少女の願い
「す、すまねえ。こんな横暴だとは思わなかったんだ」
目が覚めたら、僅かに見覚えのある青年が謝罪していた。
見たことはあるが、名前までは知らない顔だ。
目線を逸らす。窓から覗くのは暗闇だ。まさか丸一日は寝ていないだろうか。
男へと向き直る。彼はこちらが心配になるほど情けない顔をしていた。
用件は昼間の男。奴を招いたのがこの男ということだろう。しかしこんな顔をされしまえば、許すしかない。
「いや、いいさ。俺の怪我なんて怪我のうちに入らないよ」
「で、でも――!」
男は尚も食い下がる。
男の背後に立っていた老人が肩を掴み、俺へと言った。
「なあ兄ちゃん、こいつもそれじゃ引き下がれねえんだ。ここは一発殴ってくれねえかな」
「ええ……」
俺は殴りたくないんだけど、と言ってやりたかったが、男は引き下がる気などないといった表情である。
まあ、罰が必要ということだろう。できれば俺以外が良かったが、よく考えれば、今のところ一番の被害者は俺である。
「はあ、分かった分かった。歯ぁ喰いしばれよ」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
多分、こんなものだろうという勢いで殴った。
鈍い音が響き、男の口の端から、血がすうっと流れる。
(やべ、強すぎたわ)
いい加減魔力強化込みでの力に慣れるべきである。
老人が俺の肩を掴んだ。怒られる?
「良いパンチじゃないか! ありがとよ、兄ちゃん!」
「ありがとうございました!」
「……はあ」
何がなんやら悩んでいると、ぞろぞろと人が入って来た。
今ので禊は終わりだと言わんばかりの騒がしさだ。酒まで持ち出している。
「いや、まあ」
あんたらがそれで良いなら別にいいのだけど。
何にせよ、進捗を聞けるような雰囲気ではなかった。
*********
「ふーん。じゃあ話し合いで決めることにしたんだ」
「うん、やっぱ暴力はいけないよねって」
ライラが至極当然のことを言った。
件の青年を通して契約するという嘘で誘い出し、何とか説得するとのことだ。
脅しでは?と思わなくもないが、先に悪事を働いたのはあちらなので。
ぼそりと、隣のベッドで横たわる包帯男が呟いた。
「……脅しじゃん」
「何か言いましたか!」
「いいえなんでもありません」
彼はライラの圧力に屈指すぐさま謝った。
俺が倒した男だ。彼は俺よりも早く目覚めたらしい。
彼は冒険者で、金で雇われただけであり、もう二度と電力機構とは関わらないと約束した。
結構な怪我だと思ったのだが、顔の表面と口内に軽い火傷を負っただけで、冒険者として再起不能という訳ではないらしい。魔力ってすごい。
「そいつが来るのは明日なんだな?」
「うん、元からその予定だったらしいよ」
「そっか、何事もないといいな」
そうだね、とライラは笑った。
彼女の笑顔は以前とは違い、翳りが見える。
それは当然だろうと思う。何といっても、話の中心は彼女なのだ。みんな、それを感じさせまいと村の問題と強調し、彼女を遠ざけているが、本人は気が気でないだろう。
「なあ、ライラ」
「なあに? 喉乾いた?」
「いや、」
何と声をかけるべきだろう。
俺は悩んだ末、彼女が喜びそうな話をすることにした。
「魔力の波には個人差があるって話を前にしただろ?」
「え、うん。魔力の波は人によって違うから、使える魔法も違うんだよね?」
彼女は意識してか無意識か、居住まいを正した。
「この波は生まれてからずっと同じって訳じゃない。変わることがあるらしいんだ」
「そうなの? どうやって?」
「それは分からない。でも、俺が好きな説は、強く想うことで変わるってやつだ」
空を飛びたいから翼が生え、海を自由に泳ぎたいから鰭が生える。
進化論には否定されている想いの力。同じく科学に否定された魔法が叶えるというのは、ロマンチックではないか。
「だから、ライラならできるよ。できると想えば魔法は形になるんだ。俺はそう信じてる」
「――――」
ライラは目をそらし、自らの頬を掻いた。
「うん、ありがと。頑張る」
そのまま彼女は部屋を去った。
包帯男が言った。
「見せつけやがって、ムカつくなあ」
「なんの話だよ」
男は答えなかった。
*********
翌朝、俺はベッドの上で座禅を組んでいた。
集中し、魔力を探知するためだ。
例の電力機構の男は魔力をもっていないようだったが、1人で来るとは思えなかった。
