願いの祠
初めての銭湯は思っていたよりわくわく感がなかった。
混浴イベントも発生しなかったし、構造的に覗きイベントができる感じでもなかった。
それとなぜか”これを着るように”とのメモ書きとともに浴衣が脱衣所に用意されていた。
一応着替えはちゃんと用意してきていたんだが……こっちの方が風情があるからまぁいいか。
朝宿さんは意外と強引だ。
そう言えばトーカは入浴中どうしてたのだろうか?
「お帰りなさいませ。ごゆったりできましたでしょうか?」
「最高だったわよ」
「それはようございました。それでは、ご夕食の準備ができておりますので、お荷物を置かれましたら庭の方へお越しください」
庭にはテーブルや椅子が並べられ、グリルやプレート、トングなどが用意されている。
チラッと見えた肉の値段の0が普段買っているものより一つ二つ多い気がしたが……気にしないでおこう。
下手に気にするとせっかくの食材の味がわからなくなる。
「本日はお嬢様のご要望によりバーベキューとさせていただきました」
「「おおー!!」」
バーベキューか!リアル充実してる感あっていいな!
「焼くのはわたくしが担当させていただきますので、みなさんは思う存分お召し上がりください」
その後、朝宿さんは各々の好きな焼き加減を聞きながら慣れた手付きで次々と焼いてくれた。
いっつもオレが焼く係だったから、焼かなくていいバーベキューは初めてだな。
……手持ち無沙汰感がすごい。
デザートにはひんやりとしたイチゴと桃のジュレとマンゴーのラッシーが振舞われた。
「美味しいー!!」
「うまっ!こんなん初めて食べたわ!」
うまい。
特にこのジュレ。イチゴの酸味と桃の甘さが絶妙だ。プルプルの中に炭酸のシュワシュワとイチゴのつぶつぶがアクセントになっており食感もいい。
これは彩夜と楓が喜びそうだ。今度作ってみるか……。
「湾月様、お口に合いませんでしたでしょうか?」
感心で手が止まっていたせいだろうか?朝宿さんが心配そうに聞いてきた。
ついつい難しい顔をしてしまっていたか。
「いえ、すごい美味しいです……。
これ、朝宿さんが作ったんですか?」
「いえ、シェフに作ってもらえるよう注文いたしました」
「なるほど」
プロの味か……。
フルーツがメインなわけだし、配送時間も考えると多少味も落ちているだろう。それで、この美味しさか。
プロ並みの腕はあると自負していただが、食べ比べてみるとまだまだだな。
「作り方が知りたいなら、朝宿を通して作った人に聞いてみましょうか?」
「大丈夫、大丈夫。作るのはそんなに難しくはないから。
味の調整はオレの方で試行錯誤するよ」
「そうなんだ」
「湾月ってほんま料理ガチ勢やんな」
お腹を満たされたオレたちは後片付けをした後、各々部屋へと戻る。
詞は部屋に戻るとベットに寝っ転がり、家族や友人と連絡を取り始めた。
その声はすごく明るい。
オレは邪魔にならないようにバルコニーの椅子に腰掛け一息つく。
空気が澄んでおり、空には雲一つなく月明かりと星明かりが眩しい。潮風が海と傍に置かれた蚊取り線香の香りを運んでくる。そして、寄せては返す波の音とシリシリと鳴く虫の音が眠気を誘う。
この時間にこんなにのんびりすることは久しくなかったな。
今頃、彩夜は母さんと楽しく食卓を囲んでいる頃だろうか?存分に甘えられているといいな……。
夜の涼しさに体温を馴染ませながらオレはゆっくりと目蓋を閉じる。
カタンっという小さな音でオレは目を覚ます。
しまった。外で寝てしまったのか……リラックスし過ぎ……た──。
寝起きのオレは目を奪われる。
トーカがバルコニーの手すりに腰をかけ鼻歌を歌いながら星を眺めている。夜闇の中、月明かり照らされるその儚げな姿はまさに天使……いや、物語りに聞いた恋する人魚姫のようだ。
『あっ、ごめん。起こしちゃった?』
「いや……」
オレは照れ臭くなり部屋へと戻る。
「つか──」
詞はベットの上でスヤスヤと寝息を立てていた。
オレは詞に布団を掛ける。
家族以外の誰かと遠くに出かけるなんて初めてだったけど、思ったよりも楽しかった。
まぁ、ゲームの攻略法は全く活かせなかったけど……。
「なぁトーカ、少し外を散歩しようか?」
『休まなくていいの?疲れてるでしょ?』
「いいから、付き合ってくれ」
オレとトーカは詞を起こさないように部屋を出る。
女子たちが泊っている隣の部屋も静かだ。
みんな寝ているのだろうか?
