第2章 奈菜と出会ったコンビニ(その50)
「支店長は、家内を隣の部屋へ隠しておいてから、娘に直接問い質したそうです。」
「それで娘さんは何と?」
「そんな事実はないと断言したのです。」
「ええっ!・・・・・」
「確かに、よくはしてもらっているが、そんな言われるような男女の仲ではないと。ましてや、妊娠しているなど、有りもしないデタラメです、と。
一体、どこの誰がそんな事を言っているのですか? と逆に問い詰めてきたと言うのです。」
「ほう・・・・。」
哲司は正直驚いた。
マスターは、親は皆、子供はいつまで経っても子供だ、と思うものだ、と言ったが、もし今聞いた話が本当ならば、18歳で社会人1年生だと言っても、どうしてどうしてとてもしっかりとした女性だと感じる。
「それで?」
「支店長も、犠牲者にされたと家内に言われた当の本人が、それは事実無根だと断言したのですから、もうそれ以上は追及できなかったそうです。
まあ、支店長にしてみれば、ほっとしたでしょうが・・・・。」
「でも、娘さんが言われたのは事実ではないのでしょう?」
「はい、もちろんそうです。妊娠していることは、医者からも確かだと聞かされておりましたから。
ただ、親として苦しい立場だったのは、妊娠をさせた相手が、その教育係りの男かどうかは、娘の言葉に頼るほかはなかったことなんです。
まさか、その現場を押さえられたのでもありませんし、証拠写真などがある筈もありませんから。
こればっかりは、いくら家内が支店長に向って間違いがないと言っても、片方の当事者である娘が、そうした事実はないと言うのですから、どうしようもありませんでした。」
マスターは、当時のことを思い出すのか、悔しそうな顔をした。
「でも、どうして娘さんは、本当のことを隠したのでしょうね?
その彼を守ろうとしたのでしょうか?
銀行という組織は、信用が命。スキャンダルは致命傷だと聞いたことがありますから。」
哲司は、聞きかじりの知識だけでそう言った。
「それは、私にも分りません。その後も、娘は、そのことについては一切口をつぐんだままでしたから。
ただ、言えることは、その一件があってから、娘の言い分が通るようになって行ったことは事実です。」
「つまり、それを境にして、娘さんが望んでいた出産と結婚へと話が進んでいったということですか?」
「はい、その通りです。
ですから、親の私たちが口を挟める状況ではありませんでした。」
「それは、凄いなあ〜!」
哲司は、どう考えても、その娘さん、つまりは奈菜の母親が全てを計算して行ったことのように思えた。
(つづく)