05 流動
「バロウズ流蟲技「怒涛」、――我流崩し「波濤」」
黒と金の蟲者、カガリの腕がまるで水を掬うようにして空を切る。
その直後、闘気の奔流が生まれ『蟻』たちの鈍色の甲殻を叩いた。
十人の『蟻』たちの包囲陣の一部、数にして四体ほどの動きに乱れが生まれる。しかし、残りの『蟻』たちはカガリが攻撃に移った際の隙を見出して飛びかかる。
一糸乱れぬ攻撃には感情の揺らぎと言ったものを見ることはできない。それほどまでに完璧な連携攻撃であった。
ただの武人、ただの蟲者であればその攻撃を受けて体勢を崩し、そのまま叩き潰されてしまったことだろう。
しかし、相手は武神と呼ばれた男だ。
武に生きる人ではなく、武の神。その領域は人では到底届かぬ場所にある。
だからこそ。
「クラネリオス流槍術蟲技「大車輪」、――我流崩し「月蝕輪」」
いつの間にか手に生み出されていた『蜂』の針のような細く長い蟲器である槍で技を繰り出すカガリ。
月を描くように一度振り回した槍を二度振う。まるで月が太陽に覆い隠される月食を連想させるその動きは一瞬で行われた。
よほどの動体視力がなければその動きは蟲者ですら捉える事は叶わなかっただろう。
二度叩き込まれた槍は一度目で鈍色の甲殻を罅割り、二度目で完全に粉砕する。
そして吹き飛ばされた『蟻』の一体に、翅が空を叩いて生みだした推力で肉薄する。その際に槍を捨て、手には蟲器の細剣が手にあった。
「ガデルマン流剣術蟲技「連獅子」、――我流崩し「脅獅子」」
上段からは剣の振り下ろし、更にすぐさま下段から切り上げを行う連獅子。
カガリは上段からは変わらずの剣の振り下ろし、しかし同時に足で蹴り上げる。
まるで大型の肉食獣のアギトが喰らいつくと言わんばかりの技、これが脅獅子。
その鋭い牙が鈍色の甲殻を食い破る。
苦悶の悲鳴すら上げず、『蟻』たちはその中身を晒す。
人の形をした甲殻の下には人のような蠢く肉と、『蟻』のように蠢く肉が詰まっていた。
蟲者という器の中に、無理にそれを動かすための何かを詰め込んだと言わんばかりである。
人は動かすための動力として、『蟻』は思考を与える為の受信器として。
それは人が生みだした、人を人とも思わぬ、醜悪な化物。
「はは、見ろジャクホウ。これが平和を求める者達が生みだした罪だ」
『ええ、見てるわカガリ。これが平和を求める者達の生みだした罪ね』
蠢く肉。それとカガリの目があった気がした。
蠢き震える肉。それが何かを伝えるように微かに、されどしっかりと震える。
それを見て、カガリは黒と金の甲殻の下で目を細める。
蠢く肉。それとジャクホウは通じ合った気がした。
未発達な節足を痙攣させるように動かす。それは最後の灯火の揺らめき。
ジャクホウは優しい声音で伝える。
「黄泉路には迷わぬ様に俺が送り届けてやる。安心して逝くといい」
『『蟻』如きと侮って悪かったわ。その忠義、『蜂』にも劣らぬものだった』
それは言葉ではない。
それは形には残らない。
だけれども伝わった。
時間にして数瞬。戦いの最中にあった一幕。
一瞬だけカガリ達の纏う雰囲気は鋭さを失い、次の瞬間には元通り、否、それ以上へとなる。
「――死が始まり、生が終わる」
『――始まりは何処か、終わりは見えぬ』
武神と『蜂』の口から呪いが紡がれる。
「――それは災厄」
『――これは禍凶』
それは朗々と。祝福をするかのように歌われ。
「――人は」
『――それを』
皮肉を込めて、悪意を込めて。
「『正義とよぶ』」
紡がれる。
そしてカガリの闘気が一際膨れ上がる。それは最早凶器となり四方へと吹き荒れる攻撃になる。
嵐の中心にて、黄泉路へ旅立つ者へ、武神の贐が贈られる。
「武神流奥義、拳の型『災禍厄凶払い』」
それはたった一撃。
一見緩慢にも見える拳の一撃。
拳には殺意も、敵意も、込められてはいない。
凪。
そう言うしかない程の無風状態。
その一撃が鈍色の甲殻の下に蠢く肉たちに触れ。
瞬間、暴風が指向性を持って吹き荒れる。
爆発とも言い変えることのできる衝撃。
それは二打要らずとも言われる武術の到達点。
相手の攻めも、守りすらも打ち貫く一撃であった。
蟲者とも言えぬ存在。
エトグラーセ法国が『擬蟲者』と呼ぶ存在の一個体がこの世から消滅する。
