2. 一つの勇気がもたらしたもの
サザン貴族院官邸がエイジスに救援を要請してから2時間が経過。
当初、あと1時間で落ちると思われていたサザンの官邸はいまだ落ちることなく持ちこたえている。
だが、一度戦線を押し戻したものの、限界が近づいていた。
防衛線を維持する部隊の疲労の色は濃く、負傷者が増えていく。同様にロストしていく人員もだ。
それでも、白い機体は戦場を飛び回り、崩れそうなところの救援に向かい、励まし、戦線を維持していた。
レンはディザスター・ロアのコクピットで戦況を見つつ歯がみする。全体の士気が維持できているのが不思議なくらいだが、尽きかけているのを肌で感じる。
まだディザスター・ロアの余力はある。
もう一度押し返せないかと思い、ファーヴェルに呼びかける。
「ファーヴェル、聞こえるか? すまない、もう一度頼む……!」
レンが必死な声で呼びかける。
だが、通信機から返答がなかなか返ってこない。
『ごめん、…なん…て?』
やや遅れて返ってきた声は息もきれぎれで、やや弱い。
「あ……」
返答を聞いて、レンはハルカも限界が近いことを悟った。
ファーヴェルのコクピットでは、ノインがモニターからハルカの様子を見ていた。
顔から脂汗がしたたり、息をきれぎれにさせながらも応戦している。
ここまで衰弱しながら戦っているハルカを見るのは初めてだった。
通常であれば、ここまで疲労することはない。そもそも、栄養の補給もない肉体にフェアリスが調整しているから。だが、感応能力を駆使して他者に体力と気力を譲渡したことにより、自身の状態を保てないほど衰弱してしまっていた。
(このままでは危険なのです……!)
ノインが、感応能力を切るために、意識を伸ばす、だが。
「だめだ、ノイン。まだ応援が到着してない。それまでは、切れない。切ったら、防衛線が崩れる」
ハルカはノインの意図を察して、止めさせた。
「では、どうしろというのですか! このままでは、ハルの方がもたないのです!」
このまま溺れるように衰弱する様子を見ていろとでも言うのか。
そう言わんばかりにノインがハルカに叫んだ。
同時刻。
サザン大陸の100km遠方の上空に巨大な影が接近していた。
「イツキ、上空で星が安定したのです」
「お父さん、間もなく映るよ!」
ノウェムとナノが言うと、ケートス内のモニターにサザン大陸が映し出され、無数の点が表示された。
タイタスから打ち上げられた衛星からの映像だ。
「ケートス、間もなく射程圏内に入ります!」
火器制御担当フェアリスの報告を受けて、ケイトが頷く。
「ツバキ、この数、いける?」
「もちろん。そうでなければ、あの子達のがんばりが無駄になってしまうわ」
ツバキの返答に上等、とケイトは男前な笑みを浮かべた。
「ナノ、ハルに思念伝達をつなげて!」
〈はーい、ハルカ。聞こえてる?〉
消耗して頭がぼんやりとしているところへ、明るい声がハルカの心の中で響いた。
いつもと変わらない軽い口調はケイトの声だ。
「母……さん?」
〈えらい、よく戦線を維持したね。あともうひと仕事。周りのプロームに、通信を広げて伝えなさい、各員、今から5秒間動くなって!〉
ケイトの声とともに、遠くの空に光が走る。そのことに気づいたハルカは、慌てて緊急用の近距離通信チャネルを開いた。
「総員、緊急通信! 全員死にたくなければ、3秒間動かないで!」
焦るハルカの声が聞こえ、戸惑うように官邸周辺の人、プローム全員の動きが止まる。
直後、拡散砲の複数の光の柱が、サザン貴族院の官邸および首都に降り注ぎ、視界が白く埋めつくされると同時に、衝撃が襲った。
「あ」
拡散砲を発射した後でケイトが間の抜けた声を発した。
「そう言えば、耐衝撃体勢って言うのを忘れてたわ」
「ケイトさん……」
買い物帰りの途中で買い忘れたものを思い出したかのように言うケイトにイツキが頭を抱えた。
ケートスの拡散砲は衛星からの情報をもとに、コアを撃ち抜き、一斉に大陸全土の土地浸潤型ケイオスを焼き払っていく。
