12. 父親二人
「やめなさい!シュウ!」
ケートスの主砲が発射され、その余波の島の振動がおさまった後でユイは叫んだ。
「エイジスの皇子の言ったとおり、今回は私が独断専行して、遭難したところを拾われたの。彼らには恩義がある。これ以上の詮索は不要よ、その所属も明らかなら、下手な衝突は戦火を招くことになるわ。何より、今の威力は見たはず。迂闊に手を出していい相手じゃない!」
ユイの言葉に、エヴァーレイクが頷いた。
「ユイの言う通りなら、これ以上の戦闘は互いにとって無意味、無益、むしろ損でしかないわね」
黒曜がやれやれというように、頭部をゆらした。
「了解、姫様」
そう言うと、構えていた大刀を下ろした。
『皇子、迎えに上がりました』
ブリッジのフェアリスからハルカの元へ通信がはいった。
「了解、帰投する。後ろ青紫のプローム、ベージュのプロームは我が国の賓客だ。一緒に回収を頼む」
『了解』
返事が返ってくると、5機のプロームが地面の重力から解き放たれ、浮かび上がった。
「おおっ!?」
「えっ!?」
驚くケンジとカナタにサコンが声をかける。
「心配めされるな。島に引き寄せるだけでござる。搭乗したまま動かないでくだされ」
浮かびあがった機体をユイが見つめている。
ハルカは何か声をかけたいと思ったのだが、形式的なことしか言えないことに気づく。
考えた末、絞り出した言葉を告げる。
「さようなら、サザン貴族院の姫、無事に送り届けることが出来てよかった」
「ありがとう、エイジスの皇子殿下」
ユイも同様に返す。
ああ、そうか、とハルカはそこでようやく世界を敵に回すことがどういうことかを理解した。
昨日まで名前を呼んで、一緒にごはんを食べて、プロームの腕を競って、喧嘩もした相手と、互いにもう気軽に名前を呼ぶことができなくなってしまったのだということを。
内心切なさを感じつつ、機体はケートスに向かって上昇していった。
主砲が発射され、去っていったエイジス諸島連合の勢力の飛空挺を見送りつつ、アナンはふう、とため息をついた。
他の参加者もエイジス勢が去った後、蜘蛛の子を散らすように退散した。ほとんどの機能を使えなくなったので、天空会議場は放棄されることだろう。
放棄される前に待ち人がいたので、アナンはこの会議場に残っていた。
動きの多い会議であったため、情報を整理するために陽の落ちゆく空を眺めつつ、一人つぶやく。
「エイジス諸島連合皇国、ね…」
資料を渡されたときには、イツキのことを穏やかな学者肌の人物だと思っていた。ケイオスの危険をデータから示して、戦争を回避しようとしていたのだろう。
「だが、残念ながらその方法は場違いだった」
会議に参加していたのは戦争容認派がほとんどであり、エイジスを吊るし上げるための会議といっても過言ではない。それをイツキもわかったようだった。
だから、一方的に攻められる状態に対して抵抗するために一勢力として名乗りをあげ、武力を見せつけねばならなかった。
「宣戦布告をしていたが、あれは戦う動機を与えるためではない。警告するための後ろ盾を身内に与えて、相手を牽制するためのもの…」
先に仕掛ければどのような目に合うのか、どのような武力が返ってくるのか全世界レベルで放映された。それにより相手が攻め込むのを躊躇するようになる。結果的に言えば他勢力から攻められにくくなったということだ。一方で、世界を敵に回した、ということでもあるが。
イツキの意図を読んでアナンはうむう、とうなった。
「とっさだったとはいえ、あの会議であそこまで自分のペースに持っていくことができる機転は、惜しいなあ。あの分析力といい、ぜひとも引き入れたいものなのだが…」
ただ、一点アナンにはひっかかることがあった。
会議の前半と後半でのイツキの態度、いや、纏う空気の違いと言ったほうがいいか、それが明らかに異なっていたことだ。
宣戦布告をすることも、名乗りをあげることも周囲からのプレッシャーを考えればある種の流れとして仕方なかったことだろう。
しかし、それにしてはエイジス側の付き添いの老人が一喝したあとから、威厳を持った雰囲気に説得力があったのだ。演技的でありながら、まるでそのようにすることが自然であったかのように。
