1. 旅の始まり
7/6、土曜日。休日の渡瀬家のリビングルームでは、テーブルを囲むように家族4人で集まっていた。
「というわけで、実験に協力してもらいたいな、と思いまして」
家長であるイツキが家族に対してにこにこと穏やかな笑顔を浮かべながら集まってもらった理由を説明する。
「せっかくの休日に予定入れないでくれって言われたから何をするのかと思いきや……」
足をぶらぶらさせながら、11歳の長女ナノがぼやく。
「まあまあ、たまの休みの時ぐらい、いいんじゃない? こうして4人揃うっていうのもなかなかないし」
母親のケイトが苦笑しながらナノに対して話しかける。
イツキは宇宙開発関係のエンジニアで、ここ半年ほど大きなプロジェクトに携わっていたために休日も仕事になることが多かった。ケイトは《《おおっぴらに言うことのできない》》パートタイマーの仕事をしているが、急な呼び出しにあうことがあり予定を合わせづらい。ハルカにしても、ゲームの付き合いがあったり、ナノも友達と遊びに行ったりする。
休日にこうして4人が揃うのは久しぶりのことだった。
「ごめんなさい。旅行の予定とか立てたかったんですけど、長期休暇の目処が立たなくて……」
申し訳なさそうにイツキが言うと、ハルカが首を振った。
「ううん、父さん、大丈夫。無理する方が危ないし、ね」
意味ありげにハルカがナノに視線を向けると、兄の言わんとすることに気づいて、はっ、と反応する。
「うん、お父さん数日徹夜明けとかした後に運転する方が危ないから」
気遣う子ども達の様子に、イツキががっくりと項垂れた。
以前、旅行に出かけようとして、車を運転した矢先に事故ったことがあったのだ。
「代わるって言ったんだけどね。がんばり屋さんのところがかわいいんだけど」
くすくすとケイトが温かい微笑みをうかべながらフォローを入れる。妻にまで言われては、ますます頭が上がらない。
「それで、話を戻しますと、学校教材用のプラネタリウムのプログラムを作ったので試したかったんです!」
恥ずかしさを隠すように、イツキが強引に話を進める。
リビングルームの机の上には、パソコンとネットワークフルダイヴ用のヘッドギアなどの機材が置かれていた。
「職場で試作品の作成を頼まれたんです。ゆくゆくは、学校に売り出すみたいで、そのモニタリングをお願いしたくて」
「それはわかるけど、なんでうちで?」
ハルカが不思議そうに問いかける。モニタリングをするなら、それこそ職場の方が専門的な意見を得られるはずだ。
「うちには、小学生も中学生もいるじゃないですか。けっこうリアルな宇宙空間作ったので酔ったりしなければいいなと思いまして」
「ナノはともかく、たぶん俺はゲームで慣れてるから、サンプルとして向かないと思うよ?」
“CosMOS”がロボットを操縦するゲームなので、揺れは当たり前のようについてくる。それをかれこれ2年もプレイもしているので、三半規管が鍛えられているのは確かだ。
「まあ、君がだめなら大抵の人はだめってことがわかりますから」
「それはそれでひどい言い分だね……」
イツキの言葉にハルカが引きつった表情を浮かべた。
できれば、数値とかデータを出して一度テストしてからもってきてほしい。一応、安全性についてはテストしているだろうが、快適性は二の次にしているんじゃないかと疑ってしまう。
そんなこんながありつつ、イツキから簡単な説明を受けた後で家族全員でネットワークフルダイヴ用のヘッドギアを装着する。
凝り性なイツキが作ったプログラムなので、酔いなどの難点はともかくとして、よく出来てはいるのだろうな、と3人とも期待はしていた。
「じゃあ、スイッチ入れますよー」
そう言うと、イツキはヘッドギア越しにパソコンからプログラムを起動させた。
起動した瞬間、ハルカの視界が暗転する。
身体が浮遊し、直後に遊園地のフリーフォールに乗った時のように、内蔵が浮きあがり落ちる感覚に襲われた。
上を見上げると、満点の宙と星々の光が見える。
いや、作ったにしては、リアルが過ぎる気がする。何より、身体が落下している感覚が止まらない。
そこで、ハルカは違和感に気づいた。
(落ちているんじゃない、何かに引っ張られている!)
