やり直しの世界 8
そのまま僕は翼の後姿をついていく。
そして、廊下の曲がり角を曲がった所で目の前の翼は足を止めた。
「いやぁ……よかった。三人とも理解してくれたみたいで」
僕は笑いながら翼の背中にそういった。
「ああ。そうだな」
「翼のおかげだよ。僕は本当に幸せものだね」
「……そうだな。隆哉、お前は本当に幸せ者だよ」
なぜか翼はふり返らない。ずっと背中を向けたままだった。
「ど、どうしたの? 翼?」
「……隆哉。俺達、付き合うんだよな?」
「へ? あ、ああ。そうだよ? なんで?」
そこまでいうと翼はふり返った。
翼の表情は難解だった。
悲しそうでもなく嬉しそうでもなく、そんな顔。
そんな微妙な顔つきと目つきで僕を見ていた。
「ど、どうしたの? 翼」
「……いや。実感がないだけさ。お前と付き合う、っていう」
「あ、ああ。で、でもさ。僕達の関係は変わらないよ。ただ、彼氏彼女の関係になる、ってだけで」
「……ああ。そうだな。そうだよな。変わらないよな」
僕はニッコリと笑ってみせる。でも、翼は笑わなかった。
ただじっと僕を見つめているだけだ。
これは……不安……?
あり得ない感情だ。
何を感じているんだ。大丈夫さ。問題ない。
僕は翼を知っている。翼ならむしろ関係が変わらないことを望むに決まっている。
まるで普通の女の子みたいに僕とデートしたり、夢みたいに僕の家に料理を作りに来ることなんて望んでいない。
わかりきっていることだ。だから、不安を感じることはない。
と、急に翼は微笑んだ。
「まぁ、いいや。これからもよろしくな。隆哉」
「あ……ああ。もちろん」
そのまま翼は僕を置いて廊下を走って行った。
……ああ。なんだ。勘違いさ。問題ない。
僕はふっと胸を撫で下ろす。
と、そのときだった。
「……浮気は、許さないからな」
「ひっ!?」
と、いつの間にか僕の目と鼻の先に翼がいた。あまりにも近い距離に。
「いいか? 絶対に浮気だけは、許さないからな」
「え? う、浮気って……」
「あいつ等以外の女の子とイチャイチャしたりすることだよ。絶対に、許さないからな」
翼の言葉には威圧感があった。
そして、僕を見る目はまるで真っ黒で底の知れない谷間のような……
あれ? どこかで見たような色の――
「じゃあな」
そういって再び翼は去って言った。
「おお、怖いのぉ。浮気は許さない、じゃと。恋する乙女は恐ろしいの」
と、頭の中で神様の声。
「……茶化すなよ。そ、そんなんじゃないさ。ただの冗談だ」
「ほぉ? 冗談。とても冗談には思えない顔だったがの?」
確かに、そうだ。
迫真の表情。今まで僕が翼に見てきた表情ではなかった。
背筋に冷たい物が走る。
「そ、そんなわけ……ないだろ」
僕は神様に言うわけでもなく、自分に言い聞かせるように呟いたのだった。