きっと、魔力持ちを連れてくる筈だ。
俺では精々が数十mが限界だが、先制攻撃は防げるはずである。
(まさかいきなり攻撃してくるとは思えないけど)
腹部の傷へ触れる。鋭い刺激が走った。
仮に戦闘になったとしても動き回るのは難しそうだ。
魔法使いで良かったと思うべきかもしれないが。
(戦力を連れてくるとしたら、こいつよりも強い奴だろうなあ)
隣の包帯男を盗み見る。のんきにいびきをかいていた。
(ああ、来た)
やはりというべきか、魔力反応を2つ感じた。
魔力量は大きいとは感じないが、それで戦闘力が決まるわけではない。だいたい隠すことも出来るのだ。
「痛つつ」
ベッドから降りただけで、苦痛に顔を歪める。
何としてでも負傷を隠し通さねばならない。俺は最強でなければならないのだから。
「行くぞ、行くぞ。やれるな俺」
今から行われるのは交渉だ。俺は偉そうに立っていれば良い。
息を整え、額の汗をぬぐった。心臓は今にも飛び出しそうだった。
*********
私は蚊帳の外に居る。
電力機構はこの村で暴利をむさぼるため、電気を売っている私が邪魔なのだ。だから排除しようとして、皆が戦ってくれている。
でも、本当は私が解決しなければならないのだ。ライバルに負けそうだからってこそこそと逃げ待って、皆の後ろに隠れていい筈がない。
(でも、私は)
こうして、甘えている。
子ども扱いに甘んじて、辛く大変なことを投げ出しているのだ。
「はあ」
漏れた溜息には、自己嫌悪の念がたっぷり詰まっているに違いない。溢れたところで、いくらでも湧きだしているのだけど。
その溜息をどう受け取られたのか、労わる様にユウさんが言った。
「大丈夫だって、後は話し合いだけだもの」
そうか、後は話し合いだけなのか。そんなことも私は知らない。
鈴の音が鳴った。
誰かが訪れたらしい。
話し合いに進展があったのだろうか。私はユウさんの静止を振り切り扉を開けた。
「よう」
「え、と。どなたですか?」
見知らぬ男だ。
怪訝に思う間もなく、半開きの扉を強引に押し広げられた。
何を、と言うことすらできなかった。息が止まる。心臓が大きく跳ねる。
視線は男の突きつけた、拳銃に固定される。
男が言った。
「お前さんがライラだな」
私は、無言で頷いた。
男は堂々と語る。
「使い慣れねえ武器だが、銃は楽で良い。魔力を消していても、簡単に殺せるからな」
背後で息を飲むのが分かった。ユウさんごめんなさい。
「んじゃ、付いてきてもらおうかい。みんなを説得してくれや」
「――――ッ!」
ああ、それは駄目だ。そんなことはできない。
「私は――!」
「あっそ。ま、どっちでもいいけどな」
男は引き金に力を込めた。
*********
乾いた音が響く。
銃声だ。
(まさか!)
俺は、とんでもないミスを犯してしまったのか。
意識がぶれた、その瞬間。敵には十分な隙だったのだろう。
衝撃が全身を襲った。
*********
「あ、うう……」
男がうめき、太ももをさすった。
その手には血がべったりと張り付いている。
男の瞳孔が狭まり、全身が痙攣した。
「なぁにしやがんだあぁあああああ!!!!!」
怒気に混じって何かが吹きすさぶ。
それが何かだなんて考えている余裕はない。男は私――ではなく振りかえって叫んだ
視線の先には、猟銃を構えたアントが居た。彼は自らが災いを招いてしまった事を悔い、自ら武器を取ったのだ。
彼の猟銃は再び火を噴いた。しかし動揺のあまりか、狙いは大きくずれ壁に穴をあけた。
(何か、何かしないと!)
「ライラ!」
ユウさんが叫んだ。
振り返ると、胸に衝撃が走る。ゴトンと、何かが床に落ちた。
お爺ちゃんに護身用にと渡された、電気銃があった。
私の唯一使えた魔法『スパーク』は、空気中を直進しない。コントロールなんてできないから、離れた相手には手も足も出ないのだ。
そしてこの銃は鋼鉄のワイヤーを射出し、電気の通り道を作る武器だ。一発限りの切り札である。
「ああ、うぜえ!」
銃を拾うと、男の手が私の肩を掴む。万力のような強さに悲鳴を上げた。
「おい全員動くなよ。こいつがどうなっても良いなら別だけどなあ」
男の太い腕が私の首を抑え、まるで盾のように扱われる。
銃声を聞きつけてか、多くの人が集まっていた。
誰もが動けない。苦虫をかんだような顔や、私を心配する顔が並んでいる。
最悪だ。私は何をしているんだ。こんなのは駄目だ。このままじゃいけない。
――覚悟を決めろ!
