47 新入生歓迎会 ②
その後、入学式の時のようにちょっとだけ早めに迎えに来たリチャードは、いつもと違って髪を結い上げた私を見るなり、頬を染めつつ大絶賛してくれた。
ケイトとマリーはそんなリチャードを見るなり、さっと櫛とピンを取り出しだ。
「リチャード様、髪が伸びてきましたね」
「これならいい感じに纏められますね」
そして、左側の耳上の髪を少しだけ編み込み、止めたピンを上から下ろした髪で覆い隠すようにした。
ちょっとしたアレンジだが、そうすることで、何とも艶やかで華やかな雰囲気になった。
「わあ! リチャード! 凄く素敵よ! 私の髪型とお揃いみたいね。なんだか嬉しいな」
思わず褒めると、リチャードは顔を真っ赤にしながら、マリーとケイトにお礼を言った。
思春期の男子なのに、照れつつもきちんとお礼が言えるリチャードは偉いぞ。よしよし!
そして、馬車の中でも楽しくお喋りし、いい気分で学院に向かったのだが。
馬車から降りるなり、またしても制服の襟に銀の羽のブローチを付けたギルバート殿下がやって来た。
(ヤバい! そういえば、手紙の返事をまだしていなかった! だって、書こうと思っても最近、すぐ眠くなるから、ついつい忘れちゃってたのよね……)
心の中で言い訳を並べていると、ギルバート殿下がにこやかに話しかけてきた。
「おはよう、エリザベス嬢」
「おはようございます、ギルバート殿下」
「あの、この前の手紙なのだが……」
(ほら来た! なんて言い訳しよう! うっ、何も思い浮かばない! こうなったらもう、またアレをやるしかない!)
私はすかさず、両手を胸の前で組み、ゆっくりと目を伏せてため息をついた。
そして、心の中で3秒間数えながら、再びゆっくりと顔を上げ、ギルバート殿下の眼をじっと見つめた。
瞬きを意図的に我慢することで、目もいい感じに潤んできたようだ。
(この前もこれで乗り切れたから、今回もいけるはず!)
「……っ!」
またしても、ギルバート殿下は顔を真っ赤にして口に手を当て震え出した。
そして、私が少し首を傾げ、一歩前に出ると、「いや、その」などとわけのわからないことを言いながら、後ずさった。よし! 今だ!
「あ、あんなところに、大きなプードルが!」
「え? プードル? あ! 本当だ大きいな! なんで校内にプードルが!?」
「なんででしょうね! それでは殿下、ごきげんよう!」
「え? あっ! エリザベス嬢、待ってくれ」
私はリチャードの手を掴み、ギルバート殿下の横をすり抜け、全速力で歓迎会の会場へ急いだ。
それにしても、大きなプードルがいてくれて助かった。
フォートラン中央学院は、初級学院と上級学院とで、敷地が大まかに分かれている。
正門を抜け中庭を越えると内門があるのだが、内門を入って左側が初級学院のエリアで、右側が上級学院のエリアとなっている。
その真ん中には、エリアを分けるように「大講堂」と呼ばれる荘厳な建物がそびえ立っている。
そしてその大講堂の裏側、内門からは見えない位置に、1000人以上の人間が収容可能な大きな建物がある。
王宮の大広間に匹敵するほどの豪華な照明や装飾を施されたそこは、「大ホール」もしくは「ホール」と呼ばれている。
本日の歓迎会は、その大ホールで行われる。
正門からかなり距離があるので、ホールに近づいた頃には疲れて走るのを止めてしまったが、幸いにもギルバート殿下は付いてきてはいないようだ。良かった。
「せっかくマリーとケイトが綺麗に髪を結ってくれたのに、全速力で走ったから乱れちゃったかも。大丈夫かな? 崩れてない?」
髪が心配になって、リチャードの前でくるりと一回転しながら聞いてみる。
すると、リチャードは、頬を染めつつ嬉しそうに目を輝かせた。
「全く問題ないです! 可愛いです! ありがとうございます!」
ふと気づくと、周りの人間が何人も胸を押さえながらうんうんと頷いている。
よく見ると、皆、顔が赤い。
(え? 何かあったのかな? あ! あそこに真っ白な犬がいる! 可愛い!)
ホールに向かって、真っ白な犬が走って行った。多分、皆、あの犬を見たのだろう。
それにしても、さっきのプードルといい、今の白い犬といい、今日はなんだか犬をよく見る。
これはもしかして、歓迎会の余興に関係している犬達なのだろうか。
きっとそうに違いないと思いつつ、リチャードとホールの中に入った。
「わあ、素敵! なんて綺麗なの!」
天井から吊り下げられた大きなシャンデリアが眩い光を放ち、磨き上げられた大理石の床に反射している。
壁には壮大な風景画が飾られ、壁際に沿って美しい繊細な彫刻や、色とりどりの季節の花が活けられた美しい花瓶がいくつも並んでいた。
中でも一番目を引くのは、入口から一番奥に作られた、一段高くなった舞台だ。
額縁のようなプロセニアムアーチで区切られた舞台には、中央から左右に分かれる深紅のベルベットのカーテンがかかっている。
今は開かれているため何も描かれていない真っ白な背景が見えている。
舞台に見とれているうちに、マーガレット様やハイジ様達が近くに来ていたようだ。
今日は非常勤講師であるクラウス様も、ハイジ様の側にいる。
華やかな会場に心が浮き立っているせいか、皆、いつもより口数が多いようだ。
しばらくそうしていたら、生徒会の役員が、新入生のクラス委員を呼びに来た。
そのまま舞台袖に連れていかれ、色々な注意や説明を受けることになった。
(げっ! ヤバい! ギルバート殿下がいる!)
