東江楓の家庭事情
夏休みに入って三日目のこと。
自宅のチャイムに出ると、めちゃくちゃ美しい大人の女性が立っていた。
『うわ~きれいな人ねー!』
「どちら様でしょうか?」
どこかで見たことがあるような気がするんだよな~。
するとその女性の後ろからよく見知った人物が顔を覗かせる。
「よう鏡夜」
「楓!?」
「わたくし、楓の母の東江美月と申します。親御さんはご在宅ですか?」
「いえ、母は今いなくて」
「そうですか。楓が大変お世話になっているようですのでご挨拶させていただきたいと思ったのですが、いつならご在宅でしょうか?」
「あー、すみません。いつ帰ってくるかわからないんですよね……立ち話もあれなんで上がられます?」
「お気遣いありがとうございます」
「どうぞどうぞ」
オレは楓と楓のお母さんをリビングへと通す。
夏の暑い時期に玄関前で立ち話はさすがにな。
それに、東江親子は目立ちすぎる。
「なにか飲まれます?お茶やコーヒーとかありますけど?」
「あたし、レモンティーがいい!」
「楓!」
「ああ、大丈夫ですよ。お母さまはどうされます?」
「では、ミネラルウォーターとかありますか?」
「了解です」
楓のお母さん、楓と違って結構厳格そうだな。
と言うか、友達とその母親が来ているというのに彩夜は爆睡中なのだがいいのだろうか?
でも、起こしに行く余裕もないしなー。
「トーカ、彩夜起こしてくれたりできるか?」
『やってみるわ!』
トーカは彩夜には視認できないからなー。
お化けだと思ってトラウマとかにならなければいいが。
「どうぞ」
「ありがとうございます。ところで、楓が夏休みに入ってから毎日お家にお邪魔させていただいているとか?しかも、お昼やお夕食もいただいてると聞きまして、できれば親御さんにその……感謝と謝罪をさせていただきたいと」
「それなら気にしないでください。夏休み中、母は一度も帰ってきていないので」
「え!?そうなんですか?」
「だから言ったじゃん!あたし、彩夜のお母さんに会ったことないって!」
「では、お料理とかは……」
「それはオレが」
「鏡夜の料理プロ並みだからね!あと、このレモンティーも鏡夜が作った奴だし!」
「高評価ありがとな」
楓の母親は驚いた様子でリビングを見渡している。
フフフ。夏休みに入り時間があるからな!
料理から掃除、洗濯まで完璧に行き届いているぞ!仮に小姑がいたとしても小言を言う隙さえなく、歯噛みするレベルだ。
とは言え、まぁそうだよな。オレみたいな奴が家事しているとは思わんよな。
「えっと、あなたおいくつ?」
「今15です」
「15……高校生ってことよね……?」
「ねえ、鏡夜。彩夜は?」
「こら、楓!お兄さんに向かって……!」
「別に気にしないですよ」
と、階段から降りてくる音が聞こえる。
彩夜が起きてきたか。
「アニキ、誰か……え!?八奈見美月!?なんで!?」
八奈見美月?
……八奈見美月って女優の八奈見美月!?
道理で見たことあるような気がしたわけだ……てか、楓のお母さんって、は!?
楓のお母さんの正体に気付いたオレは二人の顔を見比べる。
なるほど……楓が超美形なわけだ。
「おはよ、彩夜」
「楓……!もしかしてお母さん!?」
「そう」
「はえー」
なんだ、その反応。
珍しい彩夜が見れたな。
「どうしたの?」
「お母さんが挨拶に来たかったんだって」
「あなたが彩夜さん?娘からよく話を聞いています。仲良くしてくれてありがと。これからも仲良くしてやってね」
「はい!こちらこそ!」
彩夜も楓も恥ずかしそうにはにかむ。
「今日はどうする?」
「プール用に水着買いに行かない?」
「いいね!」
楽しそうに会話していた彩夜と楓は同時に各々の保護者へとおねだりする。
「アニキ、水着欲しい!」
「お母さん、水着欲しい!」
なるほど、上手いな!
この流れかつ、お互いの保護者が対面している状況下で同じ要求をすることにより、お願いを断りづらくするという作戦か。
ついでに、楓の奴はオレが必ず味方になると確信しているな。
お母さんにお願いする時にオレにウィンクしてきやがった。
彩夜も水着欲しがってるみたいだし、乗ってやるか。
「おう!中学生だしかわいいの買っておいで」
「そうね。中学生になったんだし新しいのは必要よね」
「「やったーーー!!ありがと!!」」
「じゃあ、買いに行ってくるね!」
「朝ごはんは?」
「いらなーい!」
そう言うと、彩夜と楓は家を飛び出して行ってしまった。
まぁ、楽しそうだしいっか!