「スパーク!」
電気の魔法を放出する。放出した電気は行き場を失い、自らも焼く。このまま続けていたら、私の命も焼き切れるだろうが、構うものか。
しかし男は私を突き飛ばし、その衝撃で私の魔法も終わる。筋肉が痙攣して、うまく動かない。焦げ臭さが鼻をつく。
銃声が響いた。何人か武器を持っていたっけ。
「ライラ! 大丈夫か!」
体が引きずられる。誰かは知らないが、その間に、まずは舌の調子を整える。次は手の感覚を思い出す。大丈夫、武器は放してない。
体の痺れるこの感覚、懐かしい。昔はよく感電したものだ。
どうでもいい思い出が脳裏をよぎった。
「てめぇらぁあああああああ!!!!!」
あれだけ撃ったのだ。何発かは当たっているだろうに、勢いはまったく衰えていない。
そして、遂に動き出す。
男は叫んだ。
「波動拳!」
ごう、と。衝撃波が体を襲う。
視界がチカチカと点滅し、脳みそが泳いでいる感覚がする。
何があったのか分からない。分かるのは、麻痺はもう抜けたのに、体が動かないということだけだ。
「ああ、くそ。痺れる。しかもばかすか撃ちやがって。ふざけんなよ雑魚ども!」
男の声は、今まで以上に遠く感じた。
頭がぼうっとして、なのに痛みだけは強くなってきた。
(頭、打ったのかな。頭痛がひどいよ)
妙に熱い。頭で加熱された熱は血を通し全身へと巡っていった。ああ、蒸発してしまいそうだ。
バチン、と熱が体の何かに燃え広がった。
それは一瞬で燃焼し、喪失感が神経へと伝わった。
喪失感は、刹那の感覚。ライラの意識には反映されなかったけど、変化があったということは彼女にも理解できた。
「あ、……え?」
何時の間にか、閉じていた瞼を開ける。意識は鮮明で、体の痛みも消えていた。
――なのに、見えている世界が、おかしくなっていた。
空気には緑色の靄がかかり、指は光り輝いている。
靄は私の体と、奴の、あのならず者から染み出ているようだ。
「ああ、これが――」
『魔力の流れは何となく見えた?』
『え、見えない? そっかあ……』
直感する。理屈を超えて理解する。これが魔力なのだと。
立ち上がる。魔力が体を支えている。今なら何でもできると、妙な万能感が体を支配する。
「チッ、そりゃあ立つよな、魔法使い」
男はこちらに視線を向けた。
しかし、まだ私の異常に気が付いてはいないようだ。
(違うか、今が正常なんだね)
ジュンが言っていた、"魔力を感じる"とはこういうことなのだから。
銃を構える。
男が笑った。そんな物は効かないと、笑いながら駆ける。
でも、これはただの銃じゃない。私の、魔法使いが武器とする杖なのだ。
銃身に魔力が伝わり、まるで指先の延長のように感じられる。
銃から帰って来た魔力は、私の魔力とはほんの少し違って、でも確かに私の魔力に馴染み、より多くの活力を齎した。
――お爺ちゃんに抱きしめてもらった、在りし日のことを思い出した。
引き金を引いた。火薬が爆ぜ、先端に返しのついた針が飛び出す。尾にはレールが繋がっており、まるで釣り針のようだ。
男は腕で防いだ。針が刺さろうと、まるで意に介さない。
私はただ一言唱える。
「スパーク」
電撃は、糸を通し、針を伝って相手を焼く。
男は絶叫し、何とか電撃から逃れようともがく。
だが、ただ手を離すだけで抜けられた前回とは違う。針を抜かなければならないが、全身が麻痺する中でできるのは、ただ叫ぶことだけだ。
バチン、と。ひと際大きな音がなった。
糸がたわむ。男が倒れた。まだ、電撃は止めていない。止められない。
「ライラ」
ザリ爺が語り掛けた。
「電撃を止めてやりなさい。もう、気を失っているよ」
私の手から、ザリ爺はゆっくりと銃を離す。
ゴトン、と。銃は地面に落ちた。
ザリ爺は笑い、私の頭を撫でた。
「ライラの! ワシらの勝ちだ!」
ザリ爺の声が響き、次に歓声に変わった。
「ライラ、立てる?」
「ユウさん。えっと、ちょっと無理みたい」
「そ、じゃあ肩を貸しましょう」
ユウさんの手を借りて、何とか立ち上がる。
彼女の足に合わせ、ゆっくり歩く。
向かう先は、家ではなかった。
「ユウさん?」
「向こうの騒ぎも収まったみたいだし、行かなきゃ駄目でしょ?」
「え?」
向こうでも騒ぎがあったのか、という疑問は一瞬でかき消えた。
行かなきゃいけないって?
