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鎧蟲武神譚  作者: RK
誕生編
4/8

04 三戦

書き終えられたので早めの更新 

2015/6/2 タイトル変更

 バルマー大平原で三竦みの戦いがはじまった。


 大国スルフニエツ。

 エトグラーセ法国。

 そして武神カガリ。


 劣勢となっているのはエトグラーセ法国だ。

 スルフニエツ軍とぶつかり合った直後、横腹を食い破るかのように現れた武神により少なくない被害を受けた。

 兵達は恐慌状態に陥り、指揮系統が乱れ、今も尚武神の振う死神の鎌の如き武技が兵達の命を根こそぎ刈り取っている。

 後背を襲われた形になった前衛は浮足立ち、その隙を狙ったスルフニエツの猛攻によって着実に勢いを削り取られている。

 エトグセーラ法国の蟲者を率いる騎士団長、アルフォンツォは崩壊した戦線と士気を支える為に獅子奮迅の働きをする。

 二又の槍を振いスルフニエツの『蛍』の腹を貫き、一気に引きよせ蹴りを叩き込む。墜落して行く『蛍』に追い付き拳を振り下ろすことで甲殻を粉砕する。

 そして声を蟲の報せに乗せて兵達に支持を出す。


「体勢を立て直せ!!武神といえど一人だ!!『疑蟲者(おちむしゃ)』どもは前線の兵の助成をしろ!」

『アルフォンツォ!来るぞ!!』


 『鍬形』のシュケイがアルフォンツォに注意を促す。その声に弾かれるように反応し、翅で空を叩きその場から離れる。

 アルフォンツォがいた場所へ蛇のようにしなる鞭が空気を切り裂きながら飛来した。

 しかしながら安堵の息を吐くことはできない。回避した先にも危機は迫っているからだ。


「エトグラーセ騎士団団長、アルフォンツォ卿と見受けする!」

「そちらはスルフニエツの新王アードラの右腕、ズィーレン卿だな!」


 『鍬形』の前に『蝶』の蟲者が舞い降りる。

 『蝶』の蟲者は力は脆弱、甲殻もやわい。翅も一回り大きく的になりやすい。

 一見弱点だらけのようにみえるが、普通の蟲者にはない強みもしっかりとある。

 翅はただ大きいだけではない。幻惑効果により距離感を狂わせる。それに燐粉は様々な異常を引き起こす強力な毒だ。

 更には蟲器も剣や槍のようなオーソドックスな武器ではなく、トリッキーな鞭を扱う。

 そういった絡め手は圧倒的な武力であれば押し通すことも可能だ。しかし、相手が巧者であれば猪の様に無闇矢鱈に懐に潜り込もうとすればその術中にあっさりと嵌められてしまうだろう。

