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46 新入生歓迎会 ①

「はい、みんな注目。今から来週の歓迎会について説明するよ。面倒だから一回しか言わないからね」


先週のホームルームでのこと。

我らが担任セオドア・ブルック先生が、例のごとく目一杯ツンデレ振りを発揮して言った。

銀縁メガネの奥の瞳はパライバトルマリンのような輝きを放ち、整った顔立ちをより引き立てている。

無造作に束ねられた金髪が、男性にしては華奢な首筋を際立たせ、なんとも儚げな風情である。


ブルック先生曰く。

歓迎会は、授業の一環として行われるので、休むと欠席扱いとなるので注意すること。

遥か昔は、歓迎会イコールダンスパーティーだったので、今もその名残で、歓迎会冒頭で代表者であるクラス委員が一曲だけダンスを踊ることになっている。

その後は、生徒会主催の余興がある。

通常は王都で話題の劇団や楽団を招いて寸劇や演奏などを楽しむのだが、今年は生徒会長の王太子の発案で、王家が後援している、()()()()()の演目を楽しむのだそうだ。

そして、30分の休憩をはさんで、立食パーティー。

例年は食事寄りのメニューだったが、ここでがっつり食事をする者はほとんどいないので、今年は思い切ってデザートビュッフェスタイルにする。ちなみに、今年は特別に王宮のパティシエが作ったメニューも出されるとのこと。


ブルック先生は相変わらずの面倒見の良さで、他にも色々と注意事項を挙げていく。

面倒だから一回しか言わないからね、と言いつつ、重要なことは何度も繰り返している。


「この中で犬アレルギー、もしくは犬が苦手な者がいたら手を挙げて……よし、いないようだね。もし、君らの友人に犬が苦手な者がいるなら、なるべく後ろの方で見るように伝えておくといいだろう」


今の説明で、余興に犬が出てくるのがバレバレだ。


(ふふっ、今日もツンデレ全開だな!『ふん、犬が出てきて大騒ぎになったりしたら、僕たち教師が大変なことになるんだからね』とか言いそう)


「少し、余計なことまで喋ったかな。でも、大騒ぎになったりしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()

「ブハッ!」

「……いきなりなんだ、エリザベス・フォークナー! 何故笑い出した! 静かにしたまえ!」

「ブハッ、はいはい」

「ハイ、は一度で十分だと前にも言っただろう!」

「はーい」

「君は本当に腹立たしいな!」


そんなツンデレ美少女ことブルック先生の説明のおかげで、大体の流れは理解できた。

最後に、君はフローラなんだからしっかりやれと謎なことを言っていたが、一体何のことだろう。

そういえば、以前に国語科の準備室で説明された時にも、フローラがどうとか言っていたような。


気になったのでマーガレット様に聞いみた。


「マーガレット様、フローラってなんだかご存じですか?」

「あら? うふふ、エリザベス様はご存じなかったのですか? 歓迎会でダンスを踊る新入生代表の女子のことをそう呼ぶのですよ。春の女神フローラにあやかってそう呼ばれるらしいですわ」

「まあ、そうなんですね?」

「なので、エリザベス様はフローラと呼ばれます。あ、お隣のクラス委員はキャサリン様だそうですから、キャサリン様もフローラですわね」

「つまり、クラス委員の女子はフローラなんですね。じゃあ、男子は?」

「え?」

「リチャードは何と呼ばれるのですか?」

「え? ええと。男子は特に呼び名はないと思います」


(よしよし、理解した。とにかく、クラス委員の女子は、そう呼ばれるってことね)


私とリチャードはクラス委員なので、ダンスを踊ることになっている。


(でも、大丈夫! 全然オッケー! だってスローワルツだって先生が言ってた!)


スローワルツは、子供がダンスを習い始めた時に最初に教わる簡単なステップだ。

ゆっくりとしたテンポなので、踊りやすいし、何より相手はリチャードなのだ!

皆が見てる前で踊るのは恥ずかしいが、クラス委員は10人。

つまり、単純計算で皆の視線も10分の1。

服装だって制服だし。特に気負う必要はない、はず、多分。


――と、思っていたのだが。





※※※





歓迎会の日の朝。


「「おはようございます! お嬢様!」」


マリーとケイトが、いつもより大分早めに起こしに来た。


「……おはよう、マリー、ケイト……どうしてこんな早く? いつもより2時間も早いけど……」

「まあ! 今日は歓迎会ではないですか!」

「そうですよ、お嬢様は、フローラに選ばれたんですから、目一杯綺麗にしないと!」

「え? フローラって、そんな大変なことなの?」


私がそう言うと、二人は驚いたように顔を見合せた。


「……マリー、お嬢様は、フローラがなんたるかをご存じないようよ」

「そうね、ケイト。由々しき事態だわ」

「何よ、二人とも。代表でダンスを踊るクラス委員の女子のことでしょう?」

「「そうですが! それだけではないのですよ!」」


二人の圧がすごい。


「いいですか! フローラに選ばれると言うのは、大変な名誉なのですよ! それこそ、社交界で死ぬまで自慢する方がいらっしゃるくらいなのです」

「死ぬまで!?」

「そうです。それに、フローラに選ばれた令嬢と結婚した男性は幸せになれるという言い伝えもあり、皆が必死でなりたがるものなのですよ!」

「ええっ、どうしよう。だったら私、他の人に譲ったのに!」

「いえいえ、お嬢様より美しい方は多分いなかったでしょう? だったらお嬢様がフローラで良いのです。フローラは一番美しい少女が選ばれると決まっているのですから」

「そうです。フローラより美しい人がいた場合、そのフローラは偽物と呼ばれて代々笑われるんです。だから、お嬢様で良いのです」

「だ、代々笑われる……!」


たかが、学校行事でそんな大事に!?