さて……この状況どうすんの!?楓もいなくなったのに、楓のお母さん全然席から立つ気配ないけど!?
楓のお母さんと知っているとは言え、今日会ったばかりで二人きりのこの空間はさすがに気まずい……。
挨拶もこちらの家庭の事情も楓のことは気にしなくていいことも伝え終わって、オレから話すことはもうないんだけど……?
「あの~鏡夜くんでしたっけ?その~……折り入って相談があるんですが……」
「はい。なんでしょう?」
「お恥ずかしい話なのですが、私の夫は仕事柄ほとんど家には帰ってこないんです」
「はあ」
母さんと同じ感じだろうか?
「それで、私も仕事上あまり家におらず、基本的に楓に構ってやることができず淋しい思いをさせております。
帰れても楓のための時間を確保してあげられず、食事はお惣菜やお弁当ばかりで親子の会話もなく……。
ですが、彩夜さんとお友達になってから楓が嬉しそうに話してくれるようになって……」
「はあ」
コンビニ弁当がおふくろの味か……オレもそうだが、やっぱ淋しいと感じるんだろうな。
楓の奴は今まで家庭のことを口にはしなかったし、帰りたくなさそうにしてたしな。
ただ、母さんもそうだが子どもに不自由な生活をさせないために、親は頑張って外で稼いできてくれてんだよな。オレとしては感謝しかない。
それは彩夜も楓も同じだと思うんだよな。
あいつらだってバカじゃない、お金がないと生きていけないこともそう簡単に仕事を変えることができないこともわかっているはずだ。
とは言え、親からの愛情を受けづらい環境か……楓も彩夜と似たような境遇だから仲良くなれたのかもな。
「厚かましいことは承知しておりますが、夏休みの間こちらで楓の面倒を見ていただけないでしょうか。
実は7月後半から8月にかけて全国公演がありまして、私は家に帰れないんです。ただ、楓は付いてきたくないと言ってまして……。
もちろん、食費や光熱費などの費用はお支払いいたしますし、別でお礼もさせていただきますので!お願いします!」
楓のお母さんも本当は他人にこんなお願いをしたくはないのだろう。
苦しそうに唇を噛みしめて、額を机につけているのがその証拠だ。
それでも、親のいない淋しさを知るオレとしては要求を突っぱねて、「仕事なんて放っておいてあんたが娘の側にいてやれ!」と言ったやりたい。
だが、同じ境遇だからこそ、それが難しいってこともわかる。
オレは甘いのだろうか……?
「もちろんです。
正直、こちらとしても楓さんが遊びに来てくれることには感謝してるんです。彩夜も嬉しそうですし、オレが家にいない時も楓さんがいるおかげで淋しい思いをしなくて済みますから」
「ありがとうございます」
「……ただ、難しいかもしれませんが、たまには楓さんのために時間を作ってあげてください。やっぱり家族は特別なものだと思うので」
「わかりました」
その後、楓の面倒を見ることについては、一応家主である母さんにも話を通すことになった。
母さんからは「家のことは基本オレにやってもらっているから一任する」とのことだ。
なんとも母さんらしい。
「夏休み早々こんなこと頼んでしまってごめんなさいね。もし、なにか困ったことがあったら何でも相談してね」
「わかりました。遠慮なく相談させていただきます」
大女優の個人番号がオレのスマホに入っちまった……。
ほんの一週間くらいで、オレのスマホが検索デバイスから超貴重品に早変わりとは……世の中わからんな。
さて、楓には変な気を回さず今まで通り接した方がいいかな?
あいつ、気遣いとか嫌いそうだし。
あ、でも、楓が泊まるわけだし、布団や衣類なんかは準備しといた方がいいよな?
あとで相談するか。
また読んでいただきありがとうございます!
『初恋強盗』の64話です!!
今回は東江楓の家庭の事情回!!
楓のお母さんはなんと有名な女優さん!
そして、夏休みの間楓は鏡夜の家に居候することに!!
次回は彩夜と楓との外出回!!お楽しみに!
忌憚ない批評・感想いただけると嬉しいです。