一瞬驚きで混乱するが、ダイヴしているときは緊急用のコマンドが表示できることに気づいて操作しようと指を動かす。だが、フルダイヴ状態であるのに、コンソールが出てこない。
家族がどうなったか気になるが、声もメッセージも出すことができない。
引き寄せられる感覚に身体が慣れてきた頃、ふっと急に周囲の景色が消え、暗闇の世界になり、見えるものが彼方の星のみになる。
イツキから、実際光の速さで移動すると、人体としては視界をせまく感じる、と聞いたことがある。
(ということは、今光速で移動してる、のか?)
そう思ったのもつかの間、再び視界が広がり、周囲に星の光が瞬く。
ふっと背後を見ると、地球に似た、巨大な青い星がせまっていた。
(星に落ちる)
紺から白、白から水色、そして水色から赤に視界の色が変わり、大気圏を抜けていく。
(燃えて、落ちていく……)
宇宙空間の光速移動、大気圏の突破という衝撃的な光景の連続に耐えきれず、とうとう少年の意識は白で埋め尽くされると同時に、途切れた。
◇
ぴちゃん、という音とともにしずくが頬に当たる。
「ん……」
ハルカはゆっくりと目を開けると草の緑が見えた。
いつの間に屋外に来たのだろうか。
疑問を浮かべながら体を起こすと草だけではない、森の木々の緑が見えた。草を掴むような感触だけではなく、植物独特の匂いが鼻腔へと届く。
ぼんやりとしていた意識を少しずつ回転させる。
(最後の記憶はたしか、家族でプラネタリウムのテストをするためにネットワークフルダイヴ用のヘッドギアをつけて……)
そこではっとした。顔の周辺に触れてみるが、何も触れない。
ならば、フルダイヴしたままか、試しにコンソールを呼び出す、宙に人差し指で押す動作をしてみるが反応はなかった。
まさかと思いながら自分の腕をおもいっきりつねる。
本来、フルダイヴをしていても、ペインコントロールされているため痛みは感じないはずである。しかし、はっきりと痛みを感じ、肌には赤い痕が残った。
つまり、現在の風景も、感触もまぎれもない現実ということだ。
そうなると、次の心配は、
「ナノ……、父さん、母さんは?」
気づいて立ち上がると周囲を探す。すると、草で隠れてはいたがあまり離れていないところに倒れている家族3人を発見した。
ハルカに起こされたイツキ、ケイト、ナノは気が付いた後、何が起こったのか情報を整理することにした。
「ネットワークフルダイヴしたら、見知らぬ場所にいた、ということですね」
「ちなみに、父さん、ダイヴしたときのあの光景ってプログラミングしたもの?」
「あの光景、とは……?」
イツキに問われ、ハルカは宇宙空間から光速で移動し、星に落ちるまでの光景を説明した。
「よくそこまで意識が保てましたね、僕は光速移動した瞬間に意識が飛びました」
「私は落下する感覚に耐えられなかったよ」
イツキが感心したように言うと、ナノが同意するように言った。
「私も、光速移動のところまで。戦闘機のシュミレーターにのせてもらったことはあるけど、あそこまでひどいGを経験したことはなかったなぁ」
ケイトが言うと、ハルカは自分が思いのほか、浮遊感などに慣れていたことに気づかされる。
「ですが、あんな危険なプログラムを組んだ覚えはないです。特にダイヴして最初の宇宙空間は明らかに僕の手で作り出せるものではありません」
有り得ない宇宙空間とその移動の光景。気がついた後からのフルダイヴの仮想的な感覚ではなく、現実的な感覚。
それらの情報は、異常な事態に家族4人とも巻き込まれたことを意味していた。
◇
変な事態に巻き込まれたのは確かだが、話していても埒があかないので家族4人で周囲を探索することにした。
誰か人に会えること、もしくは家など建物にたどり着けることを期待する。だが、歩いて見渡せども木々や草ばかりで終わりは見えない。
気づけば、日が中天からやや傾いてあと1時間程度で夕方になろうという暗さになっていた。
