彼女達の場合
煤が宙を舞う。
夜空に舞うそれは炎を反射し、煌めくように舞う。
それはさながら地獄に生息する蝶のようであった。
バチリ、と木が割れ、新たな蝶が飛び立った。
羽化は至るところで起こっている。
大きな屋敷が丸々焼けているから、住処には困らないのだ。
一匹の蝶が女の肩に止まった。
彼女はそれを払うが、緑のローブに黒いシミを作ってしまう。
女は舌打ちした。
「ああ、熱い熱い。全部風で吹き飛ばせば良かったのに」
愚痴を受けて、炎を白髪に照らし、紅に染めた少女が答えた。
「仕方ないよ。ゾンビが飛んでったら大変だもん」
彼女の服にはべったりと血が付いていた。
髪も、炎に照らされただけではなさそうだ。
全身を緑にコーディネートした女の名前はオリーブ。
白髪を紅に染めた少女の名をセシリアという。
そも何故2人が燃えた屋敷を眺めているかというと、この屋敷でゾンビの魔物と対峙したからだ。
ゾンビは人を介して生み出される魔物であり、放置すればそこに居る全ての人間がゾンビと化してしまう。
彼らの弱点は火であり、これはまごうことなき正しき対処だ。
(ま、生身の人間もだいぶ巻き込んだけどね)
その過程、あまりにも迅速な対処に逃げ遅れた人間も多い。
もっとも、それがゾンビの種を孕んでいないかの判断も難しいから、まとめて焼くのも間違った対処ではないが。
オリーブは合掌でもしておこうかしら、と考えつつも行動には起こさなかった。
意味のないことはしないタイプなのだ。
「それにしても」
ゾンビだなんてそうそう出逢える魔物ではない。ゴブリン並みの頻度ならとっくに人類は滅んでいるだろう。
以前戦ったという狼型の魔物だってそうだ。人語を操り、擬態まで可能な魔物などレア中のレアである。どちらも人生で一度会うかどうか……。
(何か理由がある)
特別なのはジュンの方だろうと当たりをつけていたが、今回の件を見るに、どうも特殊なのはこちらの方であるらしい。オリーブはセシリアを横目で見た。
賢者という、超常の存在に至るためには、同じように超常の存在に触れるのが手っ取り早い。その点で彼女の存在は僥倖だった。
「つーか、そろそろ離れた方がよくない? 人が集まったら面倒でしょう」
「そうだね。でも、ジュンは何時来るのかな?」
「さあ。勇者候補の力を疑うわけじゃないけど」
話を聞いた限りでは、2度と会えないのではないかと思うのだ。
合流を疑わないセシリアはいじらしいが、とにもかくにももうこの村にはいられない。
「先に進みましょう。目的地は分かっているんだから、あいつも追いかけてくるでしょう」
セシリアは頷いた。
彼女たちはダブリスを離れ、次の街へと進む。目指すはこの国にあるという、迷宮都市だ。長い道のり、多くのことが起こるだろう。
オリーブは次に起こる、セシリアが引き寄せる事件に期待を膨らませた。
*********
この国に初めて訪れた集落は、小さな村だ。そこはネイチャラントの集落とそう大差なく、古代文明とやらの力もこんなものかとオリーブは鼻で笑ったものだ。
しかし、この大都市は――
「すっげ……」
目を目まぐるしく泳がせながら、オリーブは呟いた。
石畳でもないのに堅い地面(コンクリートというらしい)。
凄まじい速度で走る車とやら。
写真と呼ばれる精巧な絵はしかも巨大で、建物に貼り付けられている。
街行く人々が身に着けている服はまるで卸したてのように綺麗だ。
話には聞いていた。聞いていたが、これではまるで別世界ではないか。
「ほ、ほわあ……」
「オリーブ? ギルド行くんじゃないの?」
対してセシリアは、特に驚いた様子は無かった。
オリーブがもう少しだけ冷静であったなら、それに疑問を抱いたかもしれないが、彼女の意識は仲間にはちっとも向いていなかった。
オリーブはセシリアに手を引かれて歩く。
その様子は、まさにお上りさんだった。
*********
「こ、これがペンね? 勿論知ってるわよ」
「うん、早く登録しようよ」
国が違えばギルドも変わる。
特に密入国した彼女達は以前のギルドからの引継ぎなど行えず、新規に作成することになった。
ボールペンをおっかなびっくり触るオリーブへの、周囲の視線は温かった。
「はい、確かに受け取りました。冒険者ギルドへようこそ」
受付の女性が用紙に目を通し、にっこりと笑った。続いてギルドへの説明に入るが、基本はネイチャラントと同じように、依頼表から受けたい依頼を選択すれば良いらしい。
ネイチャラントとの違いは、自身のランクまでの依頼しか受けられないことだ。
オリーブたちのランクは最低のEランク。これでは満足な稼ぎにはならない。
彼女たちは昇格試験を受けることとした。一切の躊躇なく。
「あれ、金取るの? しかも結構高い」
受付嬢は苦笑いしつつ説明した。ランクは本来は実績を積み、自然と昇格しているものだ。試験とは本来受けるものではなく、特殊な事情を抱えたものが受けるものであると。
「ま、トータルでプラスでしょ。セシリアも受けるよね?」
「もちろん」
セシリアは自信満々に答えた。
彼女達は自分の実力を疑っておらず、実際、鼻息混じりにクリアしてみせた。
セシリア、オリーブは昇格試験で上げられる最大ランク。Bランク冒険者となった。
――すごい新人がやって来た。
彼女達の噂は波紋のように広がり、ある依頼を呼び寄せることになる。




