20 そういうところだ!
もしかして。
この人は誰よりも愛情深い人なのかもしれない。
誰かに愛されたくて、だがそれ以上に誰かを愛したい。
でも、どちらも叶わずに常に飢えているような。
それがあの歪んだ執着を生み出し、おかしな愛情の押し付けを引き起こしているのだとしたら。
それはどれだけ不幸なことだろう。
「あのあと、弟さんがどうなったか、教えて頂いても?」
タルトを食べ終え、香りの良いお茶を飲み干すと、リチャードがきりっとした表情で言った。
どうしてもこれだけは聞いておかないと、という決意がうかがえる。
本当は私が聞かなければいけないことだったのに、リチャードに言わせてしまった。
なんだか申し訳ない。
「弟は、隣国の親族の元に預けることにしました。春からはそちらの学院に通わせる予定です」
あれだけ揉めたのだ。
正直言うと、マシューと同じ学院に通うのはかなり嫌だった。
なので、私は少しホッとしてしまった。
そんな様子が顔に出ていたのかもしれない。
エリックが、目を伏せながら、呟くように話し出した。
「私は、ボールド伯爵家の実子ではありません」
思わずエリックの顔を見つめる。
マリーとリチャードも、同じようにエリックの方を見た。
そして、エリックは自分たち兄弟のことを話し出した。
22年前。子供のいないボールド伯爵夫妻は、妻の姉の子供であるエリックを養子に迎えた。
その後エリックは、ボールド伯爵家の跡取り息子として厳しく育てられた。
だが12年前に、夫妻は突然子供を授かる。
諦めていた自分たちの血を引く子供。しかも男子。
喜んだ夫妻は、エリックと養子縁組を解消し、エリックは実の両親の元へ戻された。
だが、しばらくすると、エリックは再度ボールド伯爵家に引き取られた。
マシューは身体が弱く、跡取りになるのは無理かもしれないからだった。
エリックを再び引き取ったものの、伯爵夫妻はマシューを後継にすることを諦めてはおらず、良い医者を探し続ける日々が続いた。
そして4年前。東部の大きな都市に名医がいると聞きつけ、その医者を訪ねていく途中、馬車の事故で亡くなった。
「マシューは、自分が身体が弱かったため、自分のせいで両親が死んだのだと思っています」
マリーが思わず、といった様子で顔を上げた。
リチャードは唇を噛んで、何かを堪えるように俯いている。
「バートン子爵令嬢と婚約したいと言うので、なんとか子爵に頭を下げて顔合わせをしたのですが……望んでいたのは妹のキャサリン嬢ではなく、姉のエリザベス嬢の方だったなどと言い出して……言い訳になりますが、私は若くして爵位を継いだ未熟者で……いつも仕事に追われていて、マシューの様子に気を配ってあげられませんでした。なので気づいた時にはもう、あのように様子がおかしくなっていたのです」
エリックは伏せていた顔を上げ、一度私の目をじっと見据えると、丁寧に頭を下げながら言った。
「弟が大変失礼な真似をし、本当に申し訳ありませんでした。全て私が至らなかったせいです。本当にご迷惑をおかけしました」
「そんなの!!」
突然、リチャードが立ち上がって叫んだ。
「そんなのおかしいです! だって、弟さんは俺と同い年なんですよね!? 自分でやったことの責任は、十分に取れるはずです! ボールド伯爵のせいではない!」
「そうですよ! ボールド伯爵は全然悪くないじゃないですか! それに、こうして私達に謝ってくれてるし!」
私も思わず叫んでしまった。
だってエリックは何も悪いことなんてしていない。
大人の思惑に振り回されて、養子にされたり追い出されたりを繰り返して。血の繋がらない弟のためにこんなに苦労して。エリックはむしろ怒ってもいいくらいなのに。
言いたいことが頭の中を駆け巡り、私は混乱で言葉に詰まってしまった。
そんなリチャードや私の横で、マリーが落ち着いた静かな声で言った
「伯爵は、大変な思いをしてこられたんですね」
「マリーさん……」
「そのような環境で暮らすのは、寂しくて不安で……どれだけ心細かったことでしょう。本当に大変でしたね。よく頑張りましたね」
それは、今、目の前にいるエリックに向かって掛けられている言葉なのに。
不思議と、遠い日の膝を抱えて泣いている小さな少年に向けての言葉のようにも思えた。
マリーの声は、穏やかで優しくて、心にすっと沁みこんでくるようだった。
「そのような厳しい経験を乗り越え、立派に成長されたあなたのことを、私は、心から尊敬します」
その言葉を聞いた時の、エリックの顔。
目をぎゅっと閉じ、唇を噛みしめた彼は、涙を堪えようとしているようだった。
だが、睫毛に涙が煌めき、それが一筋頬を伝うと、あとはもう堰を切ったように涙が溢れていた。
その様子を見て、私はもう胸がいっぱいになってしまい、涙が止まらなくなった。