「いつの間に……」
焦りを感じてイツキがうめく。
日の傾きから計算するに、5時間以上歩きづくめということになる。いくら突然の事態に緊張しているにしても、動きすぎた。このままでは体力が尽きてしまう。
「ハルもナノもだいじょうぶですか?」
「全然大丈夫」
「うん、おなかも全然すいてないし」
心配するイツキに対し、けろっとした様子で2人が話す。気遣っているわけでもなく、本当に空腹や疲労を感じていないような様子だ。
「イツ君、やっぱり何か変だよ。訓練された特殊部隊でも流石にこの時間まで森で活動してたら休息を必要とするはずなんだけど、疲れもないもの」
確かに、イツキ自身も体の疲れや飢え、渇きを不思議と感じていなかった。
「なんだか、変な感覚ですね」
飢えや渇きとか生きるのに必要な感覚はないが、痛みとか触覚とかは普通にある。飢えや渇きはダイヴしてても感じるものだが、感じないとは何ともちぐはぐだ。
「身体が別の何かに置き換わった? そんなまさか」
「イツ君、推測もいいけど、とりあえずどうしよっか?」
心配そうにケイトがイツキのことを見る。
休息を必要としないのは強みだが、夜にどんな生き物が出てくるのかわからないのは恐怖だ。特に子どもがいる状態で夜の闇の中を歩き回るのは危険すぎる。
「もう少し歩いて、泊まれそうなところを探しましょう。夕方になったら、あきらめて野宿の準備をします。獣とか、どんなものが出てくるのかわからないので」
イツキが方針を決めると、3人ともうなずいて再び歩き始めた。
◇
森の中を探索する家族4人。
それを遠くから眺める視線が2つあった。
「ノイン、どうしましょうか? まさか、記憶を残していた人類がいたなんて」
「ノウェム、慌てないでください。見落としていたにしても、相手はたったの4人です。例え事実に気づいたとしても、彼らだけではどうしようもないはずです」
こそこそと話す声は少女のもので、影はまるで鏡合わせのように瓜二つである。
「確かに姉さん、きっと体は疲れなくとも精神が疲れて倒れるか、心が折れるかになるでしょうね」
「ええ。そうでなくとも、人類で徒党を組もうにも、もう、フェアリスの手の上で権力争いをしています、元とは違う関係性で。異質な彼らの存在はどこの勢力からも受け入れられないはずです」
瓜二つな影、双子が同時にうなだれる。
行く先のことを思いやると、4人の家族のことがあわれなように思えた。
「ちなみに、この4人はいったい何なのでしょうか?」
白い方の少女、ノウェムに問われて黒い方の少女、ノインが目を閉じて何かに思考をアクセスする。すると、途中で驚いたように目を見開いた。
「どうやら、おもしろい経歴の持ち主みたいですね。家族とありますが、それぞれ異なる技能を持っているようです」
「姉さん、どうするのですか?」
「そうですね……ひとつ、試してみましょうか」
そう言うと、ノインは彼らが目指す先の方の森の開けた区画へ視線を向けた。
◇
4人が歩いていると、木々の合間にいきなり、巨大な建物が現れた。
木々の合間から建物の影も見えなかったはずなのだが、突然、という言葉がしっくりするほどその建物は目の前に現れた。
建物は白塗りのトタン屋根で何かの倉庫を思わせるような塗装が施されている。
怪しい建物に違いはないのだが、野宿をするよりも幾分もマシであるため、4人でおそるおそる建物の中に入った。
ドアを開け、入った途端に、中の灯りがいっせいにつく。
中は格納庫のようであり、そこには、巨大な構造物が鎮座していた。
「なんで、これって……」
それを見て、ハルカが驚きの声をあげる。
「CosMOSで使ってたプロームがなんでこんなとこに?」
青を基調にした前進鎧のような機械の身体、両腕と両脚に施された黒の装飾ライン。その機体は見間違えるはずもなく、自分が大会用にチューンナップしていた機体〈B3〉であった。
