1. 変転する世界
エイジス諸島連合皇国とシーナ大帝国間で停戦協定がなされて2ヵ月が経過した。
この間、人類同士で大規模な戦闘がなく、穏やかな日々であったと言える。
エイジスは、ノトス・サザン、黎明の旅団、シーナ大帝国から協力を得て、各地方のケイオス討伐をすすめ、サザン大陸は完全駆逐、ノトス大陸は3/4、シーナ大帝国は1/2の領土からケイオスの駆逐を完了した。
そして、この間に活動を進めていたのはエイジスだけではなかった…。
ユエルビア共和国の首相官邸にてガイナスは部下からの報告を受け、獰猛な笑みを浮かべていた。
「時間はかかったが、ようやく戻すことができたか…」
前回の各勢力会議の際にうけた被害からようやく戦力を戻すことができたのだ。
ファリア大陸をエイジスから返還されたことも大きく影響していて、予想よりも早く復旧ができた。
半年近く前に戦力が削られた後、ユエルビアは軍事的に目立った行動を起こせず、ノトス・サザンやシーナ、そしてエイジスに世論の注目が集まっていた。
(しかし、これでユエルビアの発言力を戻し、エイジスに一矢報いることができる)
だが、この時、ガイナスはある存在を忘れていた。
ノトス・サザン、シーナ、そしてエイジスでもない。最もユエルビアを脅かし続けていた存在を。
その現象が起こったのは突然だった。
ユエルビアの首都の街路地では、普通に人が行き交い、自動車が走行する、そんな何気ない日常風景の中でのこと。
歩いてた老人が路上の途中で立ち止まると、激しく咳き込んだかと思うと、いきなり苦しみだした。
老人は表情を歪ませたのち硬直すると、全身が白色化し、そして、
身体が破散した。
突如起こった光景に、町の中で悲鳴があがる。
その直後にあまり離れていない箇所で一人、また一人、と白色化し、散っていく。
瞬く間に首都の穏やかな日常は崩れ、悲鳴と怒号の飛び交う混乱と恐慌状態に陥った。
ユエルビア共和国の官邸の廊下を慌ただしく、政府高官が駆け抜ける。
「ガイナス首相、急報です! ユエルビアの首都内で人が突如全身ガラス化し破裂するという怪現象が起きました!」
「なに?」
ガイナスの言葉は怒りによる聞き返しではなく、言われたことが理解できなかったことによるものだったが、威嚇を受けたかのように政府高官はすくみ上った。
「そ、その……いきなり人がガラスになるという現象が次々と起きていまして」
何を寝ぼけたことを、とガイナスが思ったその直後、官邸の外から悲鳴が聞こえた。
ガイナスが窓の外を見ると、スーツ服を着た女性がまさにガラスと化そうとしているところで、全身が白く染まると、足元からヒビが入り、崩れ落ちていく。
「な、な……!」
衝撃の光景にガイナスも言葉が続かず驚愕した。
同時刻、エイジス諸島連合皇国、ケートス内部。
連日の通り、ケイオス討伐任務から戻ってきたプローム部隊がにぎやかに会話していた。
「いやあ、今回も損害なしか」
「誰が一番倒したんだろうね」
ケンジ、ルイが嬉しそうに話していく。
損害もなく、チームとして一体感をもって作戦ができた充足感から全員のテンションも高い。
「撃破数が多いのは若に決まっている」
「ですな」
ウコン、サコンが当然というように言うが、それに対してハルカは苦笑する。
「みんな武器の特性とそれに応じた役割があるから一概に撃破数で優劣を決めるものじゃないと思うけど」
「そうなのです。損害がない、それが一番大事と思うのです」
ノインもハルカに同感、というようにうなずく。
「損害というか、消耗も混みで考えるのが戦果なんだが。相変わらずあんだけエネルギー融通しておきながらぴんぴんしてるのが謎なんだよな」
「おかげで消耗が少ないですからね」
シュウとカエデがうなるように言う。
チームエウロス自体、腕の立つプローム乗りの集団なので、一部を除いてエネルギーのコントロールがうまいメンバーがそろっている。その中でもハルカは群を抜いていた。
