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僕が死んだ日 5

 学校指定の制服は血まみれだ。


 顔にも血しぶきを受けたその鬼は、虚ろな瞳で僕を見ている。


「あ……あぁ……!」


「う~ん? どうしたの? そんな脅えちゃって。私よ。アンタの幼馴染の逢沢杏。どうして怖がるの?」


「ど、ど、どうしたんだ……あ、杏、そ、その……」


 震える指先で僕は杏を指差す。


 杏は僕が何を指差しているかわかったらしく、笑顔でそれを僕に見せ付けてくる。


 血まみれの果物ナイフだった。


「ああ。これ。ダイジョウブ。邪魔な奴を消しただけよ」


「け、消した?」


「そう。私と隆哉を引き裂こうとする邪魔な奴を、ね」


 ニッコリと微笑む杏。


 瞬間的にわかった。


「お、おま……ゆ、夢を……!」


「夢? ああ。そういえば、アイツ、そんな名前だったっけ? 私と隆哉の仲を邪魔する奴の名前なんて忘れちゃったわ。というか、私は隆哉以外の人間の名前なんてどうでもいの。ううん。名前だけじゃない。そもそも、存在価値がないのよ」


 そう言いながら杏は僕の方へ近寄ってくる。


 僕は完全に腰を抜かしてしまっていた。


 なんとか這いずりながら後ろへ後ずさる。


「どうしたの? 隆哉。なんで私から逃げるの?」


「お、お前は……狂ってる……」


「狂ってる? 何言っているの? 私は正常よ。私には隆哉以外誰もいらない。それが正常。間違っているの?」


「ま、間違っているも何も……お、おかしい……ぼ、僕の知っている杏は……そんな奴じゃない!」


 僕は震える声でそういった。


 なんとか腹から声を絞り出すようにして。


 杏の動きが止まった。


 正気を、取り戻してくれたのだろうか?


「あー……言っちゃったのぉ」


 神様の残念そうな声が頭の中に響いた。


 ああ。間違ったな。僕もさすがにわかった。


 と、次の瞬間、胸の辺りに違和感があった。


「……ごふっ」


 口から何か出た。


 赤い。赤い液体。


 ああ。血液か。


 僕はゆっくりと顔を上げる。


「違う」


 既にまるで深遠の闇のように真っ黒に染まった瞳の杏が、そう言った。


「アンタは、隆哉じゃない。私の隆哉じゃない。違う。偽者。私の隆哉じゃない。私の隆哉はどこ? ねぇ、どこ? どこ? どこ?」


 何回も同じ言葉を繰り返す杏。


 杏が突き刺した胸元からドボドボと僕の命を支える液体が零れ落ちている。


「ねぇ? 私だけを愛してくれるんでしょ? そうでしょ? 隆哉」


「あ、杏……」


 眠い。眠くなってきた。


 ああ。覚えているぞ。この感覚。前に味わったことがある。


 僕は目を閉じた。


「酷いよ……そんな……約束したじゃない……ずっと、一緒にいてくれる、って」


 最期に聞こえたのは大声で泣きじゃくる杏の声だった。



 そのまま僕は再び絶命したのだった。

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