そして、勢い良く立ち上がり、おもむろにエリックの頭を撫でた。
マリーとリチャードにも、同じように撫でるのだと目で訴えかける。
二人とも、おずおずと手を伸ばし、エリックの頭を撫で始める。
マリーは涙を流していたし、リチャードも目に涙をいっぱいに溜めていた。
泣いている大人の男性の頭を、若い女性と子供二人が泣きながら撫でている。
傍からみたら、さぞかし奇妙な光景だろう。
でも、私はどうしてもエリックの頭を撫でてあげたかった。
辛かったね、寂しかったね、悔しかったね。
きっと、誰もそんな優しい言葉をかけてはくれなかっただろう彼に。
頭を撫でながら、伝えたかったのだ。
よく頑張ったね、あなたはとても偉かったよ、と。
しばらくそうしていると、エリックは手で涙を拭いながら深呼吸をして、少しはにかんだように言った。
「……ありがとうございます。ふふ、なんだか私が一番小さな子供のようですね」
その後、お化粧を直すと言うマリーと二人で化粧室に行く。
二人きりになると、私はマリーに言った。
「ねぇ、マリー……伯爵は、「囚われの天使」のヤンデレ伯爵とは違うような気がするの」
「お嬢様もですか? 実は私も、そう思っていたんです……彼は、愛情表現が下手というか、加減がわからないだけなんじゃないかと」
「そう! そうなの! ストーカーっぽいところは同じなんだけど、なんていうか、圧倒的にこっちの伯爵は純粋にみえるのよね!」
「私、伯爵と真剣に向き合ってみようと思います。ただ闇雲に逃げるんじゃなくて、嫌なことは嫌と伝えるようにしようと思います。多分……あの方は、逃げずにきちんと対応すれば、優しい良い方なのではないかと……」
「そうね、もう一度、きちんと友達からやり直した方がいいと思う!」
マリーは優しい。
そんな心優しいマリーだからこそ、ずるずると同情に流されるようにお付き合いが始まってしまうのはダメだと思った。
私とマリーはお互いに「よし!」と頷き合ってから、エリックとリチャードの待つ個室に戻った。
すると、リチャードが何故か真っ赤な顔で私を見て、慌てたように隣のエリックに小声で言った。
「絶対に内緒ですよ!」
「ふふ、わかりました」
(おいおいおいおい。二人で何を話してたの!? なんかすっごく気になる! っていうかこの短い時間でなんでそんなに仲良くなってるの!?)
その後、さらに追加で苺のタルトを堪能した私たちは、楽しいダブルデートの時間を過ごした。
エリックは私とリチャードに、「伯爵」ではなく「エリック」と名前で呼ぶように言った。
そして、マリーには「呼び捨てで呼んで欲しい、自分もマリーと呼ぶから」と頬を染めつつ言った。
マリーがもう一度きちんと友達から始めたいと宣言すると、エリックは頬を染めて発光してるんじゃないかと思うくらい眩しい笑顔で、「嬉しいです」と言った。
帰り際、エリックが頼んでおいたという大きな箱を給仕が持ってきた。
使用人を含めた、フォークナー伯爵家全員で食べても余るほどのたくさんのケーキが入っていると言う。
「栗のケーキは入れないようにしておきましたので」
「……は?」
「ふふ、マリーは栗が苦手なんですよね? 8歳の時、食べていた茹で栗に虫が入っていたのを見て以来、栗が食べられなくなったんでしょう?」
「…………だ、誰からそれを」
「ケイトさんです」
思わず、私とマリーが叫ぶ。
「あああああ! ケイトが情報源かーーー!!!」
「そういえば、昨日、『明日はどんな服着ていくの?』ってしつこく聞いてきたんですよ!」
灯台下暗し。
スパイはマリーと仲の良いメイドのケイトだった!
ケイトならドレスや足のサイズ、指輪の大きさを知っていてもおかしくない!
「エリック様、そういうところですよ!! そういう風に陰で色々調べてると、女子は怖がって逃げちゃいますって!」
リチャードが慌てて言った。
さすがリチャード。いいタイミングで指導を入れる。さすがハイスペック男子!
やって欲しくないことをしたらすぐに叱るのが基本だものね!
エリックはきょとんとした顔をしたあと、ああ、と納得したように頷き、マリーの手を取りながら言った。
「では、今度からは、貴女から直接教えてもらうことにしますね。私はマリーのことならどんな些細なことでも知りたいのです。……教えてくれますよね?」
マリーは真っ赤な顔でこくこくと頷いている。
まあ、当然だ。この距離でこの笑顔を向けられて、断れる女子がいたら会ってみたい。
「エリザベス嬢には、苺のタルト以外にも、ブルーベリーのタルトも入れておきましたから。庭のブルーベリーをつまみ食いして、指先と口の周りを真っ青にしてマリーから叱られるほどお好きだと伺ってますよ」
「だから!! そういうところだってば!!」
とにもかくにも。
私達4人のダブルデートは無事に終わろうとしていた。




