しみです」
「え、ええ、そうね」
「お嬢様? どうかしましたか?」
「う、ううん、何でもない」
――言えない。
採ってすぐに食べられないから行くの止めるなんて、そんなこと、とてもじゃないけど言えない。
もうすでにリチャードのお兄様も巻き込んでるし。
何より、目の前のリチャードの嬉しそうな笑顔を見てしまったら、もう何も言えやしない。
「なんだか、元気がないみたいですが……?」
さすがリチャード。
普段から私のことをよく見ているだけある。
「……あのね、イチゴ狩りって、摘んですぐに口に入れちゃだめなんですってね」
「そうですね。それが何か?」
リチャードは不思議そうにそう言ったあと、はっと何かに気づいたようだった。
「もしかして、その場ですぐ食べようと思ったんですか?」
「そのつもりだったんだけどね、料理長がそれはダメって言うから」
「あたりまえです。淑女が採ってすぐにガツガツと食べ始めるだなんて」
「ガツガツなんて食べないわよ。上品に食べるならいいの?」
「そういう問題ではありません」
やはりダメか。
血の涙を流しつつ、歯を食いしばって耐えるしかないのか。
思わず下を向いて黙り込んだ私を見て、リチャードが困ったような顔になった。
握った右手を口元に当ててしばらく考え込んでいたが、突然、何か閃いたように顔を上げた。
「お嬢様、イチゴ狩りに行って、そこでイチゴが食べたいんですよね?」
「ええ」
私はこの手で摘み取ったイチゴを、すぐさま口の中に放り込みたいのだ。
ひょいぱくごくんと、リズミカルに大量のイチゴを食べたいの!
「でしたら……主に庶民が利用するところなのですが、畑の側に、採りたてのイチゴが食べられる『イチゴ小屋』という場所があるんです」
なんと! そんなところがあるとは!
牡蠣小屋みたいなライブ感のあるところってことよね?
「飲み物の提供などはなく、ただイチゴを食べるだけの場所なんですよ。貴族が利用することはまずないです」
「どうして?」
「そもそも貴族はイチゴの収穫を楽しむことがメインで、食べるのは自邸に戻ってからゆっくりと、紅茶などと一緒にというのが普通です。持ち帰ったイチゴを自分のところの料理人に菓子にしてもらうことも多いですね」
それは私もやるつもりだ。
だが、それだけでは満足できない。
ひょいぱくごくんをやらないと、イチゴ狩りに行く意味がないではないか!
「ウィンダミアにはそう言ったイチゴ小屋がたくさんあります。俺も昔、お忍びで兄達に連れて行ってもらったことがありますが、摘みたてのイチゴがとても美味しかったです」
「私もそこに行きたい!」
「そうですね、何とかそこにお連れできたらいいのですが…………そうだ、イチゴ小屋の一つを、当日貸し切りにしましょうか。それならばお嬢様も気兼ねなくイチゴを食べられますからね」
「そ、そんなことできるの?」
リチャードの提案に、思わず身を乗り出してしまった。
「ええ、ウィンダミアにイチゴ小屋を所有している人に頼みましょう」
「わあ、リチャード、そんな知り合いがいるの?」
さすがリチャード。
色んな知り合いがいるのね。
「お嬢様も知っている人ですよ。ボールド伯爵エリック様です」
「えっ!」
まさかのエリックが!?
いや、そういえば、私とマシューとの婚約話もイチゴがきっかけだった。
マシューが我が家に押しかけてきた時も、カゴいっぱいのイチゴを持ってきたではないか!
あれはボールド伯爵家のイチゴ畑の物だったということか。
「カフェにイチゴのタルトを食べに行った時、エリック様が仰ってました。ウィンダミアにイチゴ小屋を持っていると」
「何それ、そんなこと言ってた? 覚えてないんだけど」
「お嬢様とマリーさんがお化粧を直しに席を立たれた時に聞いたんですよ」
そうだったんだ。
そうよね、もし聞いてたら絶対に覚えているはずだもの。
「エリック様に頼んで、イチゴ小屋を貸し切りにしましょう。イチゴ小屋は飲み物や調味料の持ち込みも可能だったはずですから、料理長のコンデンスミルクを持って行っても大丈夫なはずです。自分で採ったものではないですが、摘みたてのイチゴを思う存分食べることができると思いますよ」
「リチャード……!」
「お嬢様の希望はできるだけ叶えて差し上げたいですからね」
「嬉しい! ありがとうリチャード!! 大好きよ!」
「……っ!!」
諦めていた「ウィンダミアでのイチゴ爆食い」が叶う!
私は喜びの余り、目の前に座っているリチャードに勢いよく抱き着いてしまった。
「おおおお嬢様……!」
「あ、ごめんさい、リチャード。急に抱き着いたりして、危ないわよね」
「い、いえ、そんな……」
リチャードが真っ赤になって震えている。
心なしか目が潤んでいるので、余程驚いたのだろう。申し訳ない。
「……とにかく、エリック様にお願いしてみましょう」
「そうね! 帰ったらすぐにマリーに話してみるわ」
「そうですね。それがいいと思います」
マリーの頼みなら、エリックは絶対に断らないだろう。
イチゴ小屋には、私とリチャードだけではなく、マーガレット様とチューリップトリオ、ハイジ様も誘おう。
クラウス様も護衛で付いて行くだろうから、コンデンスミルクは八人分必要だろう。
料理長にそう伝えないと。
「なんだか、ウィンダミアに行くのが楽しみになってきたわ!」
そう言うと、リチャードが「良かったです」と言いつつ微笑んだ。
リチャードの私を見る目がとても優しくて。
それを見た途端、ドキッとして頬が熱くなった。
(落ち着け、私。いくらなんでもイチゴに興奮しすぎよ……)




