第1章 携帯で見つけたバイト(その34)
哲司の作業ピッチが早くなった。
特段、褒めてもらおうとか、頑張っているところを見せたいとかの欲張った気持からではない。
どうやらこの引越し作業も半ばは過ぎたようだ。
部屋から搬出するものは運び出した。
それが今、エレベーターで1階に下ろされている段階なのだろう。
そして、トラックに積み込まれる。
それが手順だと思う。
今は10時50分。
午前中、つまり12時まではあのエレベーターを占有できるのだから、ほぼ順調だと言ってもいいのだろう。
だからこそである。
ここから荷物を搬出する責任を持っている香川主任と全体を統括する及川現場責任者がこうして話をする時間が取れているのだ。
哲司は、何度かしたことのあるこうした引越しのバイト経験から、大凡のところをそのように捉えていた。
で、問題は、これからなのだ。
確かに、荷物を間違いなくこの部屋から搬出するという主業務はほぼ終わった。
後は、最初に香川主任自らも言っていたように、この部屋から「ゴミ」を片付ける事だけが残っていることになる。
それを、哲司とあの山田で分担してやっているのだ。
少なくとも、自分のやり方には自信があった。
だが、そんな哲司から見ていても、あの山田のやり方ではとてもじゃないが産廃業者が持って行ってはくれない。
つまり、「駄目出し」される筈だ。
山田が怒られるのは構わない。
いい気味だとも思うから、それはそれで歓迎したいぐらいだ。
だが、そこから後なのだ。心配なのは。
この運送会社からすれば、その作業のために直轄の従業員を使えない、つまり直営ではやってられないとの思いがある。
それは、今時、どこの業者でも同じように思っている。
高い給与を支払っている従業員には、無駄な作業はさせたくない。
誰でも出来るような簡易な作業は、臨機応変にアルバイトを使えばいい。
それもすぐに集められるように出来るシステムが欲しい。
このように考える。
そこに目をつけたのが、哲司が登録をしているような「携帯電話での求人サイト」なのだ。
そして、自宅にいたままで簡単に仕事が探したい人間にとっても、渡りに船だった。
その結果として、哲司のようないわばフリーターと言われる存在が重宝されることになる。
だが、そのフリーターにもいろいろとある。
哲司自身は、自分が世間で言われるフリーターだとは思っていない。
お金と時間、どちらを大切にするかと問われて、時間をとる哲司なのだ。
「午後の2時からは奈菜と・・・」
これが、哲司の今日の目標なのだ。
(つづく)