いやでも、社交界は足の引っ張り合いが日常茶飯事の、厳しい戦いの場だっておばあさまが以前言ってた。

学院はプチ社交界みたいなものだから、それくらいのことでも皆大騒ぎするんだろう。

怖い怖い怖い!


その後、朝からがっつり入浴させられた。

そして、全身マッサージやらツボ押しやら、エステ並みに色々と施された。


「ケイト! 痛い痛い痛い!」

浮腫(むく)みを改善するツボです! ちょっとの間ですから、我慢してくださいね!」

「無理無理無理! 痛い!」


ケイトがふくらはぎをマッサージしてくれるのだが、あまりの激痛に涙が浮かんでくる。


「お嬢様、髪に輝きが出るように香油をつけてブラッシングしますね!」


マリーは香油を使って髪を梳かしてくれている。

私がいつも使っている香油は、ローズ、ジャスミン、スズランなどのフローラル系の香りに、レモンやオレンジなどの柑橘系の香りも混ざってるような、甘すぎず、清潔感のある香りだ。


(この香油は本当に良い香り。ベビーパウダーみたいな、粉っぽさのある香りも感じられるし……)


初級学院の生徒は、基本、お化粧はしないし、香水もほとんどがつけていない。

なので、ブラッシングの時には、良い香りのする香油が使用されることが多い。

私も香油はいくつか持っているのだが、マリーが選んでくれたこの香油は、特に気に入っている。


髪を編み込みでアップにしてもらい、鏡の前に立つ。

いやはや、とんでもない美少女がいたもんだ!

思わず笑いが込み上げてくる。


前世の記憶を思い出してから4年以上が経った。

なのに、私はいまだにこの姿に慣れていない。

鏡を見る度に、ああそうだった、私は()()こういう姿だった、と思うのだ。

まるで、エリザベスという美少女の着ぐるみを着ているような感じ。


だが、不思議なことに、精神というか自我というか、中身は以前より遥かに現在のエリザベスに近づいて来ているようなのだ。

精神年齢が若返っているというか、子供っぽくなっているような気がする。

おかげさまで、学院でもそんなに違和感を感じずに過ごせている。

何なら、こっちの世界の子供って、精神年齢がものすごく高いし。

まあ、18歳で結婚したり仕事に就いたりが一般的な世界だしね。

平民だと、15、6歳で結婚するのもよくあることらしいし。

どうしたって、早めに大人にならざるを得ないんだろう。


まあ、それはさておき。

この鏡に映っている、とんでもない美少女が私なわけだが。

ケイトが最後の仕上げだと言いながら、コーム型の髪飾りを出してきた。

小さめの真珠がたくさん横に並んだ、清楚で上品な、とても美しいデザインだ。

編み込んだ髪に挿したあと、マリーが持ってきた手鏡を使って、後ろ姿を確かめる。


「お嬢様、なんてお似合いなんでしょう!」

「素敵です! 真珠の輝きが清楚で、まるで無垢な天使のようですわ!」

「ありがとう、マリー、ケイト。あなた達のおかげで可愛くなれたわ。朝早くから大変だったわね」

「いえいえ、奥様からたっぷり臨時手当をいただきましたから!」

「ケイト……その手、止めて……」


ケイトが親指と人差し指で輪を作ると、マリーが呆れたような顔をした。


「この髪飾り、初めて見たわ。どうしたの?」


「ええっ!? お嬢様ったら、バートン子爵からの贈り物ですよ。5日前の夜、マダム・ローリーのところから届けられたではないですか! フローラになった記念だから、キャサリン様とお揃いの髪飾りにしたって」

「あー、私、夕方眠くて眠くて。上の空で聞いてたみたい。ごめんね」

「お嬢様は、最近お疲れのようですね」

「そうなの、夕方になると、とにかく眠くて眠くて。学院生活に慣れてないからかな。夕ご飯食べるとすぐ寝ちゃうのよね……」


それにしても、マダム・ローリー恐るべし。

ついにお父様にまで触手を伸ばしたか!


「それにしても、フローラに選ばれるのって、記念品が貰えるくらいに名誉なことなのね」

「「そうですよ!」」


二人の声が揃う。そんなに圧強めに言わなくてもいいいのに。


(あ、だからマーガレット様が、私をクラス委員に推薦したんだ! 目立つように!)


デビュタントに続き、またしてもマーガレット様の策にはまったらしい。

どれだけ私を目立たせたいんだ!


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