「全弾命中を確認!首都全体からの反応消失を確認」
「衛星よりケイオスの再生徴候見られません!」
ケートス内のフェアリスの通信士が状況を報告した。
「了解、そのまま他の都市へも拡散砲を掃射。 悪い雑草をそのまま薙ぎ払って!」
「了解!」
ケイトの指示に対して、フェアリス達が威勢よく応答した。
土地浸潤型ケイオスが焼き払われた官邸前。
拡散砲による衝撃、建物の損壊により周囲には煙が立ち込めている。
プロームも、建物も人も拡散砲の余波を受けてボロボロであるものの、何とか無事といった様子だ。
『ごめんあそばせー、……生きてる?』
ケイトからバツが悪そうに声をかける通信が入り、ハルカががっくりと脱力する。
「母さん、一言足りない……」
「ケイト、激しすぎです……」
ハルカとノインが呻いた。
周囲では、プロームや人が少しずつ動きはじめている様子が見える。何とか衝撃に耐え切ったのが不思議なくらいだった。
危機が去ったことに、ふう、とハルカは安堵するように一つ息を吐き出すと脱力した。
「ハル……? ハル!?」
ノインが呼びかけるが、少年からは顔を俯かせたまま返事がない。
『どうしたの!?』
焦るノインの声にケイトが問いかける。
「ハルが動かないのです!」
『間もなくこちらも大陸全土の殲滅が完了します。急いでそちらに向かいます!』
イツキが焦燥を滲ませながら返答すると、ぶつっと音を立てて通信が切れた。
「おい、どうした!?」
ノインの焦った声を聞きつけてシュウがプロームを解除して動かないファーヴェルの足元へ駆けつけた。
シュウに気づいたノインが、ハルカの代わりにプロームの復元を解除する。
解除され、落ちてきたハルカの身体をシュウが受け取めた。
様子を確かめると、外傷はないが、顔は脂汗だらけで、衰弱が激しく呼吸も浅い。プロームに乗っててこんな症状になるのを見るのは、シュウは初めてだった。
「誰か担架持ってこい!」
少年の体を地面におろしつつ、シュウが呼びかける。
そこへ、人込みをかき分けつつサキとユイがやってきた。サキに応急処置の心得があるので、見に来たのだ。
「一体何が?」
「わからん。衰弱と消耗が激しくて」
2人が話しているところへノインが人目を無視して現れる。その表情には涙が浮かんでいた。
「ハルの……プロームは、周囲に自分の気力やプロームのエネルギーを譲渡する力があるのです。それで……」
シュウもサキも驚愕の表情を浮かべた。そんな機能を持つプロームは聞いたことがない。
「成程、どおりでエネルギー切れになりにくい上に、兵士の士気が維持できてたわけだ」
「信じられない。あれだけ戦場を動き回っていながら、他の機体に譲渡してたっていうの……?」
シュウとサキの言葉を受けて、他の隊員がどよめいた。
「あの、ハルは……」
「それなら心配ないわ。急な消耗であれば栄養剤と点滴でなんとかなるから」
ユイの問いかけにサキが安心させるように言うと、ノインとユイがよかった、と安堵して呟いた。
官邸前防衛戦が終結してから30分後。
慌ただしく復旧作業を進めていくサザン官邸内をイツキ、ケイト、ナノは早足で歩いていた。
全員あのときのような軍服姿ではないため、気付かず誰も呼び止めるものはいない。
「お父さん、おにいいたよ!」
ナノが見つけて駆け寄り、そのあとをイツキとケイトが続く。
応急処置を終え、官邸の廊下で寝かされているハルカを見つけ、三人とも張り詰めていたものがようやく解れた表情を浮かべた。
安堵したところで、イツキが表情を変え、ぐっ、と手をにぎりしめると、かがみ込んでハルカに声をかける。
「全く、人の制止も聞かずに飛び出していきましたね」
ハルカが目を開けて顔を上げると、怒ったイツキの顔が見えた。
「おまけに、その様子だと感応能力とファーヴェルの機能をフルに使って戦線を維持しましたね。全速飛行でも身体に負荷がかかるというのに、無茶にも程があります」
