母親
オレが合宿から自宅に到着した時にはすでに0時を回っていた。
彩夜の部屋の灯りは当然消えている。
オレはゆーっくりとドアを開ける。
『なんかコソ泥みたいね?』
「二夜連続でな」
ドアを開けるとリビングの灯りがうっすらと付いている。
手元電気消し忘れて寝ちまったのか?
オレがリビングを覗くと、母さんがスーツ姿で机に突っ伏して寝ていた。
「まったくもう……」
オレが肩から毛布を掛けると母さんは目を覚ます。
「今何時!?」
「1時くらいだよ」
「はあ……よかった……。って、鏡夜!?」
「お帰り」
「鏡夜ーーー!!」
母さんはオレに気づくと抱き付いてくる。
「ちょっ!?」
「よかったー、一目見れて」
「もう出るのか?」
「うん。もうちょっとしたら出ようかなって。その前に鏡夜に会えないかなーと思って待ってたら寝ちゃた」
夜中だってのに今から出るのか……本当にちょっとした時間を見つけて帰ってきたんだな。
いつの間にかトーカは、気を遣ったのかいなくなっている。
「ねえ鏡夜、いつもありがと。
彩夜が立派になっててビックリしちゃったよ。小さい頃はあんなに仕事に行かないでー、お母さんの仕事嫌い!ってぐずってたのに、昨日はお仕事頑張ってねだって。
……嬉しいけどちょっと寂しかったなー……」
「それ毎年聞いてるよ。と言うか、彩夜がごねてたのって五年くらい前の話だろ?」
「えーそうだっけ?そう言えば鏡夜は一回もごねたことなかったね?」
「オレは楽しそうに仕事してる母さんが好きだからな!なんつって!これ父さんの受け売……り……」
オレの言葉を聞いた母さんの瞳から大粒の涙が零れ落ち始める。
「え?ちょっ!?」
「ごめんね……その……お父さんのこと思い出しちゃって……」
「いや、オレの方こそごめん」
「違うの……嬉しかったの……お父さんと重なるくらい立派になったなぁ~って……だから……お父さんにも今の鏡夜を見て欲しいと思ったら……」
その後しばらく母さんは子どものように泣いていた。
「ごめんね。久しぶりに会ったのにこんなんで」
「いや、いいよ」
「ねえ、ここ座って」
そう言うと母さんは自分が座っているソファーの前を指す。
「床に座ればいいの?」
「そう!後ろ向きね」
オレは素直に母さんの前に座る。
すると母さんがオレの頭をクシャクシャと撫で始める。
「鏡夜、彼女とかいるの?」
「残念ながらいないよ」
「ええーそうなの?
じゃあ、彼女できたら教えてね?鏡夜が選んだ子ならお母さんどんな子でもいいから。
あっ、今度帰ってきた時には孫がいても全然いいよ!むしろ大歓迎だから!!」
「……当分先の話だな。と言うか、あんまり期待してくれるな」
「ええー」
普通、高校生の息子に孫を期待するかね?
「懐かしいな~。昔、お父さんによくこうしてたのよ?鏡夜の髪はお父さん似ね」
「なんだそれ?オレと父さん一緒すんのやめろよ?」
「当たり前でしょ。お父さんに比べたら鏡夜の男前度はまだまだよ。お父さんすっごくかっこよかったんだから!
それと……鏡夜はお父さんとは違って長生きしてね?お母さんより早く逝くのは許さないから。約束よ?」
母さんは小指を出してくる。
オレは小指を結ぶ。
「ああ。約束する」
「よし!じゃあ、お母さんはそろそろ行くね!
負担ばっかりかけちゃうけど彩夜のことよろしく」
「ああ」
「それと、勉強ができなくても、運動ができなくても、ちょっとくらいやんちゃでもいいから健康でいてね!行ってきます!」
母さんは一度も振り返らない。別れの時はいつもそうだ。
オレは近いようで遠い母親の背中をしばらく見送っていた。
翌日、彩夜のテンションが異様に低かった。
珍しく朝早く起きてきたのだが、母親がいないと知ると、肩を落として自室へと戻っていった。
やはり母親とは偉大だな。入れ替わりでオレが帰ってきたのにこのテンションとは……完敗だな。
ピーンポーン
チャイムの音でオレは玄関に出る。
「はーい。って日菜か。久しぶりだな」
「上がっていい?」
「ああ。いいよ」
日菜はフラフラとリビングへ行くと、バタンとソファーへ突っ伏す。
「だいぶお疲れだな」
「せっかくの夏休みなのに、ずーっと遠征続きで休む暇がなかったんだもん。
もう夏休み終わりだよ?これじゃあ、全然長期休暇じゃないよ!」
「お疲れ様。吹奏楽部は色んな部活の応援について回ってるもんな」
「これで宿題の免除とかもないんだよ?ひどくない?」
「オレの写すか?」
「いい。鏡夜の宿題間違いだらけだろうし」
う゛。
「ねえ、鏡夜この家に最近誰か来た?」
「ああ。母さんが帰ってきたんだ?」
「おばさんが!?そうなんだ、よかったね!わたしも挨拶したかったな」
「ほとんど会ったことないだろ?」
「いいの。一応よ一応!