一階へ降りるとデッキで朝宿さんが煙草を吸っていた。
「湾月様!?あっ、えっと」
朝宿さんは慌てた様子で煙草を隠すし、バツが悪そうにしている。
「朝宿さんて煙草吸うんですね」
「え、あ、はい……。あの、湾月様!私が煙草を吸っていたこと内緒にしていただけないでしょうか!?」
「え、いいですよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「桜ノ宮って煙草嫌いなんですか?」
「そうですね。臭いがお嫌いだそうで。
ただそれ以上にお嬢様のご両親がお嫌いでして、ここに勤めた初日に煙草を吸った時ひどく叱責されまして。次、吸ったらクビと……それなのにどうしてもやめられなくって、ダメですね私」
「なるほど。それだと知られるわけにはいきませんね」
副流煙とか気になるもんな。正直オレも彩夜には近づけたくない。
しかし、そこまで言われててやめられないのか……。
朝宿さんってヘビースモーカー?
「ところで、いかがしたんですか?」
「ちょっと散歩しようかと」
「今からですか!?」
「ダメでしょうか?」
「い、いえ、大丈夫です。では、この別荘の鍵と使用人の部屋の鍵をお渡ししておきます。
お帰りになりましたらわたくしにお返しください。わたくしの部屋は一階の奥の部屋ですので」
「了解です」
朝宿さんから鍵を預かったオレはトーカと一緒に海辺を歩く。
まぁ、トーカは浮いてるんだけど。
『急にどうしたの?』
「別に。トーカと散歩したくなっただけだよ」
『本当は?』
「本当だって」
『ウソ。どうせアタシが楽しめてないとか気を使ってるんでしょ?
悪いけど鏡夜の考えなんてお見通しよ!誰よりも鏡夜のことを見てるんだから!』
「……敵わないな。トーカ、なにかやってみたいことあるか?」
『うーん。……じゃあさ、この近くに祠があるらしいから、そこまで行ってみない?
肝試し的な!』
「肝試し?いいけど」
天使ってお化けとか怖いもんなのか?
オレは出発前に祠の場所を調べる。
場所はそんなに遠くないな。林を真っ直ぐ歩けばすぐだ。
浜辺は月明かりでよく見渡せたが林の中はそうはいかない。オレはスマホのライトで足元を照らしながら進む。
ただ、足元は石畳となっており、それほど危険でもない。
そもそもトーカは浮いてるわけだし、オレが注意を払ってればいい話だ。
林の中は静寂に包まれているもんだと思っていたが、そうでもなかった。
『ひゃあ!?』
生き物が動いたり、風が枝を揺らすたびにガサガサと音が鳴り、その度にトーカがオレに飛びついてくる。
ゲームで学んだ攻略をトーカに実践しても意味ないのだが……まぁいいか。
祠はしっかり管理されているのか、かなりきれいだ。
加えて、祠の周囲は円形状に伐採されており、月明かりが祠を照らし出し非常に幻想的だ。
『なんかちょっとロマンチックね』
「そうだな。……ん?」
オレは立て看板を読む。
「”此方にて愛を誓いし者、来世にてその愛成就す”だって」
『へー!ここは恋愛成就の祠なのね!』
「みたいだな……」
いや、どうなんだ?
来世での成就ってそれでいいのか?
今世は叶いませんとも取れるけど……。
トーカが目をキラキラさせてるから、冷めるような指摘はしないけど……あんまりご利益なさそうだな。
『ねえ、お参りしていこ!!』
「ええ……」
オレとトーカは賽銭箱に小銭を投げ入れると手を合わせる。
無事ミッションが達成できますように──。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の87話です!!
今回はトーカとお散歩回!!
夜の海辺の空気感が出てるといいな!
今回は色々端折ったけど重要じゃないからよし!!
次回は合宿最終日!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