「ごめん、なさい」
「さらになんですか、あの部分装甲は?きちんとテストしないまま稼働して、事故でも起こしていたら、どうするんですか」
「まあまあ、イツ君そこまでそこまで」
説教するイツキにケイトが割って入った。
「心配から安心した直後に怒りたくなる気持ちはわかるけど流石に休ませてあげよう、ね?」
「うっ」
ケイトに言われて、感情を自覚しイツキが沈黙する。
ばつ悪く、イツキは深く深くため息をつくと、ハルカの前にかがんでその体を背負った。
「父さん……? は、恥ずかしい」
中学生にもなって父親におんぶされるなんて、と言いたげにハルカが抗議する。だが、疲労が強すぎて抵抗もできないようだ。
「怪我人はおとなしくしてなさい、動けないんでしょう? このぐらいのおしおきは我慢してください」
そう言うと、イツキは不機嫌な表情のままで、ケートスに帰るべく、サザン官邸の廊下を歩き出した。
近くにいた政府高官を見つけて声をかける。
「息子が世話になりました。後日、改めてお話させてもらうので今日はこれで失礼します」
用件を言うと、さっさとイツキは歩きだしていく。
「息子って…え? ってことはエイジスの? 後日って…え?」
そんな様子で混乱する高官を後目にケイトはくすくすと笑い、ナノは兄のことを心配そうに突いている。
サザン官邸のスタッフ、プローム乗りが廊下を歩いていく4人の家族を見る。
「あれ、俺らを助けてくれたエイジスの……」
「あの息子の方が、白いプロームに乗ってたんだろ? あんなに若いなんて、まじかよ」
「戦いつつ、他のプロームにエネルギーとか譲渡してたって言うんだろ?」
周囲がざわめく中、その時一人のプローム乗りが敬礼した。
ならうようにまた一人、また一人と敬礼していく。
いつの間にか、廊下には敬礼をする人々が列を作っていた。
「姉さん」
「ええ、すごい光景なのです…」
ノインとノウェムがこっそり、人に見えないところから囁き合う。
ただ、残念なのは背負われて顔が俯いている少年にはこの光景が見えてないことだ。
賞賛と感謝の空気で満ちた廊下を父親と息子、母親と娘の家族4人は、堂々と歩んでいった。
〇幕間
サザン貴族院官邸防衛戦の激闘から一夜明け、防衛戦で奮戦し多くの人々から賞賛を受けた少年は……
自宅の自室のベッドにて悶絶していた。
まだだるいものの、なんとか体力は回復はしていた。いくら食事を必要としないと言ってもそれは基礎代謝としての問題であって、急な体力の消耗と疲労については休息と補給が必要だとノイン、ノウェムから説明があった。
そのことを受け、父親からとりあえず今日一日は自宅で休むこと、外出厳禁と指令が下った。見張りのためにウコンとサコン、それからフェアリスのプローム部隊が待機しているという厳重監視体制である。ちなみにプローム素体はきっちり回収され、手元から離されていた。
謹慎命令は別にいい。正直、このような状態ではそもそもどこか行こうなどという気は起きない。
じゃあ、なぜ悶絶しているのかというと。
「救援に行ったのになんで倒れてんの」
ハルカはベッドに蹲りながら自責の念に駆られていた。
戦闘が終了した後、倒れたのは自分一人だけ、おまけに薬剤とか少ない中で貴重な点滴とか受けさせてもらったというではないか。
ますますあり得ない。救援に行ったの介抱されるなんて何のために行ったんだ自分。
そんな調子でつらつらと自分を責めているとドアをノックする音が聞こえた。
「おにい、生姜焼き丼作ってきたよーってどうしたの?」
「ちょっと打ちのめされてて。今食べる気しないから置いといて」
うじうじと落ち込む兄を横目に、ふーん、とナノは気のない返事をする。
そして、容赦ない総口撃は開始された。
「別に気にすることじゃないと思うよ。単に一人突っ走って、一人でぶっ倒れて、それもばっちりユイお姉ちゃんに見られたあげく、貴重な薬もらって介抱受けて、最後にお父さんにおぶわれて帰ってくる、それも衆目の中で、っていうだけでしょ。ほら、口にだしてみると気にならない」