 目の前の相手は更にその上を行く巧者。練達の武人ですら掌の上で踊らすことが可能な者なのだ。


「ふふ、そちらはどうやら大変な状況のようだ。ここで貴方を抑えておけば我らスルフニエツの利になろう」

「ふん、ならば押し通るまでよ」


 アルフォンツォはゆらゆらと飛ぶ『蝶』の蟲者、ズィーレンへと吐き捨てる。

 二又の槍を構え、穂先をズィーレンの喉元へと向ける。

 翅を一際大きく羽ばたかせて間合いを殺す。

 必殺を狙った突きはまるで舞い踊るかのように軽々と躱される。それを見越していたアルフォンツォは伸ばしきった腕を引き戻すのではなく横に薙ぐ。

 『鍬形』の膂力で振われた蟲器の二又槍はそれだけでも十分な脅威となる。それが甲殻の軟い『蝶』であれば尚のことだ。


「おっと危ない」

『棒きれをぶんぶんと振り回しているだけの野蛮人の攻撃が我らに当たるはずがなかろう』

「こらこら、ヨウウ。そんな風に言ってはいけないよ。彼だって必死なのさ」


 ズィーレンはアルフォンツォの猛攻をひらひらと避けながら分かりやすい挑発をも行う。

 それが相手の手管だとは分かっていてもアルフォンツォは冷静でいられなくなる。言動の一つ一つがガリガリと武人としての誇りを削って行くのだ。

 アルフォンツォは焦りと苛立ちで動きは単調になっていく。


「こちらは貴様などの構っている暇などないのだ!」

『軟派者めが、真っ向からぶつかってくれば捻り潰してやるものを!』


 猛るアルフォンツォとシュケイ。その姿を見てズィーレンは甲殻の下でほくそ笑む。

 突き、躱す。

 石突での攻撃、躱す。

 薙ぎ払い、躱す。

 蹴り、躱す。

 攻撃を避ける間、ズィーレンは一切攻撃をしない。

 それに対し、舐められたものだとアルフォンツォはますます怒りを顕わにしていく。

 いつの間にか指揮をすることも頭から抜け落ちていることには気付いていない。

 目の前の出来事にしか意識が向かないようになっていく。

 徐々に燐粉の毒がアルフォンツォを蝕んでいるのだ。

 狂わされた距離感と毒により、攻撃も見当違いの場所で空を切ることも増えて来た。

 ズィーレンはアルフォンツォに毒がまわり切ったと判断し、攻勢に転じようと動きだした。

 その機先を制するかのように、アルフォンツォは窮地を打開する行動に出た。


「グオオオオォォ!!!」

『ぐうううううう!!!』


 自らの足に槍を突き刺したのだ。

 視野狭窄に陥っていた思考を強烈な痛みで振り払った。

 そしてクリアになった思考で自らの身体に入り込んだ異物を認識する。知らず知らずに危険な段階まで毒がまわっていた事に驚愕しつつ、蟲者の治癒能力に熱量をまわす。

 強引な方法で自分の掌の上から抜けだされたズィーレンは顔を引き攣らせる。自傷行為は危険である。毒がまわっているとなれば尚更である。

 目の前で起きた出来事はエトグラーセ騎士団の団長を任されている男だからこそでき得た行為だ。他の者であれば自傷行為に行き着いたとしても自らの手で死に至る。もしくは体力の失った肉体に毒がまわり死に至るのどちらかだ。

 しかし、ズィーレンとて武人である。すぐに思考を切り替えて予定通り、攻勢に打って出る。


「ゲオルグ流鞭術蟲技、大蛇落とし」


 空を裂きながら繰り出された鞭。アルフォンツォが咄嗟に左腕を出すことで回避、しかし鞭は左腕を絡め取った。鞭はアルフォンツォの左腕にさながら大蛇に巻きつかれた様な圧迫を与えている。