「各軍の支援という形で遠征してるけど、どこも士気が高いのが影響してるわね。それが戦果につながってるように思うわ」
サキが言うと、確かに、とそれぞれうなずく。
シーナ大陸、ノトス大陸、サザン大陸、そしてユエルビアの辺境。どこに行っても歓迎されるようなムードだった。
「エイジスやフェアリスのことを忌避する空気が残ってるかと思っていたけど、受け入れられてて、よかった」
はにかむようにハルカが言う。
ここ数か月、サザンでの放送があるまでのエイジスに対する世論の目が厳しかったのは皆知っていた。だからでこそ、うれしいのだろう。
「……というより、ファーヴェルを見て、兵士の士気があがっているって自覚あるのかな?」
「いや、ないな。絶対にない」
ユイの言葉にレンがため息をつくように言った。
ラジオ放送の一件もあるが、ファーヴェルが関与した戦闘はケイオスの討伐であったり、救援であったり、戦争を止めさせたりと美談が多く、各国の兵士たちの間では、ファーヴェルを希望、正義の象徴のように捉えられていた。世間の報道からも皇国の皇族であるにも関わらず先陣をきって戦う姿が好感をもたれ、ハルカ自身の名声も確実にあがっている。
にも関わらず、ファーヴェルの乗り手かつ、皇国の皇子である本人はいっこうに無頓着であった。
「自信つけてもらいたいから、ウコンの話からこうして持ち上げてるのにまったく気づいてないからな」
「まあ、もともとの性格なんだろうね……」
カナタとミナが呆れつつ苦笑した。
2か月も付き合いがあれば、ハルカが自分に自信がなく鈍感な性格であることは、把握できていた。
「苦労するね……ウコン、サコン」
こっそりとアヤメが同情するように言うと、ぬいぐるみ形の耳をぺたんと落として二人が切ない表情を浮かべる。
「気遣ってくださりかたじけない…」
「某らだけでは限界がありますので」
今、ロストしたらそれだけ反動で失望やバッシングも大きくなるので、自分がそれなりに責任の重い存在であることを理解してもらいたいのだが、無茶をし続けているのが頭の痛いところであった。
みんなが話し込んでいるところへ、少女の明るい声が掛けられる。
「おかえりー、みんな」
格納庫から戻ってきたプローム部隊の面々をナノが出迎えた。
ただいま、とプローム乗り達が破顔する。
ナノは戦闘にこそ参加しないものの、通信役として全員をサポートしている。ここ2カ月サポートを受けて部隊の中でも全員のマスコット、みたいな位置づけになっていた。
「ナノちゃん、ただいま」
「いつもありがとうね」
「無理してない?」
特に女性陣は妹みたいな感じで話しかける。ナノの天真爛漫な性格は女性から見て気持ちがよく、受け入れられていた。
「大丈夫だよ、もともと大多数の人の精神を同時につなげるコツは前にもやったことがあるし……ゴホッ」
ナノが話している途中でせき込む。
「風邪かな……なんか長引いてるよな?」
「うん、最近せき込むことはあるけど、すぐに止まるんだよね。でも熱はないし」
ハルカがナノ額に触れると、僅かに熱い。
「無茶しちゃだめだよ」
「そうそう。それに、雲が多くて天気が良くない日が続いてるから。ここにいたら身体冷やしちゃうよ。早目に帰って休んだ方がいいんじゃない?」
心配そうにミナとユイが言うと、平気平気、とナノが微笑んだ。その背後ではノウェムが心配そうな表情でナノのことを見ている。
「ブリッジに報告したらすぐごはん作りたいから、先にナノは戻っててくれない? 冷凍してた肉とか材料だけ出しといてくれたら後はやるから」
「ん、わかった」
ハルカの言葉にナノがうなずいた。休むために戻れと言っても休まないので、軽い用事を付け加えたほうがいいことをハルカはわかっている。この辺は兄妹ならではのやり取りだった。ノウェムがぴこり、と耳をうごかして感謝すると、ハルカはいいよ、と手を振った。
「こういう気づかいはできるんだよね」
「そう考えると、鈍感なことが惜しいな……自覚があればもっとモテるだろうに」
