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夢の続き─極北大学陸上競技部の軌跡─  作者: 灰猫
【第六章】夢の続き
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四十二.二区 岩本真平『変わらないもの』


 付き添いの塩屋光に送り出され、岩本真平は中継地点へと向かった。漂う独特の緊張感にあてられて、ずっしりと重圧が肩にのしかかる。何度か全国大会の経験を積んだところで、この小心者の心臓はちっとも慣れてくれない。


 一区を走っている昴は、二校に絞られた先頭集団で、帝北大の留学生 ベルハヌと熾烈な先頭争いを繰り広げている最中だ。


「やっぱり別格だな。あの人は……」

「紫吹!」


 駒河大に進んだかつての同期、奥村紫吹の声に肩を叩かれて、真平はパッと振り返った。


「ついにここまできたな」

「うん。色々とありがとう」


 紫吹には、別々の大学に進んでからも何度も助けられた。


「やあ、お揃いで」


 ふらりと現れたのは紫吹の中学時代の同期、帝北大の長嶺歩夢だった。


「歩夢。お前、掴んだろ」


 紫吹はにやりと歯を見せ、対する長嶺はただ黙って肩をすくめた。出雲駅伝でのことだろう。


「さ、行けよ。昴さん来るぞ」

「うん!」


 二人に背を押されてコースに立つと、季節とは裏腹に()だるような大舞台の熱気が真平を襲う。

 沿道の歓声が大きくなった瞬間、昴の姿が真平の視界に飛び込んできた。遠くからでもわかる才能の煌めきが、想いの温度が、真平を掴んで離さない。そのとなりにはまるで競り合う久蓮がいるかのようで、昴は想いを遂げたのだと疑いもなく感じた。


「次は、ボクの番だ」


──────

【二区:十三.二キロ】天気:晴 付添:塩屋光

選手:岩本真平

──────


 二キロを過ぎ、真平は後ろから迫ってきた気配に息を吸い込んだ。まさか、たった二キロで十一秒差をゼロにされるとは。


 軽く肩を上下させて息を吐く。想定内の展開だ、慌てる必要はない。真平もそれなりのペースで走ってきているから、それに追いつく長嶺の負荷はその比ではないだろう。


「まぁ、まずは並ぶよな」

「そりゃそうだ」


 おどけたように声をかけてきた長嶺をちらりと見て、苦笑を返した。

 あっさりと追いついてきた長嶺だが、一気に抜き去る気はなく、しばらくこのまま二人でいくつもりらしい。これも想定通り。


 長嶺は間違いなく、自分たちの世代のトップを走る実力者の一人だろう。けれど、そんなことは織り込み済みだ。

 真平とて、彼らと渡り合うために練習を積んできた。怪我前よりも力をつけた今、そう簡単におくれを取るつもりはない。


「出雲選考のときにも思ったんだけどさ。君、高校時代とは別人だな。──いや、去年とでさえ別人だ」


 ふとそんなことを言う長嶺に、真平は苦笑した。


「それは、お互い様みたいだけど」


 はたから見ても分かるほどに変われているならば、そんなに嬉しいことはない。

 時折頬を掠める、チラチラとこちらを探る視線は焦げつきそうだ。思ったよりも警戒されている様子をみるに、勝負は想定より早い段階になるかもしれない。


 さらに走り続けること五キロほど、七キロ過ぎのこのタイミングで長嶺が仕掛けた。唐突なペースアップに、真平はきっちりと反応した。こういう練習は、先月散々積んできたから慣れっこだ。


「ついてくるのか、これを!」

「そう簡単に、離されるわけには……いかない!」


 ハイペースのうえ小さな競り合いを続けてきて、ダメージは着々と蓄積している。結局、二人並走のままペースが安定してしまった。

 残すところ、あと六キロ弱。紫吹は必ず追いついてくる。



 沿道の声援が大きくなっている。真平たちが駆け抜けたすぐそばの観客はもちろん、そのいくらか後方の観客も。

 紫吹が、もうすぐそこまで迫っている。強烈な気配をひしひしと感じた。真平は、乱れた呼吸を押さえつけながら、となりを走る長嶺を流し見た。寄せられた眉、開いた口。長嶺にも、もう余裕はなさそうだ。


 受け身じゃダメだ。それじゃあ、いつまでたっても才能のある彼らに勝てない。残すところあと三キロ。


 ──行け。行ってしまえ!


