天国から地獄 5
「え……? 笠木……?」
「はい! アナタ様と同じ苗字です!」
顔を輝かせて笠木亜由美と名乗った少女は嬉しそうにそう言った。
……いやいや。さすがに不味いだろう。
同じ苗字……どう考えても変だ。
おそらく偽名……そう考えると益々目の前の少女は危ない子ってことになってくる。
しかし、それにしても……なんでこんな可愛い子がストーカーなんだろうか?
どことなく澪に似ているが、澪にまけず劣らず可愛くて綺麗な子だった。
「すいません……本当に申し訳ないのですが……抑えられなかったのです」
「え? な、何が?」
「その……アナタ様のことを好きな気持ちです」
「へ?」
あまりの発言に僕は間抜けな声を漏らしてしまう。
僕のことが……好き?
ちょ、ちょっと待て。
僕は今初めてこの子に会ったんだぞ? なのに、この子は僕のことが好きだって?
いくらなんでも、それは意味がわからないだろう。
「え、えっと……亜由美? その……なんで? なんで、僕のことが好きなの?」
「そ、それは……お、お恥ずかしい話ですが、私その……こ、この公園でアナタ様を見かけてから……その……一目ぼれしてしまったのですわ」
「え……ひ、一目ぼれって……」
「ええ。以来、私はアナタ様のことばかり……隆哉様。どうかお願いですわ。その……私とお付き合いしてください!」
そのまま頭を下げる亜由美。
あまりのことに僕は何も言えなかった。
「え、えっと……あ、あのね……その……」
僕は戸惑った。
早く言ってしまえばいいのだ。
僕には付き合っている女の子がいるので、アナタとは付き合えません、と。
だが、口が動かない。あまりにも唐突すぎる。
なんと切り出したらよいかわからないのだ。
「お願いです、隆哉様……」
そのまま亜由美は僕に抱きついてきた。
いくらなんでもスキンシップが激しすぎると思ったが……女の子の柔らかい感触が僕の思考を鈍らせていく。
……いや。ダメだ。ここでもし、これを了承してしまうと全てが水の泡になってしまう。
僕は最後の意識を振り絞る。
「あ、あの! 亜由美!?」
僕はそのまま亜由美の肩を掴み、僕から引き離す。
「そ、その……ダメ……なんだよ」
「え……」
心底悲しそうな顔で亜由美は僕を見る。
「その……僕には付き合っている女の子がいて……だ、だから、亜由美とは付き合えないんだ……」
「そ、そんな……」
亜由美は打ちひしがれた表情で僕を見る。
でも、これでいい。このまま引き下がってもらわなければ困る。
そもそも、亜由美はストーカーなのだ。
どこの誰とも知れないわけだし……確かに、見た目はこの上なく可愛らしいけれど。
亜由美は悲しそうにうつむいていた。
「そ、そういうことだから……じゃ、じゃあね」
そそくさと退散するようにそのまま亜由美から離れていく。
よし。なんとか乗り切った。後はこのまま無事に家に帰れば――
「ま、待ってください!」
と、後方から聞こえる声。僕はゆっくりとふり返る。
亜由美が僕のことを熱っぽい視線で見ていた。
「そ、その……隆哉様に付き合っている女性がいることはわかりましたわ……で、でしたら! そ、その……お、御友達ということで、どうでしょうか?」
「え?」
友達。
その言葉が僕の心を大きく揺り動かしたのだった。