リクとハヤトがもったいなさそうに言った。
ケートスのブリッジへと向かうと、イツキとケイトが各フェアリスに指示を出して戦況を分析したり、各部隊と通信をしていた。
「父さん、母さん、みんな、ただいま」
ハルカの声に、気づいて振り向く。
「ああ、お帰りなさい」
「おかえり、みんなもお疲れ様」
イツキとケイトの言葉にそれぞれ会釈する。
一応3人とも皇族なはずなのだが、ハルカは普通に帰宅報告であり、イツキとケイトも息子の友人に声をかけるような気楽さで話していく。
「ただいまー、イツキさん、ケイトさん」
「ケガも消耗もないですよ」
「ケイオスの素材については回収したので後で見てみてくださいね」
そのノリにも、もうすでにエウロスのメンバーも慣れたもので返していく。
「父さん、何かあったの?」
ハルカが緊張した表情のイツキを見て、声をかける。
「ユエルビアの方で異常があったとシーナから報告があったので」
シーナ大帝国に戻ってきた政治家は独自の情報網を持っており、ノトス・サザンの暗部でも収集しきれなかったユエルビアの内情にかなり精通していた。
「映像送られてきました。映します」
フェアリスの通信士が言うと、巨大モニターにユエルビアの首都の様子が移しだされた。
首都のゲート前の様子で、車が渋滞しているようで混乱している。首都の外に出ようとしている人々に対して、何か軍服を着た人間が銃で脅していた。
直後、銃で脅していた兵士が咳き込みだすと、急に体が白く染まっていく。そして、全身が白く染まり切った直後、兵士の身体がいきなり破裂した。
映像を見ていたブリッジの全員が絶句する。
「これは…」
「これってファリア大陸奪還のときに見たのと同じ?」
カナタとアヤメがうめくように言う。以前、ファリア大陸でフェーズ2に進んだケイオスの地にて小鳥が全身白くガラス化したあと破散したのを見たことがあった。それと今みた映像は酷似していた。
「もしかして、これもケイオスの仕業?」
「いや、まさか。だってこの映像見る限り他にコアとかあるわけでもないし…」
ルイとケンジが推測しながら話す。だが、イツキの表情は青ざめていた。
「…分析官、至急大気中の元素濃度を調べてください」
イツキが至極真剣な声音で指示を出す。普段冷静な声と異なるトーンにブリッジ全員が危機感を感じて緊張が高まる。
「ケイオスが人類を脅威と認識した場合最もその排除に適した姿は何か。他の生物や環境に影響を与えず、テラプロームはおろかプロームでも排除できず、かつ大多数の人の殺害が可能な形態とすると」
イツキの問いにケイトの表情が真っ先に変わる。
「イツ君、まさか…」
「コアを可能な限り極小にさせて人体に入り込み、土地浸潤型のような繁殖力を生かして人体をケイ素化させて肉体をロストさせる、まさにウイルスのように。これは大多数の人の殺害に特化したケイオスです」
低く、迫力のこもったイツキの言葉に、ブリッジが一瞬静まり返った。
「け、けど、人を殺すって言っても、ロストから復活できるから大丈夫なんじゃ…」
カナタの問いかけに、シュウがいや、と頭を振る。
「もしそれで大多数のプローム乗りがロストした後で強襲されたらどうする? 首都はあっという間に防衛線が崩れる。そして、さらに大量にロストする人間が増える」
「それに、土地浸潤型や、黎明の旅団のあなた達が見たフェーズ2まで侵された領土が増えたら、そもそも人を復活させるために必要な有機体自体が不足する可能性すらあるわ」
シュウに続いてサキが推測を述べると、イツキが頷く。
「フェアリスの構築力に対して、ケイオスの感染力、侵食力が上回れば、この惑星は対抗策を失ってケイオスの手に落ちます」
イツキの焦った声が事態の深刻さを物語っていた。
「そんな、まさか。だって…」
ケンジがひきつるように言う。普通にロストから再生できているので、不足するなんて事態は考えにくい様子だ。対して、サザン貴族院の特殊上位部隊の面々は真剣な表情で受け止めていた。