「だって、主役がいないと締まらないでしょう?」
「――――」
ずっと、蚊帳の外にされていたのだと思っていた。
でも違った。違ったんだ。
足に力を込める。ユウさんの一歩前に出た。
「ありがとう、ユウさん。もう1人で立てるよ」
「そうみたいね」
何でもないようにユウさんが言った。
それがたまらなく嬉しかった。
*********
「ライラ! 無事だったんだな!」
血の気が引く。
心配そうに駆けよって来たジュンは明らかに重傷だった。
私の顔を見て、ジュンがしまったという顔をする。
「いや、これは見た目ほど重傷じゃないんだ」
無理があると思う。気が遠くなってきた。
ジュンが大声で、誤魔化すように言った。
「そんなことより! どうしたんだ? こっちは多少アクシデントはあったけど、順調だぞ」
「順調には見えないけど、そういうことならちょうどいいわ」
ユウさんが言った。彼女は動じていない。私も強くなりたい。
「例の――契約員はどこ?」
「向こうに居る。案内するよ」
彼が歩く度、血の道が地面に出来上がる。絶対大丈夫じゃない。
「大丈夫って言ってるんだから大丈夫よ」
と、ユウさんは言ったが……。
「こいつだ。何のようなんだ?」
案内された家屋で、縄で縛られた男が床でうずくまっていた。
目元は腫れ、口の端からは血が垂れている。
「ライラ」
「う、うん」
大きく息を吸い、一歩前に出る。
男はビクリと震えた。
「ご存じかもしれませんが、私がこの村で電気を販売しているライラです」
返事はない。
続ける。
「別に、私は自分の仕事が無くなってもいいのです。正当な競争の末に、みんながあなた方を選ぶのなら構いません」
「でもこういう、乱暴な、みんなを危険な目に合わせるのは辞めてください」
そう言って頭を下げる。
言いたいこと、言わなければならないことを言い終え一息つく。
ユウさんが労るように肩を叩いた。
「ま、そういうことだから、私達も真っ当な話なら聞いてやらないこともないよ」
「ユウさん?」
ユウさんは言葉を続ける。
「そこんとこどうなのさ。街の方でも暴利を貪ってるわけじゃないんでしょ?」
「え、ええ。それは勿論」
「ユウさん!?」
男はおっかなびっくりな様子ながら答えた。
しかしこれはちょっと、雲行きがおかしいぞ?
「じゃあその話は後ほど。で、ライラさっきからどうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!? 私を路頭に迷わせたいの!?」
「でも正当な競争なら良いって」
「言ったけど! 言いましたけど!」
「ライラ」
ユウさんが優しく抱きしめる。
「貴方はこの村に責任なんて持たなくて良いのよ」
「え?」
責任なんて、私は持ってない。ただ、私はこの村の一員として、お爺ちゃんから引き継いだ物を大事にしたいだけだ。
「知ってるよ。貴方が本当は学校に行きたがってること。色々なことを学びたいってこと」
「それは……」
憧れではあった。でも、それはこの仕事を投げ出す程では。
「ジュンが来てから、本当に楽しそうだったものね。彼にも聞かれたよ。どこか学べるような場所はないのか、てね」
「ジュンが?」
私は、そんなにもの欲しそうだったのだろうか。
とっくに諦めていた筈の想いが、じわじわと胸を浸食していく。
ユウさんが湿った空気を吹き飛ばすようにパチンと手を叩いた。
「ま、最終的に決めるのは貴方よ」
ユウさんは最後に、私に選択肢を突きつけた。決めてくれたなら、どんなに楽だっただろうか。
(でも、これは優しさなんだろうな)
あ、でもぉ、とユウさんは勿体づけて加えつけた。
「みんな安い方から電気買うだろうから、残るんなら頑張ってね」
「私から買ってよこの薄情もの!」
優しい、というのは訂正しておこう。




