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CosMOS  作者: 螢音 芳
Chapter.1
10/144

2. 旅路

 日の光が渇いた地表を照らし、砂埃が風に舞う荒野にて、1機の青いプロームが獣を模した異形の生物、ケイオスと対峙していた。

 青いプローム、B3をコクピットから繰りつつ、ハルカはノインやノウェムと話していたことを思い出す。


『ケイオスはケイ素性無精神生命体。彼らにはそもそも、意志、感情というものが存在しません』


 1機の青黒いプロームが突貫してきたケイオスの肉体を長剣で切り裂く。


『単に個体をそれぞれ倒しただけでは、撃破ということになりません。時間が経てば再び出現してしまうのです』


 1体を倒したところで、さらに別の1体が迫ってくる。


『彼らには群れの中心となるコアが存在します。そこから半永久的にエネルギーを個体に放出している限り、彼らは湧き続けてしまいます』

『基本的にコアは物理的接触でないと破壊できない。我等は兵器を作り出したり、建物の建造はできても、それに触れたり、動かしたりはできない。だから、我等は助力を求めたのです』


 迫りくる複数の攻撃を最小限の動作で回避しながら返す刃で2体目、3体目、とB的確に切り裂いていく。青い機体が戦闘した後の周囲には黒い砂や液体のようなものが飛び散っていた。


『彼らはすべての構造物を書き換えて、ケイ素化し、新たな個体を作り出しています』

『ゆえに、奴らは危険。今はその捕食スピードは脅威ではないですが、進化すればどうなるかはわかりません。このままいけば彼らは惑星の全てをケイ素化させるでしょう』


 群れの中に巨大な個体はいない。どこにいる、と思いつつ索敵していると、突然岩の影から巨大な個体が飛び出してきた。


『まだ今はフェーズ1の状態。星の表面の一部の覇権を握っただけ、それならばまだ止められる』


 スラスターの出力をあげ、巨大個体の突進を横にスライドして回避する。


『フェーズ2に至れば、急激な進化を始め、環境の変化に着手します。要するに、コア周辺のすべての物質のケイ素化。そこに至れば、コアを必要としない個体も出現するでしょう』


 B3は巨大個体を翻弄するように左右へと動き、回避していく。巨大な個体がプロームに追いすがろうとするが、その爪はことごとく届かない。


『そして、フェーズ3。惑星の全ての存在がケイ素に書き換えられる。そうなったら、惑星はケイオス以外の生命が存在できない死の星になります。まあ、そこまでいったら、人類はおろか我等も存在できず、死ぬことになるでしょうね』


 じれったそうに巨大個体がB3のことを追いかけてくるが、その個体の動きがわずかに鈍くなってくる。


『けど今はフェーズ1の状態。ケイオスの個体もコアから離れては長く活動はできません』


 弱ったケイオスが追いかけていたB3へ踵を返すと走り出した。それを見逃さず、今度はこちらが追いかける。


『そこで、あなた方人類の出番です。コアを見つけて、物理的攻撃でたたくのです。コアが破壊されればコアからエネルギーの供給を受けていたケイオスは活動を止めるのです』


 ケイオスの個体が逃げた先には、暗い紫色の水晶のような構造体が浮かんでいた。

 ケイオスの走るスピードが速くなる。だが、その脇を細長い物体が駆け抜けた。

 ハルカが操縦するB3の投げた青い刀身がケイオスを追い抜きコアに突き刺さる。長剣を中心にコアにヒビが走ると、破砕音を立てながらコアは砕け散った。


 コアが砕けたのを見て、ケイオスが身体を翻しB3に襲い掛かる。最後の抵抗、とでもいうように。

 だが、その牙がB3へと迫る前に、黒い体がざっと砂のように崩れると、地面にずしゃりと、と音を立てて荒野の大地へと落ちていった。



「お疲れ様です」

「お疲れ」

 ケイオスとの戦いを終えて戻ってきたハルカが、B3を解除して剣の素体状態に戻しながら、イツキに声を返す。

「まったくなんなんですか、あの最後の攻撃は。本来あんな扱いをする武装ではないでしょうに」

 後ろからついてきたノインの抗議にハルカが思わず苦笑いする。

 最後、リーチが足りなかったので思わず長剣を投げてしまった。雑と言われても言い訳のしようもない。


「確かに、剣という性質上、身軽さを生かす戦闘がメインになるのでしょうが、まだまだ補給が足りなくてスペックを生かし切れてないですからね」

 先ほどの戦闘の様子から察したイツキがフォローする。

「それでも、だいぶ動きやすくなったよ。ゲームの時の操作にほとんど近いんじゃないかな」

 ノイン、ノウェムと出会って早1週間。トレーラーを双子に作ってもらい、ケイオスのコアを破壊しながらあちこち旅をしていた。

 ケイオスから得られた素材から、イツキがパーツのイメージをノイン、ノウェムに伝えて元素変換で精製してもらい、プロームを強化する。

 戦闘データをもとに駆動周りのシステムも効率化して、ハルカが戦闘してその結果を評価して修正、そして再びケイオスと戦闘してデータ収集する、その繰り返し。

 地味ではあるが、修正と実戦のサイクルは着実に機体の性能と戦闘の効率を向上させていた。

「まさか、わたしたちが考案したプロームを理解して強化しつつ、プログラミングの見直しもできるとは思わなかったのです」

「まあ、もともと機械に関連した仕事をしていましたからね。それに、操縦者がきちんと機体のスペックを理解して最大最小動作で動いてくれるのでいつもいいデータがとれるんですよ」