「いや、ありうる。サザン大陸だって一晩で浸食されて落ちかけたんだ。それも、人体の再生が追いつかない事態になった」
「各地で感染が広まって一斉に人間がロストする事態になったら、それだけでフェアリスたちの再生機能が追いつかなくなる可能性もある」
レンとユイがサザン大陸での混乱をもとに話していく。彼らの中で官邸前を防衛した記憶はまだ新しく、生々しく残っている。だからでこそ、その言葉には重みがあり、説得力が増した。
「イツキ様、結果出ました!大気中のケイ素濃度が上がっています! 人体の呼吸器系に影響を及ぼす程ではありませんが。ただ、対流圏、雲の発生する空域にて特に濃度が上昇しています」
分析官が結果を述べると、人間達が思わずブリッジの外の雲海を映し出すモニターを見た。ケートスが飛行しているのは、まさしくその対流圏である。
「至急ケートスの航行高度を下げて!」
「了解!」
ケイトが指示を出すと、即座にツバキが反応した。
イツキも通信士へと声をかける。
「急いで、ノトス・サザンとシーナの双方につないでください。ユエルビアのような混乱を起こさないようにするには、絶対に隔離政策はとらず、感染した住民が偏見をもたれないように説明しなければ」
「おじ様、それはむしろ逆なのでは…?」
感染するのであれば、むしろきちんと感染者と未感染者を分けて感染の拡大を防ぐべきなのではないか。ユイが疑問に思い問いかけると、イツキは首をふった。
「人から人へ感染することが確定した訳ではありません。もうすでに広まっていますし、各地ですでに発生しているケイオスがウイルス型に移行すれば、対策しても意味がありません。それよりも初動で強制的な隔離政策をとって民衆に恐怖を与えてしまうと、偏見と混乱が残ってしまいます。まずは、人的被害を防がなくてはいけません。そして…」
<イツキ、ケイト、ハルカ!!>
イツキが話そうとしていたところで、いきなりノウェムの思念伝達による声がブリッジにいる全員に響きわたった。普段だったら、きちんと相手を選んで伝えるところを、こうして全員に伝えてしまっているということは、ノウェムが相当焦っている証拠であった。
<ナノが、ナノが倒れたのです!>
続けて言われたノウェムの声を聞いて、ハルカの思考が回転する。
先ほどの咳き込んでいた様子と、ウイルスの発生が瞬時に結びつく。
ハルカが表情を変えると、一目散に駆けだし、ブリッジから出ていった。
その後を追うようにイツキとケイトも走りだし、後を追うようにエウロスのメンバーが続く。
ワタセ家の邸宅につき、ハルカが台所に向かうと、涙ぐむノウェムと、そのそばで倒れているナノを発見した。
ハルカがナノの身体に触れると、熱く、苦しそうに呼吸している。そして、手の指先を見ると白く変色していた。
「ナノ、ナノ!」
ハルカが呼びかけるが返事がない。ノウェムは突然のことで混乱して震えている。
ノインがナノの様子を見て、ケイ素に変化しかかっている臓器を調べ出す。ケイオスのコアの支配を受けていない箇所を即座に有機体へと置換させた。
「ハル、ケイ素に置換しかかっていたところを肉体に戻したのです。炎症を起こしてしまって熱が上がっているのですが、それもじきにおさまってくるのです」
「ひとまず、全身への侵食は止まったってこと?」
「完全というわけではないですが、急な侵食は…」
ノインが緊張した表情で返答する。
ナノの方を見ると、苦しそうだった呼吸は安定しており、とりあえずの危機が去ってハルカが、はあっと安堵の息をついた。
追いついたイツキとケイトが家に着き、ナノのもとに駆け寄っていく。
ハルカが簡単に起きたことを説明すると、イツキの表情が変わった。
それは、もう身近にケイオスの脅威がせまり、早急にウイルス型に対する対抗策を見つけなければならない、ということであった。
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