最後の選択 10
それからは、僕自身の精神が崩壊していくのを実感する日々だった。
澪は相変らず、完全に狂った様子で僕の面倒を見ている。
神様は倉庫の隅で蹲ったまま動かない。
で、そうこうしているうちに、いつの間にか明日が、毎度のごとく、僕の命日となった。
もちろん、正確な日付を知る術はない。そもそも、僕自身相当錯乱してきているのだから。
だだ、なんとなくそう思うのだ。
僕のカンが正しければ明日は僕がそもそも夢に殺された日であり、杏に殺された日であり、翼に殺された日であるはずなのだ。
その日もいつもものように、澪が朝やってきて学校に行き、夕食でまたやってきた。
さすがに混入される睡眠薬にも耐性が出てきてしまったのか、僕は夕食を食べた後、すぐには眠らなくなった。
だから、澪も僕が眠ったのを見計らってからもう一度倉庫に来るようにしているようである。
既に完全に精神がすり減った僕は、ぼぉっと空中を見つめていた。
「おい、隆哉」
呼びかける声。
なんだろう。
この倉庫には僕一人だけのはずなのに。
「隆哉。しっかりしろ」
見ると白髪の美少女が僕の肩を揺らしている。
ああ……いよいよ僕にもお迎えがやってきた、というわけか。
「ふむ……もう反応するだけの精神は残っておらんか……じゃあ、聞くだけでよろしい」
少女は僕の瞳を覗き込む、海のような青い瞳が僕を見ている。
「昔、といっても、五十年前ほど前の話じゃが……ここら一帯も田舎でのぉ。もっぱら農業をやるのが主流じゃった。ワシの家もそうじゃったかな。それで……まぁ、簡単に言えば、農業っていうのは水が必要なんじゃ、水がないと作物が育たんからな。しかし、どうしても昔は、年に一回、水不足になったんじゃよ。ここらへんは」
女の子は遠い昔を思い出すかのように目を細めている。
「それで、じゃ、五十年より昔、ずっと前から行われていたのが雨乞いの儀式じゃった。ここらへんでは、まぁ……簡単に言えば生贄じゃ。怖いじゃろ? たった五十年前まで、そんな野蛮なことがここらへんで行われていたんじゃぞ?」
わざとらしく辛辣な顔をしてみせる少女。
僕は目だけを動かして少女を見た。
「で、まぁ……ワシもそうなったんじゃよ。生贄。でものぉ、問題はここからじゃ、生贄には祭壇が必要じゃ。言わんでもわかると思うが……祭壇はあの場所。小石川神社じゃ。いや、小石川神社、というのは間違っておるな。そもそもあそこは神社ではない。我ら生贄になった少女の魂を慰める場所として、当時の神林の巫女が作った祠のような所じゃ」
少しだけ僕は感情を動かし始めた。生贄、祠……女の子が何を言っているのかわからなかった。
「そして、ワシも正確には神ではない。むしろ、怨霊、執念のようなものじゃな。それが何十、何百にも集まって神のごとき力を得て、ワシとなった。最後に生贄となったワシの人格を基調として、な」
少女は座り込んでいた僕に視線を合わせるためにそれまでしゃがんでいたが、ゆっくりと立ち上がる。
「幸いワシはそこまでこの世を恨んでおらん。生贄も仕方なし、という人格じゃったからな。他のものがどうかは知らんが、ワシを人格の基調としたのが失敗じゃったな。ただ……」
「……ただ?」
神様は少し恥ずかしそうに僕を見る。
「ワシは……恋がしてみたかったのじゃ」