きちんとどこにハルカがショックを受けているのか理解した妹の口撃は見事に全弾命中した。
「気にするよ!というより血も涙もないな、本当に!」
「私は多少傷口を広げてでも膿を全部出したくなるタイプなので。事実は早いうちから受け止めといたほうがあとあと引きずらないよ?」
「受け止めるまでの痛みをまったく考慮してないだろ! 傷口ひどくて麻酔とか必要でも絶対にしない荒療治だよな、それって!」
わめくハルカの肩にぽん、と手を置きながら、ナノは僧侶の如く悟った表情を浮かべた。
「おにい、どれだけ後悔しても時間は戻らないんだよ?」
「そうだな、正論まったくもって正しいし、腹立たしいけどそうだな」
納得してないけど、納得させるために無理矢理ハルカは同調した。言い返そうものなら、もっと火傷することは経験上わかっているためだ。
はあ、とため息をつく。言い合いをしたせいか、やや気力が戻っていた。
まったく自分の妹はたくましい。下手なヒーローもののタフガイよりも心臓に毛が生えてるんじゃないかと思う、本当に。
「今、おにい失礼なこと考えてない?」
「考えてません」
ジト目で見られて慌てて視線をそらした。
「とりあえず、食べたら?」
「せっかくナノが作ってくれたのです」
「そうですぞ、若」
「辛いときこそ、身体が資本ですぞ」
ナノの言葉に、ノイン、ウコンとサコンがうなずく。点滴と栄養剤のおかげで本当は食事の必要はないし、そもそも肉体を捨てた精神体種族が体が資本と言うのもなんか違う気がする。
ただ、不思議と食べた方が元気がでるのは確かなので、ハルカは箸をとると、生姜焼き丼を食べ始めた。
一方その頃、サザン貴族院官邸内の一室でユイは鬱々としていた。
「なんでお礼をちゃんと言わなかったんだろう……」
シュウとサキが懸念していたように、ユイは後悔の念にとらわれていた。
「あの時、お礼言うのって、別にお母さんのことだけじゃないよね? 救援に来てくれたことだってそうだよね? しかも、本当に身を削って戦線維持してくれたのに、いつの間にかお礼を言う間もなく帰ってたとか本当にないわ……」
ぶつぶつと呟くその様子は体からカビが生えてもおかしくないぐらいのじめじめっぷりだ。
「あーあ、やっぱり……」
「あっという間に帰ってしまったからな」
ミナとレンがユイの様子を見て、やっぱり、というように首を振る。
「ユイ、その辺きちんと言って好印象持っててもらわないといけないかもよ?」
サキがはっきりというと、ぎぎ、とユイがロボットのように首だけ向ける。
「今回の件でハルカ皇子の株はかなり上がった。戦線を維持しつつ、あちこちの支援に入る戦い方にファンがついたし。皇族、ルックスも悪くない、プローム機も映える、腕も立つ」
「つまり?」
「ライバル増えるわよ、この先間違いなく」
断定したサキの言葉にユイはがたっと姿勢を崩した。
言われてみればそうだ。
今後もこんな感じでファンがついたなら、間違いなく置いてかれる。
「出遅れた……?」
「いいえ、まだ間に合う。きちんと誠意をもって接することと、アイドルとしての活動をがんばること、その姿を見せるのが大事になってくる」
サキが目を輝かせながら言うと、ユイの目も輝いた。
「わかった、がんばる!」
「よくぞ言ってくれたわ、応援するから! もうスケジュール組んどいたから一緒に頑張ろうね!」
手を取り合いながらユイとサキが言う。
それを傍から見ていたレンとミナが何とも言えない表情になった。
「うまくのせられてるよな、あれって」
「まあ、復興活動大事だから。動機が不純でも頑張ってもらわないとねー」
そう言いつつ、広報活動に巻き込まれる二人はやれやれとため息をついたのだった。
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