第1章 携帯で見つけたバイト(その32)
少しすると、「カシャッ!」という音だけがした。
しゃがみこんでいた及川が傍にいる森本に何事かを言ったようだ。
「よ〜し、OKだ。そのPC運んでくれ。」
森本は振り返って、様子を見るようにしていた他の作業員に向かって言った。
その時、森本は山田の姿をちらりと睨んだようだった。
「それで終わるんだな。」
及川が確認をする。
「はい、残っている段ボール箱は海外へ送るものらしく、うちの引越し対象には入っていませんから。」
それまでどこにいたのか分らなかった香川が前に出てきて答える。
要領のいい奴である。
「よし、じゃあ、後はエレベーターで降ろすだけだな。」
及川が部屋全体を見渡すようにして言う。
そして腕時計を見る。
全体の進捗状況を確認しているようである。
「ところで、香川・・・・。」
及川が主任を呼ぶ。
「はい・・・・・。」
香川は少し不安な顔をしながらも、上司に呼ばれたら仕方が無いとでも言うようにして近づいていく。
及川は、部屋の端に向って歩いていく。
あの配電盤の方向だ。
香川はやや小さくなって付いていく。
そこまで行くと、もう2人が何を話しているのか、哲司には聞こえなかった。
それだけ距離があると言うことだ。
哲司は、そのことを逆に利用する。
「なあ、さっき言ってた、同じ業界って何のこと?」
山田に向って訊く。
だが、その山田は遠くにいる及川と香川の2人の方をじっと見ているだけで、一言も返してこない。
お前とはもう話さないとでも言いたげな顔つきをしている。
そんなことより、あの配電盤の傍まで行っている2人のことが気になるようだ。
「変な事を言わないでくれよ。その業界がどうのって話、俺、関係ないからね。」
哲司はそれだけを言った。
この山田と関わり合いがあるような言い方をされたくはなかったのだ。
「よし、残りをやってしまおう。」
哲司は山田と、そして奥にいる2人にもはっきりと聞こえるように大きい目の声で言う。
残りは、ペットボトルなどの「資源ゴミ」ばかりだ。
量はあっても、案外と手早く出来るものだということは知っていた。
(つづく)