一方で資料を渡してきたときの穏やかな様子も素のように思える。まるで勘を狂わせるような感覚なのだ。
「あの宣言、あのエイジスの代表の発言に説得力が生じたのは精神束縛による影響」
アナンが考え込んでいると、突然別の少女の声が割り込んだ。アナンが視線を向けると、そこには白髪に長く白い兎の耳を持つ半透明の少女が浮かんでいた。
「イリス……」
「エイジスの皇族はみんな途中から、精神束縛を受けていた。それを受けているものの発言は人の認識を狂わせてしまう。為政者として説得力を持たせるために。代わりに、自由を失い、フェアリスが与えた役割以外のことができなくなってしまうけど」
白い兎耳の少女型のフェアリス、イリスが眠そうな目をしながらぽつぽつとエイジスの人々の分析を話した。
「なるほど、それが以前言っていた精神束縛による効力か。大抵すでに何かしらかの精神束縛を受けた状態で会っているから差異を感じたことはなかったが、有るのと無いのとではこうも影響力に差が出るものなのだな……」
そう言い、イリスのいる辺りをアナンは撫でた。ん、とイリスが眠そうな声で応じる。
惑星オービスで政治に関わっている者のほとんどは、すべからくフェアリスの干渉を受け、大なり小なり精神束縛を受けているとイリスから説明されていた。アナンについては担当となったイリスから、そんなことをしたくないと打ち明けられ、その干渉から逃れている。
だから、他の為政者よりも一歩引いた視点で自国の情勢や他国の情勢を俯瞰することができ、その政治的な動きが泥沼の戦争になだれこもうとしているように操作されていることにアナンは気づいた。
せめて、サザンだけでも戦争を回避できないかと奔走し、気が付けば貴族院主席の座についていた、という有様だ。
撫でられながらイリスがぽつりとつぶやく。
「ねえ、アナン。サリのことはユイに言わなくていいの? サリもフェアリスによって精神束縛をされているのに」
イリスの指摘に、アナンの表情が一瞬固まると険しいものになった。
取り戻そうと様々な手を打っているが、アナンの中にはサリに対して一つ疑念があり、それが迷いとなっていた。
操られているとわかっていても、サリが実はアナンや家族に何か隔意を持っていないと言い切れないとしたら……。
安易に娘に希望を与えて裏切られような残酷なことはしたくない。
「言わなくていい。こんな迷いを持つのは私だけでいい」
アナンは無言で首をふり、たばこの火をつけ、陽が完全に沈んだ空を眺めた。
サザンの紋章が入った飛空艇が一機こちらに向かってくる。緊急信号やシュウからの連絡で娘の無事は知っていたが、窓から実際に娘の顔が見えて安堵する。
自分は父親であり、一つの勢力の代表者だ。
家族を含めた民衆と国を守らなければいけない。
「精神束縛を受けているなら、その裏には何かしらかのフェアリスの意図がある」
アナンは今まで精神を操作された政敵と戦ってきた。そのため、精神束縛がどれだけ厄介で忌まわしいものか理解しており、警戒心と憎しみは強い。
「どれだけ素養があったとしても、こちらが信じたい気持ちがあったとしても、精神束縛を受けた傀儡なら…」
言葉を切ると、夕空の彼方をアナンは睨みながら断言する。
「私たちの敵だ」
天空会議場から飛空艇で戻り、即席に作られたドーム状の建物の前でイツキは降ろされた。
ドーム内に入ると、そこにはエイジス勢力下、数万のフェアリスが並び、一つの通路を作っていた。その先には玉座があり、イツキと似た軍服を着た、ケイト、ハルカ、ナノが玉座のそばで待機していた。
内心で無事に再会できたことに喜びを感じつつも、精神束縛の影響から表情を変えることも許されぬまま通路を進む。
世界に変化を起こしたこと。
破壊兵器を行使したこと。
世界を敵に回したこと。
家族を危険にさらし続けること。
決意して行動した先のもう戻ることのできないいくつかのことを実感しながら階段を上る。
そしてイツキは家族へと視線を向けてから即席の玉座へと腰をおろした。
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