なんと、キャサリンのクラスの男子のクラス委員は、ギルバート殿下だった!
必死に目を逸らすが、ギルバート殿下はずっとこちらを見てくる。
リチャードが視線を遮るような位置に立ってくれるが、眉を顰めた殿下は、体の位置をずらすようにしてさらにこっちを見てくる。
だが、リチャードの襟元を凝視したあと、悔しそうに唇を噛み、俯いてしまった。
一体、何故だろう。
ふと見ると、キャサリンがお腹を抱えて声を押し殺すようにして笑っている。
何がおかしいのか全く分からないが、とにかく何か面白いものでも見たんだろう。
そんなキャサリンを、ギルバート殿下がものすごい目で睨んでいる。
それを見たキャサリンの笑いがさらにひどくなる。一体どういうことなのか。
そして、役員から説明が始まった。
合図があったら、A組から順番に舞台に出て行って、いったん照明が落ちるのを待つ。
再び照明が付き、ピアノ伴奏が始まったら、それに合わせて踊る。
曲が終わったら、客席に向けて、女子は淑女の礼、男子は貴族の礼をする。
再び照明が落ちたら、E組から順番に舞台袖に戻る。
「よし、理解した。要するに、私とリチャードから舞台に出て行って、パパっと踊って、お辞儀して、パパっと戻ってくればいいってことよね!」
「お嬢様、なんか言い方が雑ですよ……」
リチャードに残念そうに言われたので、ごまかすように視線を逸らす。
「つまり、出て行って、踊って、お辞儀して戻ってくりゃいいんでしょう? 簡単簡単」
「おまえは本当に雑な女だな!」
「未来の甥っ子ちゃんは、いちいちうるさいわね」
「甥っ子ちゃんって呼ぶのやめろ!」
(わあ、揉めてる揉めてる、大丈夫かな、あの二人)
C組とⅮ組、そしてE組のクラス委員も、なんだか心配そうに二人を見ている。
そして、ついに、合図が出て、私とリチャードは眩しい照明の中、舞台に出て行った。
客席から拍手と歓声が聞こえる。私とリチャードの名前も聞こえてくる。
キャサリンとギルバート殿下の名前が叫ばれた後、何故かキャー、とか、お姉さまーとか叫ぶ声が一際大きくなった。
キャサリンが手でも振ったのかもしれない。
そして拍手と歓声が続く中、舞台の照明が落ち会場全体が暗くなると、辺りはシーンと静まり返った。
再び舞台に向けてだけ、照明がつく。
さっきまで真っ白だった舞台の背後の壁に、満開の花びらのような模様が浮かび上がる。
真っ白なただの壁が、まるで幻想的な夜桜を見ているかのように桜色に染まる。
なんて素敵な演出だろう。
続いて、ピアノの音が聞こえてくる。
どこか懐かしい、子供の頃に見た夢を思い出すような、郷愁を誘うメロディー。
心地よい春の風が優しく頬を撫でていくような、そんな温かさを感じながら、私はリチャードの手を取る。
ゆっくりと曲に合わせ、リチャードは右足を前に踏み出す。
それと同時に、私は左足から後ろに下がる。
あとはもう、リチャードがリードをしてくれるので、それに合わせて動けば良いのだ。
リチャードと踊るのは大好きだ。
母譲りの特殊なリズム感の私でも、まるでダンスの名人みたいな顔で踊っていられる。
ゆっくりと揺れながら、周りを見ると、隣で踊るキャサリンとギルバート殿下が見えた。
二人はさっきまであんなにいがみ合っていたのが嘘のように、優雅に美しいステップを踏んでいる。
さすがだ。
「お嬢様」
小声でリチャードが囁いてくる。
「楽しそうですね」
そうなのだ。舞台の上なのに、不思議と全く緊張しない。
客席が暗くて見えないせいか、それとも、美しいメロディーが心を溶かしてくれるせいなのか。
いや、違う。
リチャードと一緒だからだ。
私はリチャードと一緒ならどこでだって、こうして踊っていられる。
嬉しいような、楽しくてたまらないような、そんな弾む気持ちをどうにも抑えられなくなってしいまい、私は思い切り笑顔になって言った。
「楽しいわ、すごく。リチャードと一緒だから」
そして、曲が終わり、私はゆっくりと淑女の礼をする。
照明が落ち、舞台袖に引っ込むと、リチャードが真っ赤になって蹲ってしまった。
少し離れた場所で、ギルバート殿下も同じように真っ赤になって胸を押さながら蹲っている。
一体何が起きたのだろうと、慌ててキャサリンの方を見る。
キャサリンは面白そうに笑いながら、言った。
「甥っ子ちゃんは、流れ弾に当たったみたいよ、お姉さま!」