「CosMOSっておにいが遊んでたネットゲームの……だよね?」
「そのはず、だけど」
ナノの問いかけにハルカが戸惑いがちに答える。
2人に構わずイツキがつかつかと近づき、プロームに触れる。
「ちょっイツ君!?」
驚いてケイトが言う。しかし、イツキは聞こえてないようで呟き始める。
「関節部分の構造も現実的。衝撃吸収用のパックと高速移動用のスラスターもついている。素材も、調べてみないとわからないですが、普通の合金ではなさそうですし……」
叩きつつ様々な角度から見ながら、専門的な推測を述べていく。
その様子を見て、3人とも悪い癖が出た、と思う。
イツキはこういった機械を見ると興味がわいて集中して検証してしまうのである。遭難に近い状況でそんな悪癖でないでほしい、とは思うのだが。
そんな家族の思いをよそに、イツキはプロームをながめていく。
見れば、巨大なプラモデルというわけではなく、明らかに活用、それも軍事的に使用することを前提に作っているものだとわかった。
うん、と一つうなずくとイツキはハルカの方を向いて問いかける。
「ハル、これ動かせそうですか?」
「動かすって……これ!?」
「はい、さっきプロームって言ってましたよね。見たことがあるなら、動かせるかと思って」
それは、あくまでゲームの中での話であってまさか、現実で動かせると思ってない。
「そんなまさか、ゲームじゃないんだよ? アクティベートって言って起動するわけ……」
その瞬間、機体の青い塗装部分が光ったかと思うと、ハルカの姿が掻き消えた。
「ふえっ!?」
「ハル!?」
突然消えたハルカにナノとケイトが驚きの声をあげる。
イツキも一瞬驚くが、辺りを見回すと、作業机の台にタブレットPCが置かれており、スイッチを入れる。
『なにこれ!? コックピッドの中まで同じ!?』
タブレットPCからおそらくプロームの中にいるであろう、ハルカの音声が流れた。
「もしもーし、聞こえてますか?」
『父さん?どっから話してるの?』
「こっち向けますか? ちょうど君の足元あたりの作業机のあたりなんですが」
ハルカがそう言うと、プロームの頭部の部分が向きをかえ、ちょうどイツキのいるあたりの作業机を見た。
視線があったことに気づくとイツキはうなずいた。息子はどうやら、ゲームでの経験をもとに動かすことができそうである。
「じゃあ、ちょっと動かしてみてもらっていいですか?」
◇
格納庫に着いてから1時間が経過し、あれやこれやと実験するように2人でプロームを動かしていた。
さすがに女性陣は飽きてきており、特にナノは精神的に疲れたのか眠そうに舟をこいでいる。
そのとき、ケイトが外のうなり声に気づいた。
「何?」
イツキとハルカは話していて、気づいていないようだ。
ケイトはそっとナノを壁によりかからせると、格納庫内のはしごをのぼる。窓から外をうかがうと、外には夜の森に佇む格納庫を黒紫色に触手をまとわりつかせた巨大な四足歩行の犬のような生物が取り囲んでいる。
そのうちの1体がまさに格納庫の扉に突撃するのが見えた。
「ハル! イツ君!」
ケイトが叫ぶと同時に、謎の生物からの突貫に耐えきれず、格納庫の扉が吹き飛んだ。
砂埃をあげてたたずむ黒紫の獣をハルカがプローム越しに視界に捉える。
「あれは……ケイオス!?」
見覚えのある姿に驚きで叫ぶ。
それはハルカにとっては見慣れたゲームの敵役だった。
唸り声をあげて飛びかかってきたので、ゲームの時と同様に迎え撃つ。
コンソールに触れ、体勢を段階的に変え、迫りくる爪や牙、他の数体とのコンビネーション攻撃をかわす。
緊張しているせいなのか、いつもよりも機体の動きが遅い。ハルカが汗をぬぐう。
B3の握っている武器は長剣。こちらから間合いを詰めるか、カウンターを仕掛けるかしないと攻撃は当てられない。
(ただ、今の操作感覚じゃとてもじゃないけど、格納庫から引きはがすことしかできない……!)
