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夢の続き─極北大学陸上競技部の軌跡─  作者: 灰猫
【第五章】それぞれの秋
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三十二.合同合宿の成果


 川のせせらぎが耳に心地好い、朝。鳥の(さえず)りを聞きながら、極北大の面々は〈真駒内公園〉に集合していた。


 札幌駅から南へ地下鉄に揺られること三十分、終点駅から歩いて二十分ほどのところに、真駒内公園はある。北の大地の利点を最大限に活かした広大な敷地には、屋外競技場のほか、人工池や遊歩道、さらにはアイスアリーナもあり、昭和の時代には札幌オリンピックの会場にもなった歴史ある場所だ。


 花火大会から丸一週間が経った本日、『出雲駅伝』北海道学連選抜チームの選考会が行われる。午後からの選考会に先立って、まずは出場しないメンバーの練習が始まるのだ。


──────

【九月十一日(土):TR@真駒内公園】

三キロコース四周+一周フリー

──────


 蒼は、勢いよく駆けていく彼らの背を見送った。これまでの彼らを思うと相当速い設定ペースだ。

 このスタート地点に残っているのは、マネージャーの瑠衣、レースに参加する久蓮、蒼、真平、翔太の五名だ。


 ひゅ、と昴が目の前を通過した。一人Aチームとして一キロ二分五十秒という設定に挑む昴は、相変わらず酸欠に苦しそうな表情だがペースはブレない。遅れること数十秒、目の前を駆け抜けていく皆にも、まだまだ潰れる気配は見当たらない。


 昴はあっという間に四周を終え、ラスト一周に突入した。そして、十二キロを走った後とは思えない驚異的なペースで、コースの先から姿を現した。


「六連さん、七分五十八秒!」


 瑠衣の声が辺りに響いた。久蓮はゆるりと笑みを浮かべ、他の皆は言葉を失った。


「……見習わなきゃね」


 囁くような久蓮の言葉に、ゾクリと闘争心の火花が駆け巡る。


 ややして、皆の姿も見えてきた。範昭が後続を引き離している。そして、ここに来て裕也の伸びがいい。大介と麻矢が競り合っているが、スピードでは大介に分があるようだ。


「清野さん八分十五秒、富樫さん八分二十一秒、御影さん八分二十七秒、夜神さん八分二十九秒。皆さん、お疲れ様です!」


 瑠衣の涼やかな声が告げたのは、合宿前とは比べ物にならない好タイムだ。けれど、麻矢はひとり首をかしげていた。


「麻矢先輩、どうかしたんですか?」

「ああ、確かに合宿の手応えはあるんだけど、なんだか頭打ちに感じるんだ……」


 スピードがない自身の走力に、限界を感じているのだという。蒼の背後から、久蓮がひょっこりと顔を出した。


「ならさ、麻矢。『チューブ走』する?」

「チューブ走?」

「腰にチューブを巻いて、ゴムの力で、自分で動かすよりも速い動きを身体に覚えさせる練習さ。緩い下りをダッシュ……って手もあるけど、チューブ走は柔らかい土でもできるから怪我の心配も少ない。──大丈夫。今のお前なら、スピードが付けば絶対に化ける」



 正午を回って、気温も上がってきた。明るい陽光が照らし出す芝生の緑は鮮やかで、木漏れ日と相まって美しい。心地好い風が吹き抜けて、髪を揺らす。


 見学勢が近くのスーパーへいそいそと買い出しに出掛けたのを見送って、強張った瞳の真平が、久蓮の左足を捉える。


「久蓮さん、レースに出て大丈夫なんですか? その……脚は……」

「短いから問題ないさ。オレ、今日は飛ばすつもりだから、皆も思いっきり勝ちに行って。帝北大のど肝を抜いてやろう」


 久蓮は悪戯っぽく笑って、「オレ、一周目は八分十五秒で突っ込むから」と宣言した。五千メートル換算にして十三分四十五秒、全国トップレベルのペースだ。


 先の駅伝で見せつけた怒涛の追い上げは、見る者が久蓮の力を思い知るのには十分すぎるだろう。けれど、負けた。優勝を手にした帝北大の選手たちに少なからずある侮りの心を、今日の完勝で払拭しようというのだ。


「キミたちはしっかり余力を残して、──競り勝て。目標は、選手団八人のうち、四枠をオレたちで埋めることだ! 誰一人欠けてもダメ。皆で帝北大に見せつけてやろう!」


 蒼は、翔太と真平と頷き合った。


──────

【九月十一日(土):出雲駅伝選考会@真駒内公園】

 レース:真駒内公園三キロコース二周

【出場者】※各校四名まで

〈極北大学〉

篠崎久蓮(四)、如月蒼(一)、岩本真平(二)、桃谷翔太(一)

〈極北教育大学〉

宮田悠(四)、宮田晃(一)、唐崎琢磨(三)、小隈健太(四)

〈帝北学園大学〉

那須伊織(一)、北市陞(三)、長嶺歩夢(二)、塩原健翔(一)

──────


 いつものようにアップをして調子を確かめると、合宿が明けてまだ一週間の身体は、疲れが抜けきっていないようだ。けれど、身体が軽すぎるより少し重いくらいのほうがいい。


 アップを済ませ召集所に向かう道すがら、蒼たちは帝北大の面々に鉢合わせた。猫のようにぶわりと毛を逆立てた蒼たちに、先頭を歩いていた哲人は拍子抜けするほど穏やかだ。


「やあ、極北大の皆さん。……そんなに警戒しなくても、北海道代表を決めるレースですから正々堂々、戦いましょう。久蓮──」

「ええ、よく見ておいてくださいね」


 動揺のない久蓮に、哲人が片眉を跳ね上げた。

 去っていく帝北勢の背を見送って振り返ると、なぜか長嶺と那須が残っている。長嶺は黙ったまま、久蓮の顔をじっと見つめていた。


「なに、長嶺くん。『オレの顔に何かついてる?』な~んて聞いて欲しいわけ?」

「いや~。あ、えーっと、ハジメマシテ篠崎さん」

「え、……緊張してる?」


 ぱちりと目を瞬かせ、久蓮は首をかしげた。


「──で? 紫吹や水城とは、連絡とってるの?」

「はい」

「帝北選んだこと、怒らなかったでしょ」

「『お前らしい』なんて笑ってました。……なーんか、拍子抜けですよね」

「信頼されてんのよ」


 二人の会話を流して聞きながら、蒼はその背後に佇む那須を見つめた。

 長嶺といえば、病室で久蓮が「頼れる」と評していた一人だ。彼のそばにいるということは、那須は帝北大で居場所を見つけられたのだろう。


「那須」

「なんだよ」

「もう一度君と同じチームになれるの、楽しみにしてる」


 蒼がそう言うと、那須は視線を泳がせて舌打ちを零し、そして苦しげに眉を下げた。


「もっと早く……こうすればよかったんだよな」


 聞こえた呟きに、蒼は胸がいっぱいになった。


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