カガリはそれを見届けると、鈍色の甲殻を持つ『蟻』たちに向き直る。
今の光景を見て尚も動揺した様子の無い『蟻』たち、その向こうを見る。
そこにはエトグラーセ法国の本陣があり、そこには王が直接指揮をしている。
おそらくそこに、いるはずだ。
『蟻』たちを操る『司令塔』が。
おそらく望まぬことを強いられているであろう。
『蟻』と『蜂』。
それは本来同胞とも言える種だ。
同じ女王を頂点とした社会を築く鎧蟲である。
女王は子を愛し、子は女王の為に動く。
女王が狂えば、子も狂う。子は女王の為に動くのだから。
狂っていようが子にとっては何も変わらない。
だが、その女王が無理矢理に変容させられたのとしたら。
子は女王の為に動くしかない。
歪められた女王の、歪められた想いで。
それ故に。
『これが平和のための犠牲ね』
「桃源郷は骸の上に築かれる」
『その骸を足蹴にしても何も感じない』
「相容れぬものは塵芥と同じだからだ」
『正義とは何かしら、平和とは何かしら』
「自分達に都合のいい夢、それだけの事」
「だから見せつけよう」
『だから押し付けよう』
カガリとジャクホウは動きだす。
死を撒き散らす旋風を。
怒涛の勢いで血の川を作り出し、骸の山を築きあげる。
その中には残り九の『蟻』たちも含まれていた。
「自らが望む平和の愚さを」
『自らの望む正義の醜さを』
目指すは、法王カトマンズ。
今、死神の鎌は振りあげられた。
# # # # #
アルフォンツォは背後に感じた闘気に振り返る。
そして、『擬蟲者』が鎧袖一触で倒されている様を見て慌てて戦線を捨て引き返す。
邪魔をする『蟷螂』を斬り捨て、欠けた翅を大きく震わせ駆けだす。
自ら貫いた足に無理をさせてでもここを切り抜けねばならない。
武神を王の元へ行かせてはならない。
逸るアルフォンツォの視界に一瞬だけ光の瞬きが映った。
勘が告げる危機にすぐさま足で大地を踏み割り、翅で勢いを殺す。
急制動による負荷に身体が軋み、口の中で苦悶を噛みころす。
「俺の糸に気付くとは、長年スルフニエツの侵攻を抑えて来たエトグラーセの精鋭騎士の長の名は伊達ではない」
「この声、アードラ王か!!」
声の方へと振りむけばそこには黄色と赤の甲殻を纏う『蜘蛛』の蟲者の姿がある。
その姿はまさに異形。
細い四肢。柔らかい甲殻が包むその四肢は見た目通りの膂力しか持たない。
しかしながら腹には四本の長い爪が存在している。自在に動くその爪は例外的に『兜』や『鍬形』に匹敵する強さを持っている。
更に、糸を精製する器官が背中にあり、まるで背嚢を背負っているように見える。糸は見えにくく、強靭だ。ピンと張られた糸に勢いよく飛び込めばいくら『鍬形』の甲殻と言えど自らの重さで切断されてしまうだろう。
しかし、気付いてしまえばどうということはない。それが普通の『蜘蛛』の蟲者であれば。
アルフォンツォの前にいるアードラは違う。
「まあ、そう急ぐな。レドリック流繰糸術蟲技「鋼牢陣」」
「ぬうっ!」
アードラは腕と、四本の爪から計14本の糸を繰り、糸で出来た牢獄を作り出す。
牢獄に絡め取られれば動きを封じられ、もがけばその身を削って行く。
抜け出すには糸を切るか、糸を操るものを倒すしかない。
「数ばかりの軍のくせに技巧者が多い国め!!」
「なに、それもほんの一握りよ。むしろエトグラーセのほうがおかしいのではないか?」
「数の利に胡坐をかいている阿呆どもと違うだけだと分からんか」
「いままではそうであったと認めよう。しかしこれからは違う。それを証明する為にこの戦、負けられんのだ。勝つためには手段は選ばん。戦いには卑怯な手段は存在しない。勝てばいいのだからな」
「ならば押し通るのみ!!」
アルフォンツォが仕掛ける。
目の前には糸の結界が縦横無尽に張り巡らされている。
傍から見れば無謀にも見える行い。
しかし。
「シュケイ!」
『応よ!任された!!』
『鍬形』の黒い甲殻がより黒く染まり、一回り身体が大きくなる。
『蟻』がコミュニティという能力を持っていた様に、鎧蟲には特別な能力を持っている。
『鍬形』と『兜』が持つ能力の一つ、パンプアップ。
生命エネルギーを甲殻に送り込み、膂力と甲殻の硬さを一時的に上昇させる能力だ。