機体が思うように動かない口惜しさに歯噛みした、その時。
「何をやってるんですか?」
突然どこからともなく少女の声がハルカに話しかけてきた。
「誰?」
「そんなことはどうでもいいでしょう? ほら、また突撃がきますよ」
冷めた声が警告したとおり、ケイオスの1体が機体にせまり、それを紙一重で機体の向きを変えてかわす。
「まったく、こんなものですか? CosMOSのトッププレイヤーに名を連ねておきながら」
やれやれと呆れたように声の主が言った。その言葉にかちんときて、ハルカは叫び返す。
「そうは言っても、バランス補正もなく、おまけに駆動系もゲームよりも数段階低かったら動きようがないよ!」
ハルカからの反論に、え、と声の主が間の抜けた声をもらした。
「そ、そんなはずは、完璧に再現したはずですよ?」
「そうは言っても事実そうなんだから。バランス制御とか視点修正とか自動でやってくれてたのに、手動で直しつつやってたら、攻撃までの操作をする余裕なんてなくなる!」
言いつつ、青い機体はまた攻撃を避ける。
少年の言葉に少女の声の主、ノインは驚いた。
本来ゲームには組み込まれていないバランス調整や視点修正の操作を手動で操作していたのだ。
そのせいもあって動きが鈍かったのだろう。それで攻撃を一撃も受けていないだけで大したものだ。そして、避けつつ確実に格納庫から引き離すように動いている。
「これは、修正しないといけませんね」
少女の声が響くと、コクピット内のモニターの一つが突然光った。そこに黒い猫のデフォルメされた顔だけのドット絵が表示された。表示の下にはノイン、と文字が書かれている。
「バランス制御など本来、自動で行っていた機能はこちらで行います。あなたは操作に集中を」
「何を?」
「来ますよ!」
ハルカの問いかけを無視してノインが叫ぶ。
やりとりをしてる間にケイオスの1体が迫ってきていた。
言われたとおり、ハルカは普段ゲームで行っているような感覚で操作をする。
すると、少年の操作を受け、B3はまるで人間が動いているかのように関節部分をしならせながら、さっきよりも余裕を持って牙によるかみつきを回避した。
「さっきよりも、動きやすくなってる」
ハルカが動作制動の違いに感嘆の声をあげるが、驚いたのはノインの方だ。まさか、1回で修正した動きに合わせてくるとは思わなかったのだ。
その時、ノインはもう一体襲いかかってくるのを機体のセンサーを通じて捉えた。
「ぼーっとしてないでいきますよ! 攻撃!」
「あ、うん!」
今度は迫ってきた1体に対して正面から迎え撃つようにB3が長剣を構える。
黒紫の獣と青い機体が交差する。
単にすれ違ったように、機体の外の3人には見えただろう。
実際は、わずかに機体を移動させ、突貫を避けつつ、すれ違った瞬間に剣を振りぬいていた。
結果は、通り過ぎて数メートル移動したケイオスの身体が縦に裂けたことで証明されていた。
「すごい……」
イツキが思わずつぶやく。
先程から誰かわからない人物とやり取りしていたようであるが、機体の駆動が修正されたことが推測された。
修正した機体の動きに、そうそうすぐについていけるものではないのはイツキもよくわかっている。にもかかわらず、見事に微調整された機体をハルカは即座に合わせて使いこなしていた。
いや、感心している場合ではない。
イツキはできるサポートはないかと周囲を見回す。
すると、作業用のクレーンが天井から吊り下がっているのが見えた。
「ケイトさん」
「どうしたの?」
「こちらに降りてきて、手伝ってください」
戦闘している様子を見ると、B3が着実に数を減らしているが、離れたところで攻撃に参加してない個体がいるのをイツキは見抜いていた。
◇
ハルカはケイオスの群れをやや大きめの1体を残すまで追い詰める。
ゲームでもフォーマンセルぐらいで襲い掛かってくる個体で、最後の1体が体力を温存して襲い掛かってくる。そして他の個体よりも戦闘力が高いから厄介なのだ。
狡猾な戦い方に攻めきれず、歯噛みしていた、その時。
「ハル!」
遠くで誰かが呼びかける声が聞こえた。
声の方へ青い機体が振り向くと、格納庫の方でイツキが手を振っていた。
まずい、そう思ったときには、気づいたケイオスが格納庫に向かってまっしぐらに走っていく。