それより鏡夜マッサージしてー。ずっと立ちっぱで演奏してたから、もう体がバキバキ。
バスケとかバレーなんかの屋内競技はいいんだけど、屋外の炎天下とか本当に死んじゃうかと思ったんだよ?見てほら、日焼け止め塗ってたのに真っ黒」
日菜は指で服をずらして首元を見せてくる。
「わかった。わかったから」
まぁ、たまにはわがまま聞いてやるか。
部活頑張ってきたみたいだしな。
オレはトレーニングマットを床に敷くと日菜を呼ぶ。
「マッサージしてやるからここに寝な」
「やったー!──あっ、ちょっと待てって!」
そう言うと玄関から飛び出していった。
十分元気じゃねーか。
日菜は着替えて戻ってきた。
「どうしたんだ?」
「ちょっと着替えたりしてきたの……」
あー、そう言えば陰浦も似たようなことしてたな。
やはり女性としてはその辺気になるんだな。
そんなことを考えていると目の前で日菜が脱ぎ始めた。
「ちょ、おいおい、なにやってんだ日菜!?」
オレは慌てて手で目を覆う。
「別に見られてもいい奴着てきたから大丈夫だよ」
「あ……そう……」
どうやら下に水着を着てきたそうだ。
いや、別にがっかりはしてないからね?
「ど、どうかな?一応人生初ビキニなんだけど……」
「え!?ああ、似合ってるぞ」
布面積はちょーっと少ないかなーとは思うけど、まぁ変ではない範囲だよな?
なのに、なんか妙にエロく見える。なんでだ?
水着と日焼けのラインが合ってないからか?それとも家の中で水着だからか?
いやいや、ピンク色に思考を囚われてる場合じゃない!
日菜の水着姿に見とれてるところを彩夜に見られようもんなら、兄としての威厳が陥落する。
「じゃ、じゃあ寝っ転がって?」
「うん」
「背中と腰でいいか?」
「え、全身がいい」
まじかよ……。
覚悟を決めるオレを余所に、日菜はまるで気になしないと言った様子で水着の結びをスルリと解き、お尻の肌面積が広がるようにクイッと持ち上げる。
待て待て、大胆過ぎないか?
それともオレが意識しすぎなだけでこれが普通なの?やべーわからなくなってきた。
オレは邪念を払うようにマッサージに集中する。
すると、日菜がスンスンと鼻を鳴らす。
「ねえ、もしかして海行った?」
「え!?」
「なんか潮の香りがするんだけど?」
どんな嗅覚だよ。海から帰って来た後もオレ風呂入ったんだけど……。
そう言えば、前も風歌先輩が家に来た時匂いで気付いたよな?
「行った」
「ふーん。いつ?」
「昨日帰って来たばっかで……」
「へー。いいなー、わたしも行きたかったなー。今年こそ鏡夜と海行こうと思ってこの水着も買ったのに……。
で!誰と行ったの?彩夜ちゃん?」
「クラスメイトだけど?」
「クラスメイト?あーあ、瑠璃花くんだっけ?」
「そうそう」
他にも数名いたけど拗れそうだし黙っとこ。
「もう一回海行くってのは?」
「勘弁してくれ。それにもう夏休みも終わりだろ?来年な?」
「来年!?言質取ったからね!絶対だよ!?約束だからね!!」
「はいはい」
どんだけ海行きたいんだよ?
「あー!鏡夜帰って来てたんだ!お帰り!って、誰か来てるの?」
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の89話です!!
今回は母親登場回!!
亡くなってしまったからこそ全力でできる母親の惚気話!
相変わらず警察犬並みの嗅覚を持つ日菜。
次回は彩夜が激怒!?お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