「ぬう!」

『小癪な!だが我らに力で対抗しようとは片腹痛いわ!』


 巻き付いた鞭を膂力で引寄せる。そのあまりの勢いにズィーレンは体勢を崩しアルフォンツォの方へと手繰り寄せられた。

 その先には槍の穂先が獲物を仕留めようと待ち構えていた。


「そんな分かり切った行動!」

『所詮は思考まで筋肉達磨よ!』


 だが、ズィーレンは手繰り寄せられたように見せかけて自ら飛び込んだに過ぎない。大きな翅を羽ばたき方向を変える。そして勢いをそのままに胸部甲殻を蹴りつける。

 ドンッ、と鈍い音が響き渡り、アルフォンツォは苦悶の声を上げる。更にズィーレンは今度は蹴りの勢いを利用して地面を目指す。

 その際に鞭を地面にたたきつけるように振う。勿論、鞭の先はアルフォンツォの左腕に巻きついたままだ。

 重力の力と蹴りの勢い、そして腕の力によって強制的に落下させられる。姿勢が崩れていたので翅を羽ばたかせることすら覚束ない。


「おおおおおおっ!!」


 雄叫びをあげながら『鍬形』の巨躯が地面へと落とされる。

 その際にエトグラーセの兵たちと、スルフニエツの兵を巻き込み血煙と肉片が舞う。

 叩きつけられたアルフォンツォの甲殻は少なくないダメージを受けている。

 そして地に落とされた獲物に群がるように、『蟷螂』の蟲者が待ち構えていた。


「このままではまずいか…」

『天下の『鍬形』が『蝶』如きに地を舐めさせられるとは…屈辱!!』


 そんなダメージを感じさせないアルフォンツォ。

 猪蟲者の気はあるが、武人としても蟲者としても、小さな大国と呼ばれるエトグラーセ法国の騎士団長を任されているのは伊達ではない。

 ゆらりと立ち上がったアルフォンツォへと、『蟷螂』の二刀の連撃が怒涛の如く振われる。


「甘いわ!!雑兵如きの攻撃、我が身を包む甲殻を貫くことすら不可能だ」

『その軟く軽い一撃など叩き折ってやろうぞ!!』


 連撃の嵐の中、剛腕を振う。それだけで蟷螂の蟲器はへし折られ、腕の勢いを殺すことすら叶わずに吹き飛ばされていく。

 ズィーレンが別格であっただけでアルフォンツォは正面から戦えば敵はいない。

 空ではズィーレンの『蝶』と『蛍』が部下と戦っている。明らかにこちらが劣勢なのは見て分かる。

 しかし、地上もまた看過できない。空は優秀な部下たちに任せ、アルフォンツォは地上の敵をどうにかすることにする。

 アルフォンツォは二又の槍を分割し、両手に持つ。これが本来の『鍬形』の戦闘スタイルであった。その二槍が『鍬形』の角を連想させる。

 

「いざ、参る!」

『我が挟みの露となれい!』


 そうしてアルフォンツォは地上部隊との戦闘を開始した。




 # # # # #



「糞!何だこいつら!」

『『蟻』…で間違いはないはずなのだが…』


 スルフニエツの『蟷螂』の蟲者は目の前の鈍色の小柄な蟲者に剣を振りつつ悪態を吐く。

 硬い甲殻に阻まれ弾かれる。一発一発は軽いが無視できるほどでもない。それに数が多いので全て避けることもままならない。

 蟲者同士の戦闘では多対一は避けるべきである。相手の攻撃力が乏しいからこそやりあえているだけで実際はかなり厳しい戦闘をしている。

 それでもスルフニエツが優勢でいられるのは空をズィーレンが抑えてくれているからだ。

 イレギュラーである武神の登場もそれに拍車を掛けているが死兵を用いて決死の足止めをしている為か、エトグラーセの混乱は既に治まっている。

 先ほど落下してきた指揮官の『鍬形』蟲者、アルフォンツォはダメージを負ったものの未だ戦闘を続けている。足にダメージがあり、翅も損傷しているためか機動性に欠けるがそれを補って余りある膂力と堅牢さを見せているのは流石『鍬形』と言うべきであろう。