追いかけるべく、スラスターの出力をあげようとするが、一瞬光ったのみで止まってしまう。
「エネルギ―が足りません!」
ノインが警告の声をあげる。ハルカはちっと舌打ちをして、脚部を駆動させて、走る動作を選択する。
ケイオスが迫ってくるのを見て、イツキが走って奥の方に逃げる。人型の機体と4足歩行の巨大な獣では速度は断然に違う。
ケイオスは格納庫の前までくると、跳躍し、そのままイツキの方に襲いかかる。
吐息がかかるほど目の前に黒い顎が父親へと迫らんとする。
ぢゃらっという音とともにケイオスの足元にあった太い鉄の鎖が巨体に巻き付く。
太い鎖はあっさりと、その巨体を持ち上げた。
「ケイトさん、ナイス!」
イツキが壁の方を見ると、パッドモニターを青ざめた表情でクレーンを操作するケイトの姿が見えた。
天井近くまで持ち上げられたケイオスが逃げようともがく、鎖は絡みついているだけなので、少しずつ解れていく。
抵抗に耐えきれず、絡まっていた鎖から、ケイオスが開放される。
だが、それだけの隙ができれば十分だった。
「逃がさないっ!」
宙で回避できないケイオスへ、追いついたB3の振るった剣が下から上、さらに下へ半円の軌跡を描くと、その巨大な身体は切断されていた。
格納庫に切断されたケイオスの体液の黒い雨が降る中、囮役をしたイツキがふう、とため息をついて格納庫に壁によりかかった。
他の個体の気配はなく、ひとまず脅威は去ったようだ。
そこへ、B3から降りてきたハルカが歩みよる。
「なんで、あんな無茶したんだよ!」
「いや、だって、君ががんばってるのに、何もしないわけにはいかないでしょう?」
「けど、そっちは丸腰だろ!?」
「そこは、ほらケイトさんがうまくやってくれるって信じてましたから」
いつの間にかそばにケイトも降りて来ていた、がその表情は青ざめていた。
「信じられても困る、かな。何度か修羅場は経験したことあるけど、さすがに夫を囮にするなんて金輪際やりたくない」
「ま、まあ、うまくいったのでよしということで」
「「そういう問題じゃない!」」
「呑気ですね、あなた方は」
言い合いしているところで別の誰かから声をかけられた。
声の方を見ると、黒いドレスを着た黒猫耳の半透明の少女がB3から降りてくる。
「まだすべての危機が去ったわけではないのに」
「あの、君は?」
呆れた表情を浮かべる少女にハルカが問いかけると、む、と少女の眉根が中央に寄る。
「先ほどまで散々話していたのに察しが悪いですね」
「もしかして、ノイン?」
途中からモニターに表示されていた名前を思い浮かべながらハルカが問いかけると、ノインがうなずいた。
「待ってください、危機が去ってないとは、いったい……」
「姉さん!」
イツキが問いかけたところで別の少女の声が遠くから聞こえた。
見ると、少し離れた格納庫の壁にノインと対照的な白いドレス、白猫耳の半透明の少女がナノのことを見ていた。
「あの、この少女が起きないのですが」
その言葉に慌てて駆け寄り、ハルカがナノの様子を確かめる。耳を口元に近づけると、すー、という寝息が耳にあたった。
「心配ないよ、寝てる」
あれだけの騒ぎなのに寝ている大物な妹に対してやれやれとハルカはため息をついた。
◇
戦闘の後だったため、ひとまず休息をとってから話をすることになり、翌朝。
家族4人と半透明な猫耳少女の二人は、格納庫の作業机に集まって話をしていた。
一応寝れるには寝れたが、疲労感はなく、何も食べたり飲んだりしていないが、空腹感もなかった。
「つまり、君たちが僕らのために格納庫を出現させてくれたんですね」
「そのとおりです」
同意するようにノインとノウェムがうなずいた。
「あなた方には見えないでしょうが、すべての物質はとても小さい粒子からできてるのです。それを少し周囲から取り出して再構築しているだけなのです」
「足りない粒子も同じ質量であれば別の粒子に変換させて補うことができるのです」
ノインとノウェムが胸をそらせて誇らしそうに言う。
「周囲から元素を抽出して再構成しているんですか。にわかには、信じがたいですが、それならこんな変な場所に建物があるのか説明がつきます」
「確かに、いきなりな気はしてたけど……」
イツキとケイトがプロームと格納庫を見ながら呟いた。