 小さく息を吸い込んで、真平はギアを上げた。


 自信を持って引き離しにかかったつもりだったが、長嶺は喰らいついてきた。


「そう簡単に、離されてくれるわけ、ないか!」

「は、当然!」


 長嶺の表情に、もう余裕はない。彼を支えているのは、おそらく意地とプライドだ。まあ、真平にだって余裕なんてないけれど。


「──やっと、捕まえた」

「「紫吹!」」


 背後から聞こえてきた声に、真平と長嶺は驚き振り返った。近づいてきたのは解っていたけれど、スパートをかけてなお追いついてくるとは。


 いや、もう紫吹にも余力は残っていない。

 いつもなら淡々と余裕を見せている紫吹なのに、珍しく疲労を表に出している。形振(なりふ)り構っていられない、と暴露しているようなものだ。


「見せてもらうぞ。お前らの『答え』を──」


 苦しさに構うことなくにやりと笑んだ紫吹に、真平も長嶺も鋭い視線で応えた。


 紫吹が仕掛けた。意地と気力だけで反応した。きっと、長嶺も。


「負け、るか……っ!」


 絞り出せ、最後の一滴まで。


 ずっと、自分が嫌いだった。憧れるばかりで、脚を引っ張るばかりで、才能のない自分が。そんな真平を引き上げてくれたのは、いつだって煌めく『彼』だ。あきらめきれずに追い続けた背中を、今度こそは支えたい。


 もはや、誰の呼吸か判らない。入り乱れた荒い呼吸に、ソールが地面を乱れ打つ音。沿道の歓声と混ざり合って、嵐のように真平の鼓膜を揺らした。

 あれから、誰もが一歩も譲らず、一つの塊となってひたすらにコースを駆け続けていた。相手よりも先を行きたい。ぶつかり合う想いは、現実にまではみ出しては激しい火花を散らしている。


 この先に、久蓮がいつも見ていた世界があるのだろうか。


 いつの日か垣間見た、一学年上の教室で酷く冷めた瞳をしていた久蓮を、今もなお輝く『彼』たらしめている光景(せかい)。憧れ続けた入り口はもしかしたら、いま目の前に広がっているのかもしれない。

 それは、真平が求め続けた『夢』だった。才能がなくとも、追い続けていればいつか辿り着けると信じた、夢。


「久蓮、さん……!」


 今も昔も変わらない心の支えを呟いて、真平は最後の力を振り絞った。

 がむしゃらに腕を振り、ただ中継地点を目指す。格好悪くても、みっともなくてもいい。ただ、一秒でも速く。


「しんぺー先輩!」


 視界の先に、大きく手を振っている翔太の姿が映って、真平は反射的に襷を手に取る。いつのまにか、こんなにも頼もしく成長した一つ下の後輩に、真平は絞り出すように告げた。


「翔太、頼んだ!」

「任せてください!」


 笑顔と共に、極北大の襷(紺銀)が翻った。


──────

【二区→三区】

一位通過 極北大学(岩本真平→桃谷翔太)

二位通過 駒河大学(奥村紫吹→日藤祥仁)+一秒

三位通過 帝北学園大学(長嶺歩夢→柘植直人)+二秒

四位通過 青谷学院大学(朝倉雅彦→荒島夏樹)+四十五秒

……

──────


 襷を渡すと同時にその場に崩れ落ちた真平を、補助員が支えてコースの外へと連れ出した。力の入らない脚は震えて役に立たず、抱えられるがままに移動する。そんな自分を、真平は情けないとは思わなかった。


「やられたよ」

「今回は、な」


 同じように支えられた紫吹と長嶺が、真平に声をかけてきた。悔しそうに、けれど晴れやかに笑っている。真平はにやりと答えた。


「次も、勝つさ」


 悲願の大会で、真平はいま自分の役割を終えた。けれど真平の競技人生は、ここからも続いていく。

 ペットボトルを手にした唯が、ふらつく真平を支えながら言った。


「岩本くん、 お疲れ様。格好良かったよ! 夢の続きは、見られたかな?」

「それはもう、バッチリと!」


 笑顔の花が咲いた。

 

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