「くっ!!」

『鬱陶しい…!』


 思考に没頭することすら許されず、『蟷螂』の蟲者は二刀を振い押し寄せる『蟻』らしき蟲者の攻撃を耐えしのぐ。

 『蟷螂』の持つ剣は切れ味鋭い蟲器である。しかしながら、その刃は薄く、脆い。攻めるには強力であるのだが守るには心許ないものだ。

 『蟻』らしき蟲者が持つ蟲器は剣や槍など様々な武器種だが共通した特徴がある。

 それは武器に特殊な液体が付着しているということだ。いや、付着しているというよりも武器そのものが精製していると言った方が正確か。

 それは『蟻』がもつ蟻酸だと『蟷螂』は告げていた。

 その蟻酸のせいで、ただでさえ打たれ弱い『蟷螂』の二刀はボロボロになっており今にも折れてしまいそうになっている。

 それだけでなく、防ぎきれずに甲殻に何度も貰ってしまっている。一撃一撃はか弱く、蟷螂の薄い甲殻すら貫けぬものであったが、蟻酸のせいで甲殻も侵食されてきている。

 しかしそんな弱い蟲者を突破できないのには理由がある。


「くそ!また阻まれたかッ!」

『ええい!面倒な!』


 エトグラーセの王、カトマンズは一騎当百と言ったがそれは実際には違う。

 確かに一体一体の力は蟲者には到底及ばない。精々が十分の一程度であろう。

 しかしながら、一対一で戦えばの話であり、『擬蟲者(おちむしゃ)』は数の利がある。

 そして、『蟻』が持つコミュニティの能力により、情報をリアルタイムで共有しているのだ。

 それにより三位一体とも言えるべき連携によって能力差を覆している。


「こいつら、まるで傀儡のようだ」

『こやつらは『蟻』だ。もしやこやつらを統率する『司令塔(女王)』がいるやもしれん!』

「そいつがどうにか出来れば打開できるか。しかし…」

『我らには荷が勝ちすぎるな…!』


 無言で完璧な連携を見せる『蟻』たちを突破するのは『蟷螂』の蟲者では不可能だ。

 背を向けた途端に取り囲まれ押しつぶされる未来がありありと目に浮かぶ。

 そうこうしている合間にも、地上に落ちて来た『鍬形』の蟲者、アルフォンツォが両手に持った二槍を振い猛然と突き進んで、スルフニエツの軍を食い破ってきている。

 空では優勢、地上はやや劣勢。


「こうなれば予想外の因子に頼るしかないのか…」

『しかし…』


 蟲者の言葉に『蟷螂』が言い淀む。『蟷螂』の言いたいことをなんとなく蟲者も察している。

 あれは戦況を動かす存在ではある。しかしそれがどうなるのか全く予測ができない。

 なぜこの戦場に現れ、何故戦うのか。

 その意図がまったくつかめないのだ。

 ただ、その武力は怖気が来るほどのものである。

 それがこちらではなくエトグラーセに向いているのだけが救いであった。

 『蟷螂』の蟲者は『蟻』達の攻撃を凌ぎながら横目でそちらへと視線を向ける。

 そこには圧倒的な力を持ってエトグラーセの軍を蹂躙する黒と金の甲殻を持つ『蜂』の蟲者の姿があった。



 # # # # #



「クライヴ流拳闘術蟲技「旋風独楽」、――我流崩し「螺旋風脚」」


 死神の囁きと共に死の風が吹き荒れる。

 武神が身体を捻りながら一回転し、繰り出した蹴り。それから放たれる闘気の刃が縦横無尽に戦場を走り抜け、血飛沫を撒き散らしながら命を刈り取って行く。

 武技の合間を狙って死兵となった者たちが決死の覚悟で突き進んでいく。

 味方が立て直す時間を稼ぐ為に自分達の死すら受け入れているのだ。


「流石はエトグラーセの兵たちだ。士気はガタガタだろうに立ち向かう姿は武人としては認めざる得ないな」

『まあ、私たちにとってはどうでもいいことなのだけれども』

「ああ、そうだな。俺達は既に武人であることをやめた。俺達は英雄だ。英雄として望まれた。だから俺達は世界を救うために戦っている。英雄は真っ赤な絨毯を歩むものだ。それが血で染め上げられたものであるのは歴史が証明している」

『そうね。だからこそ私達が此処にいる』


 カガリとジャクホウが語らい合う合間の片手間で次々と命が失われていく。

 エトグラーセの兵達はあとどれだけの時間を稼げばいいのだろうかという恐怖に心を蝕まれていく。

 武人を取り囲んでいた兵達の背後から『蟻』の蟲者が姿を見せる。

 それはヴァローネの采配により『司令塔(女王)』を守っていた『蟻』たちの一部が援軍として送られてきたものだ。

 その数、十。

 『蟻』の姿を見たカガリは甲殻の下に隠れた顔を笑みで歪める。


「これがジャクホウの言っていた『蟻』のようで『蟻』でない蟲者か」

『相対してみても『蟻』のようで『蟻』じゃない変な感じね』


 立ち止まり、暢気に語らい合うカガリとジャクホウ。

 そんな様子をエトグラーセの兵は『蟻』に臆したのではと捉え、一気に士気が上がって行く。

 周りの騒がしさを気にせずに、十の『蟻』と一の『蜂』が向かい合う。

 そして、今まで右腕を天に、左腕を地に向けていた『蜂』の腕が流麗な動きで位置を変えた。

 右の掌を開きやや前に突き出し、左の掌も開きこちらは右手よりも後ろに突き出す。

 足は前後に開かれ、足幅は肩幅。重心はやや前に掛かっている。

 これが攻撃的な構えである壊砕の構えだ。

 その構えから放たれるより攻撃的な重圧に精鋭と誉れ高いエトグラーセの兵の数人が気を失い倒れてしまうほどだ。

 その気に反応したのか、『蟻』たちは散開しカガリ達を押しつぶすように動きだす。


「さて、どの程度なのか。ついでに何者なのか、確かめさせて貰おう」

『『蟻』如き、ましてや『蟻』ですら無さそうなのが『蜂』に挑むなんて百年早い』


「『取り敢えず叩きつぶそう(しましょう)か』」


 『蜂』と『蟻』の戦いが始まる。

書き終われば2015/6/3の火曜更新予定

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