「対抗手段もなく、どこかのコミュニティに転移できなかったことで安全が保障ができないと思って出現させました」
「あなたのデータ、戦闘ログについては事前に知っていたので、ふさわしい機体を用意させたのですが」
双子がハルカの方を見る。
「ってことは、この機体はCosMOSで使ってた機体と考えていいの?」
「ええ、最終データは7/6で保存させた状態で止まらせています」
「そこまでご存知なら、もうここがどこなのか察しがつくんじゃないですか?」
ノインに問いかけられ、ハルカが険しい表情を浮かべた。
プローム、ケイオス、だけども現実に近い実感とここに落ちてくるときに見た青い惑星が本物ならば。ゲームの設定を思い出しながら口を開く。
「惑星オービス。ただし、ゲームの中じゃなくて、本物の、ということ?」
「その通りです」
「よかった、察しが悪かったなら、地球人の評価をまた下げないといけないところでした」
ふん、と胸を張りつつ双子が言う。
その時、双子の背後に伸びる尻尾が毛を膨らませながら、小刻みに震えているのが4人から見えた。
「この子達、実は怖がってるのかな」
「精一杯強がってるかもしれないですね」
ひそひそとナノとイツキが話す。
そう思うと、小さい子が頑張って背伸びしているように見え、いらっとするよりもかわいいと思ってしまう。
ごほん、とノインが咳払いをして続ける。
「ハルカがCosMOSのプレイヤーなら、わたしたちのことも、何なのか察しがつくでしょう?」
「……フェアリス。サポートや支援をしてくれる精神生命体」
戸惑いがちにハルカが答えると、双子はうなずいた。
「その通りなのです」
「あり得ないとか話の腰を折らないのでスムーズに進んでうれしいです」
満足そうに言うと、さらにノインは詳細を話し始めた。
「彼の言ったとおり、わたしたちはフェアリスという種族です。身体がないゆえにケイオスの侵攻をおさえられなくて困っていたのです。そこで、地球から人類を移すことを計画しました。本来でしたら、全員どこかのコミュニティに所属するように転移したつもりなのですが、あなた方はイレギュラーを起こして、どこの所属にもなれなかったみたいですね」
「イレギュラー……もしかしてあのプログラムのせいでしょうか……」
ノインの説明に、イツキが呟いた。家族でフルダイヴでプラネタリウムを見ようとしたことが頭をよぎる。だが、どうやってこんな離れた惑星に転移させたのか、なんで体の感覚が一部おかしいのかがわからない。
「あの……」
イツキが質問しようとするとノウェムが、ストップ、というように手を前に突き出した。
「今明かせる情報はここまでです」
ナノがむうっと口を尖らせる。
「それって、さすがに理不尽じゃないの?」
「そちらの言い分もありますでしょうが、こちらもあなた方を信用できる材料がありません」
「はっきり言って、我等種族はあなたがたのことを文化レベルの低い、戦闘しか能がない蛮族とみなしています」
「蛮族……ね」
あんまりな言いようにケイトが苦笑いを浮かべる。
「その通りじゃないですか、身体の欲にしばられ、知的生命体が一種族しかないないのに争っている」
「愚かにもほどがあるのです」
ノウェムの言葉に同意するようにノインがうなずく。
「そういえば、フェアリスが肉体を捨てた理由って、欲を取り払って高次元の存在に進化するためっていう設定だったっけ」
ハルカがCosMOSの設定を思い出しながらつぶやいた。
「そう、あなた方に理解できないでしょう、この崇高な意義が」
「欲を取り除き、より良き精神、道徳をさらに超越した精神的高みを目指す尊さが」
きらきらした瞳で双子が言うが、テンションについていけない家族4人はあいまいな表情を浮かべた。
双子がハッとする。
「あ、熱くなってしまいました。ドン引かれてます、姉さん」
「そうですね、話をもどしましょう」
ノインが気を取り直すように渡瀬家の4人を見た。
「さらに情報が必要ならわたしたちから信頼を勝ち取ってください。ケイオスを駆逐することで」
こうして、フェアリスと名乗る生命体の双子と出会った家族4人の長い長い旅が始まったのだった。
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