「カスタマイズしたら、いろいろ試したくなるからね」

 強化したプロームを慣らし運転もせずぶっつけ本番でやっているのだが、ハルカは確実にスペックを理解した駆動をする。

 無理な挙動をしても修理可能な範囲でおさえることもできている。そのため、強化→稼働→データ収集→修正というサイクルを早いペースで行うことができていた。

(他の陣営の情報を得てはいますが、ここまでゲームに近い挙動を再現しているところはまだ報告があがっていないのです)

 ノインは仲間から得た情報をもとに、思いに耽る。

(地球での記憶というアドバンテージはあるにしても、この強化の早さは恐ろしいものを感じるのです。親子ゆえの連帯なのでしょうか? それとも……)

 ノインは数日前にイツキと会話しているときに言われたことを思い返す。

 進歩とは喜怒哀楽なくしては成り立たない、と。

 見れば、2人とも楽しそうに話していた。

 他の陣営では彼らよりも遥かに多い技術者、操縦者、そしてバックについているフェアリスがいるというのに、誰もまだ彼らのレベルに追いついていない。

 その理由が、この彼らの笑顔にあるというのだろうか。

(だとしても、ゲームは我らの予測する最大スペックでプロームを操縦できるようにしています。そのゲームに近いというならば、これ以上の強化はあり得ない)

 そう、進歩には必ず天井が存在する。いつかは限界にたどりつくのだ。

「そう言えば、ハル。この機体、スラスターの出力がまだまだ上げられそうなんですが」

「え、そうなの?」

自分の予測をいきなり覆され、ノインが驚愕する。

「ま、待ってください。今積んでいるスラスターが上げれるのは、耐久性から考えて今の数値が限界値のはずです!」

「ノインとノウェムが作れる素材では今が限界でしょうね。ただ、ケイオスを討伐することによって、さらにいい素材が手に入りました。これならスラスターの改良に踏み込めそうです」

「ケイオスの素材、ですか?」

「これ以上出力を上げると関節部分が根をあげてしまいますが、弾力と収縮性に富む、いわば筋肉に近い役割をする素材が手に入ったんです。これがあればスラスターの出力をあげても制御できるようになります」

「ということは…」

「それはできてからのお楽しみってことで」

 そう言うと、いたずらっ子のようにイツキは微笑んだ。むー、とお預けされ、ハルカの表情がふてくされる。

 一方でイツキの言葉を聞いて、ノインは信じられない気持ちになっていた。

 これ以上あげられないと予測されていた機体のスペックを向上させる?

 そんなことが可能なのだろうか?

 仲間が算出した計算結果のほうをノインは信じている。

 しかし、どこかでこうも思うのだ。

 限界を超える、その光景を見てみたい、とも。

「ただいまー」

「食料を取ってきたよー」

 そのとき、自動小銃を担いだケイトとバックパックを担いだナノ、それにノウェムが戻ってきた。ちなみに、自動小銃もバックパックもノウェムが作ったものである。

 ノウェムはげっそりとした表情を浮かべていた。

「いくら、危なくないからっていきなり食べなくても」

「そうはいっても、私たちも死なないわけでしょ?それなら、いろんな食材を試してみないと」

 ノウェムの呆れた声に対して剛毅にケイトが微笑んだ。

 痛みなどの感覚はあるが、激しく損傷しても身体は修復可能であるとノイン、ノウェムから説明を受けている。

 同時に、それゆえに飢えや渇きもなく、補給がなくても活動可能であるとも。

「そもそも食事の必要はないのに」

「そうかもしれないけど、おいしいものを食べる楽しみはあったほうがいいから。それに他の惑星で活動するとか、こんな経験滅多にないしね」

 ケイトがそう言うようと微笑んだ。

 ナノがバックパックの中に詰まった成果をハルカに見せる。

「おにい、今日は果物が取れたからパンケーキみたいなデザートっぽいごはんでもいい?」

「ベリーっぽいのが多いな。あと、南国っぽい果物も混ざってる。よくとれたな」

「お母さんが狙って落としてくれたから取りやすかったよ」

「じゃあ作ろっか、手伝うよ」

 そう言うと、兄妹2人で格納庫を兼ねたトレーラーの中に入っていった。

 ノウェムが青ざめた表情でノインに近づく。

「姉さん、この人たち怖かったです。平気で蛇のいる穴に手をつっこんだり、虫の巣を落としたり」

「ケイトさんもナノも野外活動を恐れない珍しい性格をしてますからね」

 イツキが苦笑しながら言うと、気になったノインが問いかける。

「なんとなく、ここの家族って役割が逆転してると思うことがあるのですが」

「……人間、得意不得意でやってたら、古い家族の役割にしばられていられませんよ」

 そう言いつつも、イツキの目が泳ぐ。

 素でたくましいケイトに、男として思わないところがなくもないようだった。



次の投稿は3/4を予定しています。

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