蟲者となれば人蟲一体、そのエネルギー量は鎧蟲単体とは比べ物にならない強化となる。
ただし、その身に掛かる負荷も相当なものであり、また生命力を使うということは長時間の使用は命にかかわる。
しかし、アルフォンツォは今を切り抜ける為に使用へと踏み切った。
絡まる糸を易々と引き千切り、アルフォンツォはアードラへと突き進む。
「その首、貰い受ける!」
『我が鋏のサビとなれい!!』
それに対しアードラは。
「そう易々とこの首はやれんな」
『その鋏も糸で絡め取ってやろうではないか』
腕を振い糸を操る。
空気を裂きながら糸はアルフォンツォへと迫り、その身を切り裂こうとする。
しかし、パンプアップした『鍬形』の甲殻を引き裂くことはできない。
ならばと糸を絡めて動きを止めてしまおうとすれば、絡まる糸もその槍で引き裂いてしまう。
攻防に進展がなく千日手となってしまう。
「こんなことをしていていいのか?」
『時間が無いのであろう。ゆっくりしてはまずいのではないか?』
アードラとシュガンが煽り、焦りを生ませる。
こうしている間にもエトグラーセは、カトマンズに刻一刻と死神の鎌が迫っている。
いままでは数の利でしか攻めてこなかったスルフニエツの軍。
それ故に対抗出来ていた部分がある。しかし、アードラが率いる軍はいままでのスルフニエツとは別物だ。搦め手、奇策、正面からぶつかり合うだけでなく戦術や戦略面でも変わっている。
アルフォンツォの中にも、いままでのスルフニエツ同様と侮る気持ちがあった。真正面から数を上回る質で戦えばいいと考えていた。
しかし、敵は数は今まで同様、質だけが向上した。いままであった差が埋まった。それ故の危地だ。
自らの失態に歯を噛みしめつつも今現状をどうするか、それに頭を巡らせる。
そして自らの中で答えを出す。
「シュケイ、もう一度だ」
『応ッ!!』
元に戻り掛けていた甲殻へ再び生命力を送り込む。
再び甲殻がふくれあがり力強さを得る。
そして二槍を構え、アルフォンツォはアードラと対峙する。
「何度やっても無駄だ」
『罠にかかった者は自らの首を絞めるものだ。無駄な足掻きでしかない』
それを嘲笑うアードラ。
再び来るであろう『鍬形』の猛進を油断なく待ち受ける。
「クラネリオス流槍術蟲技「雷駆」、二槍流術「重雷」」
構えた槍に闘気が纏い、それが放電現象を起こす。
それは『鍬形』の蟲器に注がれた過剰な闘気が起こす現象だ。
闘気がぶつかり合い、摩擦を起こして生まれた放電現象。それを利用した突進技。
それが雷駆。
アルフォンツォは放電する二槍を。
アードラではなく周囲を遮る鋼牢陣に向けて放つ。
「『血迷ったか!?』」
鋼牢陣は獲物を逃がさないための結界だ。
それは何重にも張り巡らされた蜘蛛の糸。一本一本が強靭な糸が重なり合っており、突き破ることは不可能だ。
無闇につきこめば身体がズタズタになるだけである。
「無傷で抜け出すのは不可能ならば」
『犠牲を覚悟すればいいことよ』
槍の放電により糸が燃え、槍が、甲殻がそれを食い破る。
完全に、とはいかない為、糸がアルフォンツォの身体を切り裂いて行く。
いくらパンプアップした鍬形の甲殻と言えど、密集し頑丈に作りあげられた蜘蛛の糸の結界を弾ききることは不可能であった。
しかし、蜘蛛の糸の結界の方も、パンプアップした『鍬形』の膂力と、放電、さらにはアルフォンツォの技量の前では役目を果たしきることが出来なかった。
「逃げられたか」
『だが、十分時間は稼げたであろう』
「そうだな。後は武神が切り崩したものを我らが武神諸共押しつぶせばいいだけよ」
『いいところだけを横から奪い取る。戦いは最後に立っていた者が勝つ、だな』
だが、アードラは新参の王故に知らない。
いや、知ってはいる。
各国の王が3年前に武神を殺すために軍を送ったことを。
だが、身を持って知ってはいない。
アードラは武神討伐の軍にも編成されてもいないし、己の力量に自信を持っていた。それに加えスルフニエツの軍、数の利も含めれば負けることなど想定していなかった。
だからこそ読み違える。
武神の牙は己にも届くのだということを、この時のアードラには考えもつかなかった。




